元ネタさん「やばいと思ったが、衝動を抑えきれなかった」

『利用規約違反によるアカウント停止のお知らせ』


 2日後の朝、俺がパソコンを立ち上げると、受信箱にそんなタイトルのメールが届いていた。送信者は『メルンプロジェクト』、笛吹きになろうを運営している会社だった。


(えっ? なんだ、これ......)


 俺は頭を丸太で殴られたような衝撃が走った。白い画面に並ぶ黒い文字列が、グラグラと揺らいで良く見えない。


 だがしばらくして、俺は何とか意識を取り戻し、強ばった指でメールをクリックした。

するとそこには、長い文面が延々と綴られている。

定型的なあいさつで始まり、そして俺が複製アカウントを所持したことにより、笛吹きになろうから退会処分となったことが報告されている。


(退会? えっ、退会?)


 俺はすぐに笛吹きになろうのホームページを開いた。

ログイン画面から、メールアドレスとパスワードを入力する。

だがそうすると、「このアカウントは規約違反により利用が停止されています」という赤い注意書きが表示された。


 慌てて今度は月間総合ランキングのページを開く。16位にあったはずの『ダンスパ』が跡形もなく消えていた。ランキング100位までスクロールしても出てこない。検索画面で正式なタイトルを入力してもヒットしない、同じように『レア賢』のタイトルも検索してみたが、やはりどこにも見当たらない。


 俺の小説は、完全に笛吹きになろうから消されていた。



 プロロロロ プロロロロ



 俺がショックで放心していると、突然電話が鳴りだす。

俺は慌ててスマホを探す。もしかしたら、笛吹きになろうの運営から何か連絡が掛かってきたのかもしれない。

一縷の望みをかけて、床に落ちていたスマホを拾い上げる。

だが予想とは違い、出たのは編集の佐藤からだった。


『あなた、とんでもないことをやらかしてくれましたね!』


 開口一番、佐藤の怒りの声が響く。

あいさつの言葉すらない、一方的な物言いだった。

俺は思わず気持ちが気圧されてしまう。


「えっ、佐藤さん? な、何ですか?」


『何ですかじゃないでしょ月神子さん!? 今朝私の元にも報告が届いたのですが、あなた笛吹きになろうでランキング操作したらしいじゃないですか! さっきから本社でも苦情の電話が鳴りっぱなしですよ!』


 佐藤は隠す気すらない憤懣ふんまんを俺にぶつけてくる。

俺は頭が混乱しぱなっしだった。

えっ、何で? 何で佐藤が俺がランキング操作したこと知ってるんだ?


「......あ、あの、何で?」


『何でって、それを聞きたいのはこっちですよ! まさかあんな馬鹿な真似をして、本当にランキングに入れるとでも思ったんですか!? メルンプロジェクトだって老舗の企業なんですから、不正行為ぐらいすぐに発覚しますよ!』


「えっ、あっ、えっ?」


 俺は言葉を詰まらせながら、パニックになる。

途端に目頭まで熱くなり、今の状況すらまともに認識できなくなる。


『あのですね、月神子さん。あなたまだ現実を理解してないようだから教えてあげますけどね......炎上してますよ? ネットで。


 誰かがあなたの不正行為をリークしたらしくて、そのデータがネット中で拡散されているんですよ。エックスターでもトレンドになってますし、今すぐにでも確認したほうがいいですよ』


 佐藤の忠告を聞き、やっと俺は現実に引き戻される。

俺は慌ててパソコンの前に座り直す。

すぐにマウスを動かし、エックスターを開いた。

すると通知欄は「99+」と表記されており、明らかに異常な数値を叩きだしていた。

俺はそれを見るのが怖くて、まずは佐藤の言う通りトレンドの検索をする。


 本当にあった。俺の名前が。「月神子」が。

その下にあるサジェスチョンには「炎上」、「ポイント操作」といった単語が並べられている。


 俺は怖くて仕方なかった。けど気になって仕方がなかった。

俺は吸い込まれるように「月神子」の検索ワードをクリックする。



『月神子とかいうなろう作家がランキング操作したらしい。笛吹きになろうもかなり腐ってるな』

『月神子って、普段から非なろう作者と延々レスバしてたし、何か仕出かすとは思ってた。あの発狂っぷりは明らかに病気だろ』

『月神子とかいうなろう作家の本。話題になってたから試しに読んでみたけどクソつまらんかったわ』

『今日もあなただけに秘密の夜をお届け♥

もっと過激な画像を見たい人はDM送ってください♥


#増税メガネ

#炎上

#トラえもん

#おっぱいぷるんぷるん

#月神子

#あなたのSM診断

#月ノ美子

#多目的トイレ

#与謝野晶子

#あなたの一票でFHKをぶっ壊しましょう


 

「話題のポスト」の検索画面には、「月神子」の名前が大量に太文字で羅列されていた。

俺を罵り、俺を蔑み、俺を馬鹿にするコメントが、洪水のように溢れている。


 ハァッ、ハァッ、ハァッ

突然呼吸がうまくできなくなる。


 ハァッ、ハァッ、ハァッ

目眩がして、腹の底から胃液が込み上げてくる。


 やめろ、やめろ、やめろ

 愚弄するな、愚弄するな

 俺を見下すな 俺を見下すな

 やめろ やめろ やめろ!!!



『月神子さん? 月神子さ~ん?』


 我に返ると、俺を呼びかける声が聞こえてくる。

気持ち悪くなり、咄嗟とっさにパソコンのブラウザを閉じた。

俺はヨロヨロとしながら、再び電話に出る。


「......は、い」


『確認しましたか? ひどいことになってたでしょう?』


 佐藤はもはや、怒りすら湧かない様子であり、俺に呆れた態度で話しかけてくる。


『まあ、現状理解をしていただけたということで、早速本題なんですけどね。『俺だけしか使えないレアアイテム ~戦闘もできないゴミと罵られて追放されたけど、なぜか伝説のレアアイテム【賢者の石】をゲットして、チートもハーレムも手に入れてしまった件~』のコミカライズ企画ですが、正式に中止が決定しました。もちろんあなたの新作を書籍化する件も、なかったことにさせていただきます』


「えっ?」


 俺は思わず上ずった声をあげた。

コミカライズ、中止。書籍化、なかったことに。

断片的な言葉が何度も頭の中で反響する。


 けれど、その言葉が現実として受け入れられない。

脳が情報の全てを拒絶して、上手く処理することができない。


 けれど体のほうは反応して、全身がわなわなと震えていた。

鼻水がズルズルと垂れてくる。涙がボロボロとこぼれてくる。

スマホの画面が粘液で汚れ、表示される文字も読めなくなる。

俺は画面を拭くことも忘れて、絶叫するような声をあげた。


「......ざ”と”う”さ”ぁん”!」


 縋りつくように名前を呼ぶ。

頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、それでも見放されたくない気持ちがいっぱいになっていて。

スマホにかじりつくように顔を近づける。鼻先にべっとりと鼻水が付着する。

それでも俺は諦めきれなくて、唾を飛ばしながらもう一度名前を叫んだ。


「ざ”と”う”さ”ぁん”!

おで”、と”うし”た”らいいで”すか”ぁ?

うち”き”り”にし”な”いて”く”た”さ”い”ぃ!

な”ん”て”も、 な”ん”て”もし”ま”す”か”らぁ!!」


『......もう無理ですよ。あなたは』


 佐藤は冷たく言い放つ。

何の感情も籠もらない声だった。

それでも、おれは、おでは、


「ざ”と”う”さぁん......」


『あのですね。じゃあ、これが最後だからアドバイスしてさしあげますけどね。あなたはもう「月神子」の名前を捨てたほうがいいですよ。エックスターのアカウントも消して、他の小説投稿サイトのアカウントも消して。完全に逃げたほうがいいです。


 ここまで炎上してしまったら、もうプロ作家としてやっていけません。前にも言いましたけど、今の時代の作家は人気商売なんですから。好感度が最悪なあなたは、どこの出版社からも声がかからないでしょう。自分の詰めの甘さを自覚して、一からやり直すしかないです。


 もっとも、例え名前を変えたとしても、また誰かが掘り返して、あなたの素性を晒しあげるリスクだってあるわけですが』


 とどめを刺すように佐藤は言う。

俺はラマーズ法のような、ひぃ、ひぃ、という荒い呼吸が止まらない。

電話口に相手がいることも忘れて、うぅぅ、うぅぅ、と嗚咽を漏らし続けた。


『......じゃあ、そろそろ切りますね。あなたが起こした炎上事件のせいで、こっちだって手一杯なんですから』


 最後に毒づきながら、佐藤は電話を切る。

俺の顔はぐちゃぐちゃになり、もう視界すらもはっきりと見えない。


“な”んて”、な”んて”、な”ん”で”!?

と”お”し”て”、 こ”う”な”った”んだ”よ”ぉ!?

お”て”は”、 ぶ”ろ”さ”っか”な”の”に”ぃ!!!”


 俺は机に突っ伏してむせび泣く。

俺は完全にプロ作家の道を断たれた。

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