悪役《ヴィラン》は私の為だけに咲う
星来 香文子
第一章 死がふたりを別つ時
第1話 勇者凱旋
フローリア王国。
長年、魔王デルビルの脅威に怯えていたこの国は、つい先日、勇者ブレイブ・エモンドの手により平和を取り戻していた。
「勇者様、万歳!!」
「フローリア王国、万歳!!」
雲ひとつない晴天のよく晴れた日行われた、凱旋パレード。
王都へ入ってすぐ、勇者の仲間たちとその戦いに王命を受け協力した第九騎士団一行は民衆から割れんばかりの歓声と祝福を浴びながら、フローリア王国の王が鎮座する王城を目指した。
一方、勇者たちの帰城を今か今かと待ちわびている王城で、アン・ニード=フローリア第三王女は、たった一人、浮かない顔で王の二つ隣の椅子に黙って座っている。
世界一の美女と評判だったアンの母である故ミリア第三王妃によく似た淡い桃色で、胸まである長髪の毛先くるくると指に巻きつけながら、眉間にシワを寄せていた。
(ああ、ついにこの日が来てしまったのね……)
フローリア王国内だけではない。
世界中が魔王デルビルの死を喜んでいる中、彼女だけが、それを素直に喜べないでいた。
もちろん、魔王デルビルを倒してくれた勇者ブレイブに感謝はしている。
一国の王女としては、当たり前のことだ。
しかし————
(魔王デビベルを倒した者と、婚姻させられるなんて……————)
魔王デルビルがブレイブによって倒される数ヶ月前、王はその報酬として金貨三千枚と爵位、それに伴い、王女の一人との婚姻を約束したのだ。
フローリア王国には五人の王女がいるが、第一、第二王女はすでに他国の王子に嫁いでこの国にはいない。
そうなると、第三王女のアンか一つ下の異母姉妹である第四王女のベリーだ。
二人は現在17歳と16歳。
第五王女はまだ5歳のため流石に候補からは外された。
それに王の話では、ブレイブ自身がアンを気に入っているらしい。
初めからアンに拒否権はなかった。
幼い頃からアンの夢が、世界一幸せな花嫁になることだと知っていた国王は、これで世界中から祝福されるだろうと喜んでいる。
娘の夢を叶えることができたと、満足気だ。
(お父様は何もわかってない)
魔王デルビルを倒せるほどの勇敢な男を、夫にすることのどこに不満があるというのか————この場にいる者たちは、誰一人、アンの気持ちを理解できていない。
勇者が相当な醜男だとかかなりの歳上だとかいうなら、まぁ、わからなくもないだろうが、ブレイブはアンと歳も近く、誰もが認める美男子。
風になびくブロンドの髪、エメラルドの鉱石のような大きな瞳は美しい。
鼻は彫刻のように高く、唇の形も美しい。
それに加え、ブレイブは魔王討伐のため各地を回りながら色々な人々を助けて来たため、人徳もある。
アンも一度、魔王デルビルの手下に捕らえられたことがあるが、勇者一行の活躍によって救い出されている。
「アンお姉様、どうされたのです? もうすぐ勇者様がお見えになるというのに、不機嫌そうな顔をして……」
アンと王の間の椅子に座っているベリーは、王には聞こえないように小声で尋ねた。
みんなが待ち望んでいるというのに、アンの表情が暗いことに気がついたのだ。
「別に……なんでもないわ」
「なんでもなさそうには見えませんけど……どこか具合でも悪いのですか?」
「違う……いいから、放っておいて」
(ブレイブが嫌いなわけじゃない。でも、これじゃぁ、まるで私は賞品みたいじゃない……それに————)
「————勇者ご一行、入城!!」
わっと声援が上がった。
馬から降りた美しい勇者ブレイブが中央の赤い絨毯の上に降り、王座の前へ自信に満ちた足取りで進む。
その数歩後ろを、第九騎士団団長のヴィライト・ジェミック卿が続く。
漆黒の長い髪を後ろに束ね、どこか憂いを帯びているサファイアのような瞳。
右目のすぐ下に星の形をした小さな黒子。
ブレイブとはまた違った美しさを持つ男で、若くして団長となり、いつも冷静沈着。
冷血の騎士団長と呼ばれているほど、いつもクールにきめている男だ。
(ヴィライト様……ああ、今日もなんて素敵なのかしら)
実はアンはブレイブではなく、ヴィライトに想いを寄せていた。
勇者一行は、確かに魔王デルビルの手下からアンを救ったが、当時その身を呈して戦ったのは、このヴィライト。
アンを守るために、腕に傷まで負った。
(ヴィライト様が、魔王デルビルを倒してくれればよかったのに……)
アンはヴィライトに助けられた際、敵の攻撃から逃れるために抱きしめられたことや、間近で見た彼の美しい顔にすっかり虜となっていた。
しかし、今更そんなことを誰にも言えるはずもなく————
「勇者ブレイブ・エモンドよ。そなたの功績を称え、金貨三千枚と爵位を与える。そして、我が娘アンも褒美としてそなたに」
「ありがたく頂戴いたします。国王様」
アンの気持ちに関係なく、ことは進んでいく。
「ほら、アン王女様、ブレイブ様の前にお立ちください」
執事に言われて、アンはため息を一つ吐いてからブレイブの隣に立った。
ブレイブがアンの手を取り手の甲にそっと口づけをすると、再び割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
その歓声に驚いた白い鳩が、晴天の真っ青な中へ飛び立っていった。
誰もが祝福している。
勇者を称えている。
それでも、アンの視線の先にいるのはヴィライトただ一人。
ヴィライトはアンと目が合ったが、すぐに視線を逸らし、後ろを向いた。
(ああ、なんて素敵な黒髪かしら……)
ヴィライトの美しい髪に見とれているアンは、気づいていない。
ヴィライトが耳まで赤くしていることに。
「————団長、どうしました? 顔が赤いですけど……熱でもあるんですか?」
騎士の一人が心配してそう声をかけたが、ヴィライトは両手で自分の顔を隠した。
「なんでもない。見るな……!」
「……?」
実はヴィライトも密かにアンに想いを寄せている。
少し目が合っただけで、冷血の騎士団長と呼ばれているこの男が動揺していることに、誰も気づいていなかった。
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