第31話 ユイトの機転:あのう、一つご提案したいことが

 ユイトが爆発音の方へ向かってみれば、そこには七番隊こと近衛隊と聖女イオがいた。進行方向を察するに、彼らはメイセイの都の方へ足早に移動しているようだ。その状況はあまり芳≪かんば≫しくなさそうである。


 隊員たちは慌ただしく動いており、大声が飛び交っていた。隊列が乱れ、現場の混乱が伝わってくる。遠目からも、何かしらの緊急事態が起こっていることは明白だった。

 いったい何が起こっているのか――どうしても気になってユイトは、さらに接近して彼らの様子を伺った。すると、おおよその状況が見えてくる。


 巨大なエニグマが執拗にイオを狙っている。しかし、その堅牢な守りの前に、七番隊隊長のカイルの攻撃さえも歯が立たない。

 それでどうするのかとユイトが聞き耳を立てていれば、彼らは都近くの人気のない場所へエニグマを誘導し、守護者本部からの応援部隊と連携してエニグマを叩くつもりらしい。

 エニグマの誘導はイオ自ら行うようだ。これは、エニグマの狙いがイオであるため、彼女の助力が必要なのは自明であり、致し方ないことだった――のだが……。

 ユイトの表情が曇る。


――イオは『祈りの儀』で体力を消耗しているはず。それなのに、さらに身体に負担がかかることを……?


 ユイトは迷った。

 自分は守護者であるものの、七番隊の隊員ではなく部外者だ。そんな己が口をはさんでも相手にされず、ともすれば面倒ごとになるだけかもしれない。

 ユイトはしばらく躊躇していたが、結局「イオにこれ以上の負荷を強いたくない」という気持ちが競り勝ってしまう。

 そして、彼女はイオたちの前に姿を現したのだった。



「あのう、一つご提案したいことが……」


 ユイトがそう申し出た時、カイルやイオ、周りの隊員たちは面食らった顔をしていた。


「誰だっ!貴様は――!?」


 そう叱責したのは、周りにいる隊員の一人だった。混乱した現場に余計な闖入者≪ちんにゅうしゃ≫まで現れたのだから、彼が怒鳴りたくなるのも無理はない。ユイトはそれを理解して、礼儀正しく頭を下げた。


「ボクは三番隊第二班所属のユイトと申します」

「三番隊?どうして、そんな人間がここに――?」

「本日はボクは休暇中で、それで個人的にエニグマ退治をしていたところ、こうして七番隊の皆さんをお見掛けしたのです。もし、お手伝いができればと思い――」

「ええい!貴様のような小僧に何ができるんだ!?こちらは今、忙しい!!引っ込んでろっ!!」


 隊員はユイトを追い払おうとしたが、ソレを止めたのは七番隊隊長のカイルだった。


「待て。君、三番隊のユイトと言ったか」

「はい」


 ユイトが頷く。

 彼女があずかり知らないところではあるが、カイルはユイトのことを知っていた。そう、先日の人身売買事件の立役者として。

 まだ、蛍石フローライト級の新人があげた成果に、カイルは注目していたのだ。


「参考までに聞かせてもらおう。君の言う『提案』とは何だ?」


 カイルの問いに、ユイトは答える。


「失礼ながら、立ち聞きしてしまったのですが、カイル隊長の力をもってしても、あのエニグマにさしたるダメージを与えられなかったとか」

「ああ、その通りだ。あのエニグマの防御力は尋常なものではない」

「しかし、それはから加えた力に対しての結果ですよね?からはどうでしょうか?いくら堅牢な守りを誇るエニグマでも、はらわたの中から攻撃されれば一たまりもないのでは?」

「……確かにそれはそうだ。一理ある。だが、どうやってから攻撃を仕掛けるというのだ?」


 ユイトの話に一定の理解を示しながらも、そんなことが現実可能なのかとカイルはいぶかしむ。それで、ユイトは実演で示してみせた。

 ユイトはチチュの『創造の糸』で、遠目にはイオそっくりの張りぼてを即座に編み上げた。ソレを見て、イオ本人も驚く。


「これは、私か……」

「はい。聖女様の張りぼてです。問題のエニグマは執拗に聖女様を狙っている様子。この張りぼてに食らいつく可能性は高いかと。そこに隊長殿の……」


 ユイトの言葉をカイルが頷きながら、引き継いだ。


「なるほど。そこに私の奇石の能力――液体火薬をしみこませ、張りぼてを食らったエニグマを内部から吹き飛ばすのか。ふむ」

「その通りです。できれば、この張りぼてがよりなるよう、聖女様のお力を加えていただけると、さらに良いかと」


 ちらりとユイトはイオを見る。

 先日の件で、イオに手を振り払われてことがユイトの頭にちらついていた。おそらく、己に対してイオの印象は悪いのだろうと、想像する。もしかしたら、自分が出した案など問答無用で却下されるのではないかと、彼女は不安に思った。

 けれども、イオは「良いだろう」と首を縦に振る。


「君の意見は理屈が通っているように思える。ゼンナ隊長はどうだ?」

「私としても異存はありません。有効的な手段として、今すぐ試すべきかと――」


 そうして、イオとカイルの承諾のもと、ユイトの提案は受け入れられた。



 チュチュの糸で編み上げられたイオの張りぼて。遠目からはイオ本人としか思えない出来である。そこにイオが霊力を注入し、より本物らしくなっていた。張りぼてには、七番隊隊長のカイルが彼の奇石の能力――液体火薬のトラップが施されてある。

 この罠を例のエニグマの進行方向に置き、皆は離れた場所からその動向を見守っていた。


 ズシン、ズシンと大地を揺るがす地響きが聞こえてくる。どんどん例のエニグマが近づいてきているのだ。

 やがて、超巨大亀のエニグマはその視界に張りぼてを捉える。すると、エニグマはスピードを上げて、猛然と迫った。たちどころに、その大きな口がイオの張りぼてを丸ごと飲み込む。


――バクリ。


 確かにエニグマが張りぼてを食らって……しばらく経ってから、カイルが自らの能力を発揮した。

 そう、爆発の力だ。

 夜の森に爆発音が轟く。


 からの攻撃は効果てきめんだった。


 黒い血と肉をまき散らしながら、慟哭ごうこくを上げてエニグマが内側から崩れ落ちる。その巨体が倒れ込むとき、土煙がもうもうと舞い上がった。

 そして、ユイト、イオ、カイル――その他の隊員が見守る中、エニグマは絶命した。


 視界が晴れた後、残ったのは巨大な魔晶石だった。



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