パンチラ書け

 数週間後、俺の小説の担当である、編集の佐藤から電話があった。


『月神子さん、おめでとうございます。レア賢一巻の発売日が決定しました』


 事務的な口調で佐藤は報告する。俺は内心ニタリと笑った。

よっしゃ! これで俺もプロ作家の仲間入りだ。順調順調!

 

 その後、俺は佐藤から金や仕事の内容について細かく説明される。俺の口座にいつ印税が入金されるとか、出版権譲渡の契約書をいつまでに書けとか。俺は適当に相槌を打ちながら、聞き流す。


『ああそれとですね。コミカライズの打診もうちあがってるんですよ。モンスターコミカルさんのほうから。それに伴ってですね、小説の内容も少し修正してもらいたいんです』


 佐藤がさらに淡々と連絡事項を告げる。俺は「コミカライズ」という言葉を聞き、飛び跳ねそうなほど嬉しさが湧きあがった。だが同時に、「修正」という言葉に対しては胸がギクリとする。小説修正の指示は、うんざりするぐらい何度も受けてきた。


『ヒロインのセリアについてなんですが、もうちょっと登場を早めにしてほしいんですよ。それからですね、モンスターコミカルさんのほうから、セリアのお色気シーンを入れてほしいという要望がありました』


「お色気シーン?」


 俺は佐藤の言葉をオウム返しする。


『はい。具体的に言うとですね、ヒロインが盗賊に襲われるエピソードを10ページ辺りに回して、さらにパンチラシーンも盛り込むといった感じです。初刊の発売日も近いので、1週間以内に修正をお願いします』


「............」


 一方的な佐藤の要求に、俺はしばらく閉口をする。魚の骨が喉につっかえたような違和感を覚えた。


「あの、それって絶対書かないといけないんですか?」


『ああはい、そうですね。基本なろう系作品は20代、30代の男性が主な購買層ですので、そういったエロシーンは必須なんですよ。タイトルにも「ハーレム」とついてる以上、読者はエロ目的で本を買おうとするわけですから』


 佐藤はさらりと説明する。話の内容は理解できるし、筋も通っていた。

けど俺はどうしてもそれを上手く飲みこむことができない。


「でも、俺の作品って――」


『月神子さん、あなたの仰りたいことはわかりますよ。エロなんてなくても自分の作品は十分面白いと言いたいのでしょう? でも今の時代の小説は、ただ単に内容が良ければ売れるわけではありません。大勢の読者が求める需要――つまり欲望に応える必要があるんです』


「それは、わかってるつもりですが......」


 なおも俺は言葉を詰まらせる。

承諾することに抵抗があった。

俺の本当に書きたいものとは、かけ離れている。

だが佐藤は、ふう、とため息をひとつ吐いた後、まるで教師のような口調で言葉を紡いだ。


『いいですか、月神子さん? これはビジネスなんですよ。例え自分が納得できないことがあったとしても、お客様がそう求めている以上は、それを聞き入れなくてはならないものなんです。あなたははじめてお会いした時、プロ作家になりたいと言いましたよね? ならきちんとプロとして、売れる本を書いてください』


 佐藤がぴしゃりと俺に命令する。

俺は厳しい言葉に黙りこくり、返事をかえすことができなかった。

だが佐藤はそれを肯定と捉えたのか、話を打ち切りにかかる。


「じゃあ、お願いしますね月神子さん。10ページ辺りでセリアを登場させて、セリアのパンチラシーンを入れてください。では私はこれで」


 念を押すように告げると、佐藤は一方的に電話を切った。俺はスマホを置いて、ため息をつく。相反する二つの感情がせめぎ合っていた。


(コミカライズの話はめちゃくちゃ嬉しい。けど、エロ描写を入れろというのはやっぱり抵抗がある)


 元々レア賢のセリアは、清純派キャラを売りにして設定を作り上げたキャラだ。キャラプロットを完成させるのに2週間近くもかかったし、俺自身にも思い入れがある。まるで自分の恋人みたいに愛着を持っていた。


 けれど、出版社側はそのセリアを汚れ役にしろと言い渡してきた。まるでその場限りで事を済ませる、ヘルス嬢みたいな扱いだった。


(わざわざパンチラシーンなんて、釣り餌みたいな場面を仕込まなきゃならないのか?)


 俺は煩悶する。そもそもレア賢はエロが目的ではなく、主人公が自分をバカにしてきた連中を見返すことが目的の作品だ。それなのに、わざわざとってつけたようなエロ要素を入れることが必要か? それで本当に小説が面白くなるといえるのか?


 だがしばらくそんな逡巡をめぐらせた後、俺は首を振って考え直した。

佐藤が口酸っぱく俺に説いてきた言葉を、何度も頭の中で反芻する。


(いや、あいつだって長年小説の編集をやってきたプロだ。エロシーンを入れたら本が売れるというのは本当だろう。


 プロ作家になりたいなら、客の求めるものに応えろ、か......。

完全に納得したわけじゃないけど、ここは佐藤の言うことを素直に聞くべきだ。

ここで駄々をこねたら、負け犬のワナビに成り下がっちまう。プロ作家になるためなら、俺は何だってやってやる!)


 俺は自分の感情を押し殺し、パソコンの画面を開く。佐藤の指示通り、俺はセリアの登場を早め、パンチラ描写を盛り込んだ。

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