第1幕・Aim(エイム)の章〜⑬〜

 イニングの先頭打者の出塁で、早速、岡田監督が動く。

 ミエセスに代わって、一塁ランナーに、そのまま外野の守備にも入れる島田海吏しまだかいりが代走に送られる。

 

 七番打者の坂本は、当然のように送りバントを試みたが……。

 この犠打ぎだは、失敗に終わってしまう。


 しかし、一死一塁となったところで、再び岡田監督が動いた!

 一塁に残ったキャッチャーの坂本の代走に小幡竜平おばたりゅうへいを送る。

 

 小幡は、開幕戦ではスターティング・メンバーの座を勝ち取ったものの、強肩と勝負強いバッティングでチームに貢献している木浪聖也きなみせいやの活躍で、出番が少なくなっていた。

 

 しかし、開幕2戦目の延長12回裏に、四球を選んだ時に彼が見せたガッツポーズは、僕の印象に強く残っている。

 まるで、高校球児が見せるようなその仕草は、スタンドから声援を送っていた僕に、


(二死ランナーなしになったときは引き分け覚悟だったけど、サヨナラ勝ちあるか……?)


と、思わせるほどの気迫を感じさせてくれた。


 さらに、1イニングに代走を二人も送り込む、岡田監督の異例の采配からは、俊足のランナーを塁上に置くことで、守備のかなめであるキャッチャーを替えてでも、


「この8回に、なんとかして、1点をもぎ取るんだ」


という固い決意が感じられた。


 その積極的な岡田采配は、すぐに実を結ぶ。


 続く打者は、代走に送られた小幡とのレギュラー争いに勝った木浪。

 一週間前の試合でも、サヨナラヒットを放ってヒーローになった打者は、2ストライクと追い込まれてから粘りを見せて5球目の外寄りのフォークボールを弾き返し、三塁手・村上むらかみを強襲する二塁打を放つ!


 この回からリリーフとしてマウンドに上っていた投手の石井大智いしいだいちに打順が回ったところで、代打に送られるのは、左打者の代打の切り札・糸原健斗いとはらけんと


 小幡と同じように、今シーズンの二塁手・中野拓夢なかのたくむ、三塁手・佐藤輝明さとうてるあきのコンバートによって、出番が少なくなっていた糸原は、小幡が気迫十分に四球を選んだ開幕二戦目のサヨナラ勝ちの起点になるなど、ここまでも、しぶとく食らいつく姿が目立っていた。


 スタンドから、チャンス襲来のヒッティング・マーチで声援が送られる中、左打席のバッターはスリーボールと有利なカウントから、外角ギリギリのコースに投じられた4球目を悠然と見送って、カウントはスリーボール・ワンストライク。


 そして、5球目――――――。


 やや外よりに投じられたストレートに対し、糸原はバットを振り抜く!

 ピッチャー清水しみずの右脇で勢いよく弾んだ打球は、しかし、超前進守備を敷くスワローズの遊撃手・長岡ながおかのグラブに収まった。

 

 前年から出場機会を増やしている若い遊撃手は、素早い動作で、捕手にバックホーム!


 その送球が、ややそれたことで、キャッチャーの内山うちやまの身体が、ホームベースから一塁側に動いたところに、代走・小幡が気迫のヘッドスライディングで滑り込んだ!


 ショートからの返球を受け取った内山は、身体をクルリと華麗に右回転させ、滑り込んできた小幡にタッチを試みる。


 きわどいタイミングの判定は――――――。間一髪セーフ!


 主審の両手が広がった瞬間、観客の歓声がスタジアムに響き、テレビの前の僕も、パチン! と両手を叩き、


「ヨッシャ! 小幡、ナイスラン!!」


思わず声をあげ、ガッツポーズを作っていた。


 今シーズンは、ここまで出場機会に恵まれていなかった糸原と小幡、二人の執念でもぎ取った1点を目にして、熱いモノがこみ上げてくるのを感じる。

 

 自分は、ただ、テレビで試合を観戦しているだけのファンにすぎないけれど……。

 チームの勝利に賭ける二人の選手の姿勢に、まるでチームの一員になったかのような喜びの感情がわきあがってきた。


 その後、チーム一丸で取った1点を9回のマウンドに上がった岩崎優いわざきすぐるが守りきり、勝利の瞬間、僕は再び、


「ヨシ!」


と、声を上げて、ガッツポーズを作っていた。


 試合後のヒーローインタビューでお立ち台に上がる小幡と糸原は、淡々とした表情でインタビューに答えていたが、僕は、彼らのプレーに勇気をもらえたような気がした。


(また、断られたらどうしよう、と思っていたけど……勇気を出して、もう一度、奈緒美なおみさんに連絡してみるか……)


 ヒサシから、彼女を甲子園での野球観戦に誘うことを提案されたときは、尻込みしてしまったけど、大勢のファンの前でインタビューを受ける二人の姿を見て、そう思い直して、スマホを手にする。


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 夜、遅くに申し訳ありません


 今週の日曜日、御子柴さんは、

 なにか、ご予定はありますか?


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 御子柴さんのご都合が良ければ

 一緒に行きたい場所があります

 

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 2つの文章に分けて、メッセージを送信すると、しばらくして、スマホが振動し、着信があることを告げた。


 御子柴奈緒美:お誘いありがとう


 という、画面上部の通知文に、手が震えるのを感じながら、LINEアプリのアイコンをタップする。


 ==============


 お誘いありがとう。


 GWが終わって余裕があるので

 中野くんの行きたい所があれば

 ご一緒させてください。


 ==============


 奈緒美さんからは、こんなメッセージとともに、ペンギンがお辞儀しているスタンプが返信されてきた。


 すぐに、午後からの野球観戦を提案すると、


「集合時間と場所の詳細をよろしくお願いします」


という、快い返事が返ってくる。


 友だち二人に声を掛けたとき以上に、見込みがないと思いながら、誘ったのに……。


「ヨッシャ〜!」

 

 予想外の嬉しい返信内容に、気がつくと、この日、三回目のガッツポーズを作っていた。

 同時に、この週末、奈緒美さんと甲子園に出かけるという、明確なAim(目的)ができたことに喜びを感じている自分に気がつく。

 

 そして、これは、もう少し、あとになってから気づくことだけど――――――。

 2023年シーズンの阪神タイガースの快進撃は、この日の試合から始まったのだ。

 

 【本日の試合結果】

 

 阪神 対 ヤクルト 9回戦  阪神 2ー1 ヤクルト

 

 1対1で迎えた終盤8回裏一死二・三塁。糸原いとはらの内野ゴロをスワローズの遊撃手・長岡ながおかがバック・ホームするも、送球がわずかにそれて、三塁走者の小幡おばたが生還。

 盤石の投手リレーで相手打線を最少失点に抑え、代走として登場した小幡の脚力を勝利につなげるという、今年のタイガースを象徴する1勝と言える。

 

 ◎5月11日終了時点の阪神タイガースの成績


 勝敗:17勝13敗 1引き分け 貯金4

 順位:2位(首位と2ゲーム差)

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