第4話 幽冥の月に見初められし者5

「花札……、難しかったなぁ」

 みつねとやみねの二人から解放され、半刻――。

 私はたった一人で庭の散策をしようと出歩いていた。

 どうして一人でいるのかと問われれば、理由は一つ。

 みつねとやみねの二人には、用事ができてしまったからだ。

「稽古の時間、なの」

「みこと……、また遊ぼう、なの」

 どうやら師匠である黄泉月から号令がかかったらしい。

〝方術〟という稽古のために二人は屋敷の別室へと移っていった。

『まだ遊び足りない』と背中は語っていたけれど、それでもサボったりしないのは幼いのに偉いなと思う。

(もし、私が二人くらいの年齢だったらどうしてただろう)

 きっともう少し遊ばせて欲しいと我が儘の一つくらいは言っていたかも知れない。

「冥一郎さんも忙しそうだったな」

 みつねとやみねの二人と別れた後、チラリと様子を見に行った。

 するとどうやら『旗長』と呼ばれる――各集落の纏め役のような人達が何人も来ていて、冥一郎さんに話をしていた。

「お呼び致しますか?」

 事情を説明してくれた鉄線さんも今はいない。

 屋敷の仕事に戻る前に心配して冥一郎さんを呼ぶかと言ってくれはしたものの――勿論、そんな中を割り込んでまで入るような度胸も、急ぎの用事もない。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 やんわりと断りを入れてから、こうして一人、屋敷の庭散策に明け暮れていた。

(お屋敷の手伝いもしたいけど……気を遣われちゃったしなぁ)

 モヤモヤと言葉にできない感情が胸の内側に降り積もる。

 この感じは――そう。現世で似た体験をしたことがある。

 仕事の失敗ばかりして、上手くこなせるようになろうと試行錯誤をした。

 けれど結果としては空回りをしてしまい、『無能』の烙印を押されたのだ。

『使えない』『無能』『役立たず』――幽世の屋敷の人達は決してそんなことを言った訳ではないけれど、こうして今何もできていない自分自身のことを『この居場所に相応しくない存在』だと過去の自分が囁いてくる。

「……っ」

 ズキリと重い痛みが身体に奔る。

 嫌な記憶。思い出したくない感情。

 今の今まで忘れていた思い出が、一人になった途端、のし掛かってくる。

 幸せが、紺碧に塗り潰されていく。

「う……っ、気持ち悪い……」

 鳩尾あたりからグルグルとした気持ち悪さが迫り上がってくる。

(誰かに、見られたら……迷惑かけちゃう)

 屋敷の人達は優しい。自分にとって勿体ないくらい――今まで感じたことのない幸福だ。

 だからこそ、余計な心配は駆けたくなかった。

 庭の生垣。

 桜木の影。

 行燈の裏。

 どこか――どこか人目につかない場所で落ち着かなければと視線を彷徨わせていたその時だった。

「あ……」

 視界の端に、潜り戸があるのが目に留まる。

(少しだけ屋敷の外にでよう……。吐き気が治まるまで、一人でいたい)

 きっと今、酷い表情をしているだろうなと思いつつ、口許を抑えながら潜り戸から屋敷の外へと脱け出す。パタリと戸をしめ、人気の少なそうな近くの林へと駆け込むと何度か餌付く。

 この吐き気は、この屋敷の人達のせいじゃない。

 現世で関わってきた、人達のせいでもない。

 自分が悪いのだ――何もできない自分が、悪い。

「だから、せめて……心配だけは掛けないようにしなくちゃ……」

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