わんわんっ!


「へえ~。ここがそうなの? ワンちゃん」

「わんっ!」


 ご主人様に元気よく返事する。


 町外れの森の奥にある古びた屋敷。

 そこがぼくとアリスちゃんの家だ。


 え? 今何してるのかって? 

 ぼくのご主人様たるフリフリちゃんが賢者の家を知りたいって言うから案内していたところさ!


「ふーん。賢者っていう割に、ずいぶん古そうな所に住んでるんだね」

「わおん」

「なーに? ご褒美が欲しいの?」


 フリフリちゃんはそう言うと少し考えてから、


「じゃあ、撫でてあげるーっ」

「……ううん? 踏んで欲しいんだけど」

「犬が人間の言葉を話すな♡」


 ふふん、ぼくたちは仲睦まじい主人と犬さ!

 

 あの戦いの時、ぼくは彼女の剣が届くより早くひっくり返って犬になった。誰だってそうすると思う。当然だよね?


 なんてじゃれ合っている内に玄関に辿り着く。ぼくはいつものように扉をノックした。


「わんわわんっ。わわわん~」

「……ごしゅじんさま、ですか? なんですそれ――」


 ノックして三秒もしないうちに扉が開かれる。やあアリスちゃん、ぼくだよ!


「……これが賢者のメイド? わたしとそんなに変わらないね?」


 フリフリちゃんがアリスちゃんを見て得た感想第一号。

 確かに髪の色こそ違えど、体格に大きな差は見当たらない。んー、アリスちゃんの方が少し小さいかな?


「え、だれ、です」


 対してアリスちゃんは滅多に現れない来客に固まってしまっていた。

 大人を連れて来るならともかく、このくらいの子は一度も無かったしね。困惑するのも無理は無いだろう。


「ごしゅじんさま、せつめいしてください」

「わんっ! わんわん!」

「……は?」


 見ただけで物が凍りそうな冷たい視線。ぞくぞくするねっ!


「むー。……こら♡ あなたは私の犬なんだからぁ、他の人にしっぽ振っちゃ、めっ!」

「い、いぬ……? なにか知りませんが、ごしゅじんさまで遊ぶのはやめてください!」

「なんで私があなたに命令されなくちゃいけないの? ワンちゃんは私のワンちゃんなんだから」

「むー……!」


 うーうー唸ってお互いに睨み合う二人。

 何だか小動物の喧嘩みたいだ。やめて、ぼくを巡って争わないで!


「というかさっきから、いぬいぬって。

 ごしゅじんさまは一応、まだ、たぶん、へんたいだけど……ひとです!」

「あなたこそ、さっきからご主人様って、誰の事を言ってるの?

 それにメイドはもっと礼儀正しくなきゃ。ちゃんとしないと、賢者様に言い付けるからね!」

「はい?」


 表情が一転、困惑するアリスちゃん。

 一方でフリフリちゃんはきょろきょろと屋敷の中を覗き込むようにして、


「それで……賢者様はどこ?」

「わんっ!」


 言い忘れていた……わけじゃない。ぼくは彼女の犬になったから、うまく説明出来ていなかっただけだ。

 

 ぼくが勝負に負けて犬になった時、フリフリちゃんは言った。

『賢者様を探してるから住処に心当たりがあったら案内してほしい』って。


 賢者はぼくなのでその場で言えればよかったんだけど、犬が人間の言葉を話しちゃだめだよね! って感じで。


 しかしこうなってしまった以上、混乱を深めるだけだ。潔くネタ晴らしする。


「案内も済んだし、残念だけど犬はここまで。

 ごめんね? 実はぼくが賢者なんだ」

「? 何言ってるの? こんな変態が賢者様なわけないでしょう?」


 微塵も信用されてなかった。


「アリスちゃんも何か言ってやってよ」


 ぼくとアリスちゃんの絆は深い。屋敷から出てきたメイドたる彼女の証言があれば、さすがに信用されるだろう。


 ……ところがアリスちゃん、ぷいとそっぽを向いて。


「わたしのごしゅじんさまは、ほかのじょせいの犬なんてしません。だれですか、このへんたい」


 うわぁ回復するぅ……!

 いや、それは嬉しいけどそうじゃなくて今は弁明して欲しいんだけどなぁ!


「……さきほどのこと、あやまります。とりあえず、なかに入って待つのがいいとおもいます」

「う、うん。私こそ初対面で色々言っちゃって……。

 じゃあお言葉に甘えて、そうしようかな」


 言いながらフリフリちゃんを中に招き入れるアリスちゃん。

 そしてぼくを残し、ばたり、と閉まってゆく玄関扉――――


「あれ? アリスちゃん、ご主人様のお帰りだよー!

 ご主人様もほら、わんわんっ! わんわんっ!」


 必死に鳴いてみるも扉は無常にも閉じられて、ぼくの声は寂しく森に木霊する。


 ……でもまあ、放置プレイってのも悪くないもんだね!

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