第15話 泥棒猫


 数日前、魔王デルビルを倒し、王都へ凱旋した勇者一行。

 その中に、当然ミラーもいた。

 しかし、本来の彼女は女盗賊。

 得意の変身魔法で人々を騙し、宝やアイテムを盗んで来た悪党だ。

 堂々と勇者一行として王前に並ぶなんて気が引けたし、パーティーで貴族たちと一緒に動きにくいドレスを着て、優雅に踊るなんて性に合わない。


 壁の花となっていた彼女がふと隣を見ると、同じようにパーティーが性に合わないのかヴィライトも壁にもたれかかり、静かに時を過ごしているようだった。

 貴族の令嬢たちと散々踊らされた後ということもあり、なんだかとても不機嫌そうに見える。


「————団長、踊らないんですか? 一応、貴族様でしょう?」

「もういい。十分だ。ミラーこそ、踊らないのか? 君はダンスは得意だろう? オカシーナ村では踊り子と一緒に踊っていたじゃないか」

「団長、こんなゆったりしたお貴族たちのダンスと、うちら庶民のダンスを比べないでくださいよ。テンポもノリも全く違うんだから」

「……それもそうか。でも、あのダンスは素晴らしかったと思うぞ」


(見ていてくれたんだ……私のこと……)


 勇者一行として、魔王デルビルを倒すために世界各地を旅したミラー。

 途中から合流したこの第九騎士団の団員たちともすっかり打ち解け、オカシーナ村の宴でミラーのダンスは好評。

 いつもクールで、冷静沈着なヴィライトが、まさか自分のダンスを褒めてくれるとは思ってもいなかった。


 ミラーはそれが嬉しくて、つい何度もヴィライトの方を見てしまう。

 ヴィライトはみんなが噂するように、結構な美男子であるし、実はミラーも時折みせる彼の仲間思いの優しさや、国のために戦う凛々しい姿に密かに恋心を抱いていた。


(勇者には全く魅力を感じないんだけど……本当、この人は何を考えているか全くわからないのよね……そこが魅力的なんだけど)


 ヴィライトはミラーの熱い視線に気づいているのかいないのか、急にパーティー会場の外へ出る。

 ミラーは密かにヴィライトの後をつけた。

 自分の姿のままだとすぐに怪しまれるだろうから、黒猫の姿に変身して、闇に紛れながら……


「ふぅ……」


 大きなため息をひとつして、噴水の前のベンチに座り、何か物思いにふけっているようなヴィライト。

 赤い月明かりに照らされ、後ろにある噴水も光を反射してキラキラと輝いていて、とても美しい。


(綺麗……絵画みたい……)


 あの男の心を盗みたい。

 ミラーがそんな欲望を胸に抱いたその時、ヴィライトは何かに気づいたように立ち上がった。


「————どうかされましたか? アン王女」


(アン……王女……?)


 ミラーは、ヴィライトが空から落ちて来たアンを抱きとめる姿を目撃する。


(なによ……これ……————)


 顔を真っ赤にしているヴィライト。

 いつも冷静沈着な団長の見たことのない表情に、ミラーは自分が叶わぬ恋をしていたことに気がつく。

 二人がベンチに寄り添うように座っているのを見て、静かにその場を去った。


 そして元の姿に戻り、パーティー会場でありったけの酒を泣きながら呑む。

 ベロベロに酔っ払った彼女は、何を思ったのか、失恋の悔しさから王城のすぐそばにあるジェミック家の屋敷まで足を運んでいた。

 女盗賊の彼女に、入れない場所などない。

 あっさりと侵入し、帰って来ない彼の寝室のベッドの上でぐっすり眠っていたのだ。


 ところが、翌日の昼過ぎ————


(……何? なんだか騒々しいわね……)


 悲鳴や何か物を倒すような物騒な音、それと、荒々しいいくつかの足音が聞こえて、ミラーは目を覚ました。


(あらやだ。ここはどこかしら……?)


 そこがジェミック家の屋敷だと認識しないまま、二日酔いので痛い頭を抑えながらそっとドアを開けて様子を伺う。

 すると、そこには勇退した前第九騎士団団長————ヴィライトの父が車椅子に乗っている姿が見える。

 その妻も、使用人たちも急に現れた王の親衛隊たちに驚いているようだった。


「ヴィライト・ジェミックが王女様誘拐の大罪を犯した。他に余罪がないか、屋敷を改めさせてもらう」


(王女……誘拐? 団長が?)


 親衛隊たちは屋敷に押し入り、他に何か犯罪の証拠がないかと屋敷内を荒らしていく。

 中には、その機に乗じて金品を盗む隊士もいた。

 何が起きたかわからず、困っていたジェミック家に追い打ちをかけるように、遅れてきた別の隊士が叫んだ。


「大罪人ヴィライト・ジェミックが勇者様の手によって成敗された。これより、王命により、ジェミック家の地位、財産を剥奪する」


(そ……そんな……)


 ミラーはここにいては状況が把握できないと、王城に戻った。

 しかし、その時にはもうヴィライトの遺体が運び出された後で————


「ちょっと、ブレイブ! これは一体、どういうこと!? あの団長が王女誘拐だなんて……そんなこと、ありえない!!」

「ミラー……落ち着け。どうしたんだ、そんなに熱くなって」

「どうしたも何も……!! 昨日まで魔王を倒した仲間だったあの団長が、急に大罪人になったのよ!? それも、あんたが殺したですって!? そんな話、信じられるわけないでしょう!?」


 ブレイブに詰め寄ったが、彼は譲らなかった。


「アンを誘拐しようとした時点で、彼は大罪人だ。きっと前から計画していたんだろうね……かわいそうに、アンは薬まで使って眠らされていた。僕たちは彼に裏切られたんだ。だから、この手で殺した。それだけのことだよ」

「でも……!」

「この話はこれで終わり。ミラー、悪いけど僕は忙しいんだ」


 ブレイブはそれ以上何も語らず、イルカと一緒にどこかへ行ってしまう。

 ミラーは、ブレイブの話が信じられない。


(誘拐……? そんなわけない。だって、昨日の夜、あの二人は————)


 昨夜見た光景を思い出しても、やはりミラーにはヴィライトがアンを誘拐しようとしたなんて信じられない。

 ヴィライトがどれほど忠義に熱い男であったか、ミラーはずっと見ていたから知っている。

 もう死んでしまったというなら、せめて、彼の汚名だけでもそそごうとアンに話を聞こうと思った。

 ところが、アンの部屋にはメイドのマジカしかおらず、兵士に聞けば安全のため一番上の部屋にいるとのこと。

 階段の前には兵士が立っていて、面会はできない。


(猫や犬じゃダメね。虫がいいかしら……?)


 ミラーは得意の変身魔法を使って、アンに会いにいくためハエの姿に変身しようとする。

 しかし、何も起こらない。


(ああ、くっそ……あのハエ、死んだのね)


 ミラーの変身魔法は、コピーしたオリジナルが死んでしまうと使えない。

 翌朝、生きている虫を探しに庭に出た時、ミラーは大きな荷物を持ったマジカとすれ違った。


(何よ今の……すごい荷物ね)


 それからほどなくして、てんとう虫に変身したミラーがこっそりアンが軟禁されている部屋を訪れたが、そこにはすでにアンの姿はなかった————


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