第1幕・Aim(エイム)の章〜⑫〜

 5月11日(木)


 ゴールデン・ウィークが終わった翌週の平日、、夕食を食べながら、サンテレビの阪神戦中継を観ていると、母親からLINEのメッセージが届いた。


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 ゴメンやけど、日曜日の甲子園

 行けなくなった。


 夕方には帰ってくるから、夜の

 予定は、そのままにしといて


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 この週末の日曜日は、『NPBマザーズデイ』として、甲子園球場だけでなく各地の球場で、母の日にちなんだイベントが実施される。


 日頃の感謝を込めて、僕も母親と一緒に甲子園でのベイスターズ戦を観戦しようと、アイビーシートと呼ばれる一塁側ベンチ裏の座席を2枚予約していた。


 それにもかかわらず、である。

 

(首位攻防の大事な一戦なのに、他に予定を入れるとは、ファンの風上にも置けない……)


 チームへの不義理を果たした者を糾弾きゅうだんする想いは、母への感謝の気持ちを上回り、拙攻せっこうとピンチの連続で胃が痛くなる試合展開も相まって、


(オカンが、そんなんやから、阪神も点が取られへんねん!)


と、悪態をつきたくなる気持ちを、なんとか必死にこらえる。


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 了解!


 甲子園は他の人に声を掛けるわ

 

 夜のフレンチ・レストランは、

 楽しみにしといて


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 そう返信をしてから、スマホを食卓に置き、首をひねる。


(さて、他の人に声を掛ける、と言ってもどうするか……?)


 悩んでみても、僕には、話しを聞いてくれそうな知り合いが二人しかいないので、再びメッセージアプリのアイコンをタップして、『少年隊』のグループにメッセージを送る。


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 【急募】


 期日:5月14日(日)

 甲子園で野球観戦できる人材


 条件:応相談


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 時刻は午後9時前――――――。

 平日とは言え、普段なら残業をしていることもある時間帯にもかかわらず、ユタカとヒサシからは、すぐに返信があった。


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 無理!


 なんで、野球を観るためだけに

 関西に戻らきゃなんないんだよ


 あいみょんのスタジアムライブ

 のチケットがあればまた誘って


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 ユタカからの返信内容は、このとおり、愛想のカケラもないものだった。


「そりゃ、ダメ元でメッセージを送ったけどさぁ……もう少し、返事の仕方というものが、あるんじゃ……?」


 そんな風にボヤいていると、続けて、ヒサシからの返信が届いた。


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 悪い!


 先週も世話になったとこだし、

 また、そっちに戻りたいけど、

 オレも無理だ


 ただ、確認したいことがある!

 通話していいか?


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 オタク趣味のわりに……と言っては語弊があるかもしれないけど、熱血漢な性格の友人に、「OK!」とスタンプを返信する。

 すると、なぜか、個別の通話ではなく、グループ通話での着信があった。


「二人とも、忙しいのに、返信ありがとう」


 僕が、最初に声を掛けると、友人たちはすぐに返事をする。


「気にするな! ちょうど、会社を出たとこだしな!」


「ボクも、庁舎を出たとこだけど……ヒサシ、なんで、ボクまで呼び出したの? 用件は、手短てみじかにしてよ」


「まあ、良いじゃないか、ユタカ……たぶん、おまえも気になることだと思うからさ!」


 ヒサシは、快活に応じながら、ユタカを説得しようとしている。


 「それでさ、ヒサシ、本題の確認したいことって、ナニ?」


 僕が、たずねると、陽キャラの友人は、「え〜と、なんて名前だったっけ?」と、ナニかを思い出すように言葉を探りながら、こうたずねてきた。


「コタロー、この前、おまえが話してたさんだっけ? 頼りになるって言ってた、おまえの前任者の女のヒト。たしか、ゴールデン・ウィークは予定があるからって、スルーされたんだよな? そのヒトは、誘ってみたのか?」


 唐突に、女性の名前を出されて驚いた。


(なっ……いきなり、ナニを言い出すんだ!?)

 

 内心で、かなり焦ったものの、なんとか平静を装って、ツッコミを入れておく。


さんじゃなくて、御子柴みこしばさん、な……」


「そうそう、そのさんだ! 週末の野球観戦は、そのヒトを誘ってみろよ?」


 まるで、8回裏の追加点のごとく、ダメ押しのように念を押すヒサシに対して、しばらく言葉を失っていると、「クックック……」と、笑いを噛み殺しながら、ユタカが、さらに追い打ちの言葉を掛けてくる。


「あ〜、たしかに、それがイイよ! ミコシバさんを誘えばイイじゃん! うまく行っても、うまく行かなくても、に報告しておくからさ」


 彼のいう、リノとは、大学時代に僕たちと同じゼミのメンバーだった歳内さいうちさんのことで、三回生のときに、ユタカと付き合いはじめ、卒業後は彼氏のユタカと同じく、上京して大手企業に勤めている僕の同窓生だ。

 交際は引き続き順調のようだから、数年後、僕は彼らの結婚披露宴に招待されるんだろうな、と勝手に予想している。

 

 大学卒業の半年前、で落ち込んでいた僕を励ましてくれたので、ユタカとリノちゃんの二人には感謝してるけれど……。

 異性関係のことで、細かなことまで注目されるのは、ゴメンだ。


「二人とも、気ぶりジジイか……!? 御子柴みこしばさんとは、そんなんじゃないよ……」


 そう返答すると、ヒサシとユタカは、同時にため息をつき、それぞれ好き勝手なことを言ってくる。


「コタローさぁ……江草えぐささんのときも、そんなこと言ってて、結局……」


「リアルで、僕が先に好きだったのにを繰り返すと、女性観をこじらせて、将来ロクなことにならないよ……」


 相変わらず言いたいことをストレートに言ってくる二人の言葉に、なにも言い返せないまま、


 「わかったよ……」


と、答えると、ヒサシが、穏やかな口調で諭すように語りかけてきた。


「ま、どうするかは、コタロー次第だ。おまえが、どう行動しようと、健闘を祈ってるぜ」


「あぁ……二人とも、急なムチャ振りの相談にのってくれて、ありがとう……また、連絡するよ」


 そう言って、僕は友人たちに感謝の気持をしめし、終話ボタンをタップする。


 ふぅ……と、一つため息をつき、あらためて、テレビ中継の方に目をむけると8回裏の阪神の攻撃が始まり、この回の先頭打者ヨハン・ミエセスが、レフト前ヒットで出塁した――――――。

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