犬も歩けば、恋に当たる 〜嬉しそうにお尻を振る大学の後輩は、小さい頃に飼っていた犬のビスコでした〜
@JIL-SANDRE
第1話
4月。
俺の通う大学のキャンパスは、サークルやら部活やらの勧誘で鬱陶しいまでに賑わっていた。
新入生の過剰なまでにキラキラした笑顔。下心透け透けで勧誘する馬鹿面な男たち。耳に障るキャンキャンした女たちの笑い声………。
就活の最中、大学に立ち寄ったことを、俺は心の底から後悔していた。
「どいつもこいつも、邪魔なんだよ………」
誰にも聞こえないように毒づき、ネクタイを緩める。
事務局に向かうべく角を曲がったその先、ひときわ大きな人だかりが目についた。
弛み切った表情の男たちと、それに囲まれた新入生と思しき一人の女。
どうせ執拗な勧誘がされているのだろう。
そうやって可愛い可愛いってチヤホヤするから女は調子に乗る。
軽い舌打ちの後、改めて人だかりに意識を向ける。
一瞬、男たちの隙間からこぼれた女の視線と目が合わさった。
カワイイ………、って違う。どうせ女なんて…………。
ん? なんだ? 俺のこと、見てる…………?
「………トオルさん⁉︎」
「俺?」
「やっぱり‼︎ トォールさんだーッ‼︎」
その女は、男たちを跳ね除け、ものすごい勢いでこちらに向かってくる。
「なんだなんだなんだ⁉︎」
「トオルさんトオルさんトオルさーんッ‼︎」
ばふっと俺の胸に飛び込んできた女は、両腕を俺の首に回し、顔を擦り付けてくる。
「私、合格したんですッ! 約束通り、合格したんですよぉーッ‼︎」
頭に入ってこない。
スーツ越しに感じられる柔らかい体、首元にかかる暖かい息、そして鼻腔をくすぐる甘い匂い。童貞の俺にとっては、すぐにでも切羽詰まりそうな状況といえた。
「は、離れてッ!」
「ずっとずっと、トオルさんに会うためだけに頑張ってきたんですぅー!」
「そんなにすりすりされたら、もうすぐ―――。いや、違う! そうじゃない! 困るんだ! 離れてくださいお願いします!」
「イヤです! トオルさん、私と付き合ってくれるんですよね⁉︎ ね⁉︎」
へっ? 付き合う⁉︎
「君は―――?」
半ば強引に引き離し覗き込む。涙ぐむ女の顔が正面にあった。
「もうお忘れになったんですか⁉︎ 半年前にも会ってるじゃないですかぁ!」
女はさらにしがみついてくる。
思い出した―――。
半年前、俺は確かにこの子と会って約束した。その時は、言ってることが全然信じられなくて、適当に交わしたあの約束―――。
「もう離れませんからね! ずっと、ずぅーっと一緒ですッ!」
そう、名前は確か―――。
「んだよ」
「何、あいつ?」
「彼氏? な訳ねーよなぁ」
外野の尖りきった雰囲気で我に帰る。見渡すとALL EYES ON ME。
人怖じする俺にとっては、すでに切羽詰まった状況といえた。
「わかった! わかったから、まずは離れよう。みんなが見て―――」
「ああー………、これです! トオルさんの匂い。懐かしいですぅ」
耳に届いていない。それどころか、俺の匂いをかぐのに必死のようだ。
………いや、待てよ。ひょっとして、これなら………。
俺は息を吸い込んだ。
「ビスコ! 待てッ‼︎」
「―――ハ、ハイッ」
首に回された両腕がほどける。
彼女は膝を抱えるような格好でその場にしゃがみ込み、何かを待つような上目遣いで俺の目を見つめた。
「ビスコ―――」
彼女は返事の代わりに、嬉しそうにお尻を振った。
小さい頃飼っていたポメラニアンとコーギーのハーフ犬、それがビスコだった。
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