第12話 花の都


 ドーグ島とは違い、その大地に足を踏み入れた瞬間から花の香りが鼻腔をくすぐる。

 二十年ほど前に魔王デルビルによって壊滅の危機だったこのロートカミラは復興後、年中どこにでも多くの花が咲いているため、花の都とも呼ばれていた。


「さて、それじゃぁ、俺はここで。魔女様の話だと、ロートカミラの北山……あの雪山の中腹にある城跡を目指すようにって話だ。まぁ、詳しくは街の人に聞けばわかるだろうよ」


 ドラムはアンたちを船から下ろすと、雪山の方を指差した。


「ああ、それと……マジカ、これをあんたにやるよ」

「何……これ?」


 ドラムはマジカに自分の二の腕に巻きつけていた銀色のアームレットを外して渡す。

 よく見ると両方の先端に蛇の顔になっていている。


「それを手首にでも巻いておけ。魔力増幅アイテムだ。俺が作ったやつだから、じいちゃんが王女様に渡した短剣ほどじゃないけど……あんたは雷魔法が使えるんだろう?」

「え、うん。そうだけど……」

「そっちの王女様は光の魔法しか使えないから、攻撃には不向きだ。今、王女様を守れるのはあんたしかいないんだから、遠慮せず持って行けよ。俺のはまた作ればいいし、気にするな」

「そうね……ありがとう」


 マジカは言われた通り手首にそれを巻きつけた。


「私からもお礼を言うわ、ドラムくん。ドルドさんにも、ありがとうと伝えておいて」

「いいんですよ! 俺たちは魔女様との契約で動いているだけですから! それじゃぁ、二人とも、どうか無事で」


 アンとマジカはドラムの船が見えなくなるまで見送ると、言われた通り雪山を目指して歩き始めたが、もう直ぐ陽が落ちる。

 夜の山は危険な為、どこか宿を探さなければならない。

 ところが、どうも時期が悪かったようで、宿はどこもかしこも満室。

 宿屋の店主の話では、今夜はロートカミラ復興の記念パーティが行われるらしく、それに参加するために各国から貴族や商人などの金持ちが集まっているのらしい。


「領主様がウザイーナ・カミラ公爵になってからね、この都はもう毎日がお祭り状態で……今夜は特にね、花火まであげちゃうらしいんだよね」

「まったく、どうかしてるわよ。私たちから取り上げた税金で、毎晩のように豪華な食事に酒、その上花火まで……」

「私たち商人としては、お客様が増えるのでいいのですがねぇ……最近はちょーっと、税収が厳しいので、一泊でこのお値段となっております」


 空いている宿を見つけても、なんと一泊で金貨50枚もするのだ。

 とても「はい、そうですか」と言える値段じゃない。

 売られている食品も、王都では銀貨1枚で買えるものがこの街では金貨1枚と……10倍に膨れ上がっていた。

 何もかもが高い。


「お姉様……これではどこも泊まれませんよ。野宿しかないのでは……?」

「それもそうね……」


 仕方がなく、人が多い表通りから小道に入ってみる。

 夜なんてないかのように人で賑わい、該当の灯りが煌々と点いている表通りとは違って、そこは恐ろしいほど暗く、静かだった。

 物乞いや帰る家のない、金のない者たちの今にも死にそうなうめき声が度々聞こえるほどに。


(何よこれ……酷い————)


 あまりの悲惨な状態に、アンは驚きを隠せなかった。

 表通りの高級感あふれる様子とは真逆の世界が、たった数歩の違いで生まれているなんて思いもしない。

 ロートカミラには領主の招待で城には何度か来たことがあるが、アンが見せられていたのは表の綺麗なと部分だけだったことに、この時初めて気がついた。


(お母様の生まれ育った街が、こんな場所だったなんて————一体、いつから?)


「————あの、シスター様!」


 考えていると、アンの後ろから一人のマジカと同い年くらいの少女が走ってくる。

 今にも倒れてしまいそうなほどに痩せていて、左足をかばうような、不自然な走り方をしていた。


「シスター様、お願いです。ママを……ママを助けてください!」

「え……?」

「先生から聞いたことがあります。シスター様は、怪我を治す魔法が使えるんでしょう?」



 * * *



 アンに声をかけた少女・リコリスに手を引かれて、連れてこられたのは雪山のふもとにある古びた教会。

 去年、魔王デルビルの手下にアンが捕まった教会と同じような形をしていたが、こちらは古いだけでステンドグラスも天使の像もそのままある。

 行き場のない者たちが寝泊まりしている場所になっているようだ。

 シスターの姿をした二人が入ってくると、中にいる者たちはどうやら熱心な信者のようで、皆が希望に満ちた表情に変わった。


「これは……」


(ここにいる人たち、みんな怪我をしている……?)


 ざっと見渡しただけで二十人。

 男女問わず皆、どこかしら怪我をしているようだった。


「ママ、シスター様を連れて来たよ。これで治るよ」

「本当かい、リコリス」


 リコリスは母・マーガレットの手を手を握って、そう語りかけると、マーガレットはにっこりと微笑んだ。

 マーガレットの手は、酷くただれていて、腐り始めている。


「ああ、本当だ。いい匂いがする。懐かしい。ミリア様と同じ、光の魔力を持った人の匂いだ」

「……ミリア様……?」


(どうして、お母様の名前を————?)


 マーガレットは、アンの声に反応してこちらを向いたが、どうも目の焦点が合っていない。

 近くづいてよく見ると、その瞳は白く濁った色をしている。


「あら……声も似ているのね。シスター様……なんだか、とても懐かしいわ」


 そこから一筋、涙が溢れて落ちた。


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