なろう作家打ち切り転落物語
区隅 憲(クズミケン)
俺は負け犬のワナビどもとは違う
俺こと「
代表作は
『俺だけしか使えないレアアイテム ~戦闘もできないゴミと罵られて追放されたけど、なぜか伝説のレアアイテム【賢者の石】をゲットして、チートもハーレムも手に入れてしまった件~』
であり、通称『レア賢』は絶大な人気を誇っている。
俺がプロ作家としてデビューしたのは、大手小説投稿サイト『笛吹きになろう』でランキング1位を取ったことがきっかけだ。出版社からオファーがかかり、それでレア賢の書籍化が決まったのだ。
今はレア賢の第一巻の刊行が進められている段階であり、この企画が通れば、俺は正式にプロ作家として世間に認知されることになる。
さて、ここは俺の王国、SNSアプリのエックスター。フォロワーは6000人を悠に超えており、今日も俺は信者たちにプロ作家としての心構えをレクチャーする。
『自分の小説を【隠れた名作】だとか言って、どうして小説が読まれないのか自己分析できない奴は一生ワナビのままです。プロ作家になるために大切なのは、読者のニーズを掴むこと。つまり自分の時間をどれだけ他人のために使えるかが肝心なのです。社会人なら当然ですよね?』
俺がポストすると、早速信者どもが蟻のように群がってくる。いいねやリポストが大量につき、リプライも速攻で送られてくる。
『月神子先生の言うことはいつも的確で参考になります』
『耳が痛い! けど書籍化したいので僕も頑張ります』
『読者のニーズを掴む......当たり前ですけど、難しいですよね』
その羨望の眼差しで溢れたコメントの数々を見て、俺の気分は高揚する。底辺ワナビでは決して味わえない、この脳が蕩ける感覚。努力して賢く生きた人間だけが与えられる、特権的な恐悦。
俺はそれら両方共を享受できる特別な人間であり、誰も俺を見下すことはできない。俺は鳴りやまないエックスターの通知欄を見て、自分のにやける顔を止めることができなかった。
ドンドンドンッ、ドンドンドンッ!
突然、激しい打音が俺の耳を貫く。
スマホに夢中になっていた俺はビクリと体を震わせ、スクロールする指の動きを止めた。
「
部屋の扉の奥から、年老いた男の声が響いてくる。
俺の親父だった。
俺は舌打ちをして、無視しようとする。
だが親父は勝手に扉を開けて、ズカズカと中に入り込んできた。
「おい民人! 部屋にいるなら返事ぐらいしたらどうだ? ちゃんとノックは聞こえているだろ!?」
「ちっ、うるせぇな。毎日毎日人の部屋勝手に上がり込んできやがって......」
俺は口うるさい親父から目を逸らした。
だが親父はそんな俺を見咎めて、手に持っていたスマホを睨みつけてくる。
「またエックスターとかいうSNSをやっているのか? 全く、毎日毎日お前は碌に家から出ず、スマホばっかりやって。お前はいつになったら外で働く気になるんだ!?」
「うるせぇよクソ親父!! 俺はいまファンとの交流で忙しいんだよ!! 俺はプロ作家で小説書いてるからな!」
「またそんな言い訳をするのか? 小説なんて書いても1円にもならないだろ。いい加減遊び呆けるのはやめたらどうだ!?」
頭ごなしに親父は俺を叱りつけてくる。いつもいつも、毎日こうだ。親父は働け働けと俺に命令してきて、プロ作家がどれだけ偉いかまるでわかっていない。頭が古くて更年期障害の進んでいる親父には、永遠に理解できない価値観だろう。
「だから、俺は就職する気なんてねぇっつってんだろ!! 俺は小説で食っていくんだよ!!」
「ならその小説とやらを見せてみろ! 本当にそんなもので食い扶持を稼げるのか、父さんが見極めてやる!」
「だ・か・ら! 今は企画中でまだ発売されてないっつってんだろ!! 何回言ったら覚えられるんだよボケ!」
不毛なやり取りが散々に飛び交う。こんなクソジジイに構ってる暇なんかないってのに。早く小説の修正をしなきゃならないってのに。俺は苛々して、「早く死ねよクソ親父」と何度も内心毒づいた。
「――とにかく、明日になったらハローワークぐらい行けよ。いつまでも、父さんや母さんが生きてるわけじゃないんだからな」
「余計なお世話だクソ親父!! てめぇらの助けなんざいらねぇよ!!」
親父が捨て台詞を吐いて出ていく所を、俺は怒鳴り返す。
バタンと扉が閉められると、うるさかった部屋が静かになる。
やっとこの世界で一番無駄な時間が終わった。
だが、俺の心は全く晴れる気配がなかった。
さっきまでエックスターで信者どもに褒めそやされて、気分がよかったのに台無しだ。
今日のノルマを書くやる気も失せて、俺は動画サイトのヨーチューブをスマホで開く。
画面を見たちょうどその時、Vtuberの月ノ美子が、ライブ配信でゲーム実況している動画が目に入った。俺は「おっ!」と気持ちが浮き立ち、さっそくサムネイルをクリックする。
『洗濯機っ!! 洗濯機の動きが卑猥っ!!
美子ちゃんが敵に襲われ大慌てになっていた。
その珍妙なリアクションを見ながら、俺はケラケラと笑い声を上げる。いつも美子ちゃんは面白くて、そしてかわいい。俺は彼女の大ファンだった。俺の「月神子」というペンネームだって、月ノ美子の名前をもじったものだった。
俺は美子ちゃんの配信を眺めながら、コメント入力欄に画面をスワイプする。ただのコメントを送るのではない。相手に金を送れるスーパーチャットだ。
毎月お袋は、俺の口座に金を入れていた。名目上は、俺の就職活動費にあてがうためだという。だが俺はいつも、その金をソシャゲやスパチャに費やしていた。
それが間違ってるとは思わない。何故なら俺は、さらさらどこかに就職する気なんてないからだ。くだらないブラック企業の下で飼われて、くだらない上司にへこへこ頭を下げるなんてまっぴらごめんだ。中小のヒラでしかないクソ親父みたいな社畜には、絶対なりたくない。あんな子供を怒鳴りつけるしか能のないジジイと、同類になるなんて反吐が出る。
Youtuber、投資家、そしてプロ作家。今どき会社に頼らずとも、金を得る手段なんていくらでもある。そんな世の中なのに、会社勤めなんて馬鹿のやることだ。
『月神子さ~ん、いつも応援ありがとうございます~』
1万円分のスパチャを送ると、美子ちゃんが笑顔で俺に手を振ってくれた。俺はそのかわいらしい反応を見て、ニタニタと画面の前で笑う。金さえ払えば、美子ちゃんはいつも俺に振り向いてくれた。
思えば学生時代は、こんな風に女の子から声をかけられることもなかった。クソみたいな滑り止めの大学に入り、ハゲかかったジジイどもの退屈な講義を受けてきた。低レベルな人間とつるみたくなかったから、友人なども作らなかった。
昔を思いだすと、またふつふつと胸からこみ上げてくる屈辱を感じる。低レベルな大学に入ったせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ。就活は失敗するし、同居したくもない親との生活も強いられている。
だから俺はプロ作家を目指した。人生を一発逆転したくて、世間からも称賛される存在になりたくて、小説だけに心血を注いだ。
その過去の決意を振り返り、俺はまた執筆のモチベーションを取り戻す。
ライブ配信の動画を切り、俺はパソコンを立ち上げた。
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