めいどとでーと
アリスちゃんはメイドだけど、まさか年中働き詰めというわけではない。
たまに今日のように休暇を取り、一緒に出掛けたりするのだ。
「むー」
そんなこんなで外出用の服を選んでいるんだけど、中々進まない。普段ローブしか着ないぼくは、あまりお洒落なんてしないから勝手が分からないのだ。
「ごしゅじんさま、じゅんびできました?」
こんこん、と扉を叩く音と共にアリスちゃんの声が聞こえる。
「うん。入っていいよ」
下半身はまだパンツ、上は裸一貫。準備など欠片も出来てないけれど、いたずらごころが勝ってしまった。
扉の前で正座してアリスちゃんを迎えてあげよう。
大丈夫。最初は驚くだろうけど、「これは馬鹿には見えない服なんだよ」と異界の童話である "裸の王様" よろしくおどければ言い逃れは出来るはず。
「それじゃあ、はいりま――」
「やあ」
扉を開けるとそこには、ほぼ全裸のぼくが!
「……」
おお、固まった。
それはもう、凍りついたように固まってしまった。
「……し、しんでくださいっ」
やっと口を開いたかと思えば、顔は真っ赤で目は涙目。
ああ、アリスちゃん。とってもかわいいです。
「……そんなものみせて、どうしようっていうんですかっ」
ぷるぷるぷる、と身体を震わせ、何だか本格的に恥ずかしそうなアリスちゃん。
そのままニヤニヤ見守ります。
「……もう、でーとしてあげませんっ」
あ、逃げてしまわれた。
……どうやら、アリスちゃんには裸の王様ネタが伝わらなかったらしい。
それにしても綺麗な三拍子だ。
罵り、責め、逃走。うんうん、こんな綺麗に決められてしまうと、まるで本当に嫌われたみたいで――
「――って、アリスちゃん待って! 誤解、誤解だから!」
考えたら、これ冗談として取られなければぼくが只の変態みたいじゃないか! アリスちゃんも本気で逃げて行ったし、早く弁明しないと!
既に服を選んでいる余裕なんて無い。
裸一貫、パンツ一丁のまま、アリスちゃんを追いかけて屋敷内を駆け回る、ぼく。
さすがに絵面的にマズイ。久しぶりに、そう自覚したのであった。
◇
「これ、おいしいです」
「そう? 気に入ってもらえて良かったよ」
その日のお昼はとっくに過ぎて、既に夕刻。
人間・獣人・ときどきエルフ。様々な種族でごったがえす休日の街を、僕とアリスちゃんは夕日を背に受けながら並んで歩く。
さすがに悪ふざけが過ぎたようで、アリスちゃんはデート開始後しばらくの間はカンカンだった。
けれど、雑貨屋で購入した大きな棒付き飴を渡したら事態はあっさりと解決。
その後、適当に町をぶらぶらと歩いて、公園で飴を舐め、お昼に飴を舐め、今も飴を舐めながらデートの時間は過ぎていった。
……考えたら、ほとんどデートらしい事をしていなかった気がするけれど、そんな子供らしくて単純なところもかわいいアリスちゃんに一日中めろめろだったので、ぼくは大満足です。
「なに、にやけてるんですか」
じとーっと、彼女が僕を見上げる。
その小さな両手には、本日3つ目の飴が大事そうに握られていた。
嗚呼、もし願いが叶うのならば、僕も飴になってアリスちゃんに食べられたい……。
「……こえ、きこえてます」
つん。
頬をほのかに赤く染めたアリスちゃんが、軽くぼくをつつく。
見れば、クスクスと笑いながらぼく達を見て通り過ぎていく町の住人達。
どうやら心の声が漏れ出てしまったようだ。
……ああ、しまった。
アリスちゃんには辱められる側より辱める側になってもらわないと困るというのに、街の人たちに笑われた事で快感を覚えてしまったらどうしよう……。
「ほ、ほんと、ごしゅじんさまはどうしようもないですね……。わたしまで、わらわれちゃってます」
しかもアリスちゃん、何だかすっごい気恥ずかしそうな……それでいて何かに対して嬉しさを隠しきれていない、複雑な笑顔。満更でもなさそうだ。
とってもかわいいけど、これはいけない。アリスちゃんのS的な倫理観が大ピンチ。せっかくこれまで培ってきたというのに、Mに目覚められたらとんでもない!
ならば、どうするのが良いのだろうか。
ぼくは少し考えて、名案を思いついた。
ヒントをくれたのは、ぼくが着ているただの赤い衣服。
まさかこれがこんな所で役に立つなんて思いもしなかったけれども。
何はともあれ、作戦を実行すべく地面へと寝転がる。
「お嬢様、レッドカーペットでございます」
王宮内にてよく敷かれているレッドカーペットの真似。
人はこれを見れば、思わず踏み歩きたくなってしまうだろう。
そして、思い返すのだアリスちゃん。ぼくを踏み踏みするきみの使命を……。
目を瞑って、ドキドキしながら踏まれるのを待つ。
さあ来るんだ。ぼくは、君に踏まれる為だったら、何回でもその道を示すカーペットになろう――
「……あの、あそこにへんたいさんがいます」
……目を開けると、既にアリスちゃんは傍にいない。
ぼくから数十メートル距離を取ったところで、屈強なガチムチの男の人と話しておられる。
というか、アレは衛兵さんである。
ぞわり、と背筋を冷たいものが通った。
「あ、アリスちゃん待って、見捨てないで! あっお兄さん違うんですこれはあのその」
涙目になりながら、朝と同じ様にアリスちゃんを追いかける。
……こうして、いつもと少し違う一日が過ぎていくのだった。
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