三章 皇太孫殿下は皇帝の密命を帯びているようです。
第19話 皇帝の抱く疑念
夕刻、
蘇府の前で馬車を停め、わざわざ一旦そこから降り、紅月と向かい合う。
「今日はいろいろありがとう。――今度、また」
「……はい」
今度とは、いつだろう。朗輝は次に会う日の約束を具体的には口にしなかったし、だからちゃんと今度の機会があるかどうかなんて、ほんとうは、わからなかった。
それなのに、きっとそれはあるのだろう、と、そう思えるのが、紅月にはなんとも
馬車に乗り込んで去って行く相手を見送った後、紅月は門をくぐって
「ただいま戻りました、父上」
紅月は
「うん。――どうだ、茶でも」
なにか言い
もうすぐ
父は文人だ。
「父上のお茶は、久し振りです」
紅月は茶器を口許に運びつつ笑う。
「お前にやらせると、それが茶の道具かと思うものばかり引っ張り出してきて、それはそれで面白いからな」
くすん、と、英俊は肩を
紅月は父の言にはちいさく口許を笑ませるだけで答えず、そのまま豊潤な香りのする熱い茶をひとくち呑んだ。
娘の算術好きを心配してはいても、結局のところ、英俊はひとり娘に甘いのだ。なんやかやと言いつつも、紅月から
もちろん紅月の
けれども、今日、それがすこしだけ変わったのかもしれない――……朗輝は紅月の言に対し、すこしも
たとえば紅月が算術好きの変わり者だったとしても、そのことを知ったとしても、もしかしたら、朗輝ならば気にせずにいてくれるのかもしれない。
紅月は朗輝との遣り取りを思い出し、ふ、と、頬をゆるめた。
「殿下との時間は、楽しかったようだな」
英俊は自分の分の茶を手ずから用意すると、茶器に口をつけ、そんなことを言った。
「そ、そんなわけでは……」
紅月は恥ずかしさから否定したものの、よくよくうかがい見ると、言葉とはうらはらに、英俊はどこか重い表情をしている。
「父上……?」
紅月が
「今日、な……お前が留守の間に、私は陛下に呼ばれて、皇宮へ参上していた」
英俊が言い出したのは、紅月には思いも寄らない、そんなことだった。
紅月は視線を上げ、英俊を見る。こちらの眼差しを受けとめてから、溜め息を
「その時におうかがいしたのだが、陛下はどうも、
「
紅月は
そう、ちょうど馬車の中でも、朗輝とそんな話題になったのだ。もしかすると、あれはまったき偶然というのでもなかったのだろうか。そもそも朗輝が江棟から皇都へと運ばれる租賦について調べているのだとしたら、あの会話の流れはそもそも予定通りのものだったのかもしれない。
「殿下が今日、
「ええ、はい……たしかに租賦を運ぶ船を気にしておられました」
紅月が言うと、うむ、と、英俊は
「父上?」
「いや……どうやら
そこまでひと息に言うと、英俊はまたそこで長嘆息を漏らした。
高家嫡男といえば、紅月の
英俊は彼らが調査の一対象だという慎重な言い方しかしなかったけれども、もしかすると、その高家こそが不正の中心として疑われているということなのではないのだろうか。
だが、そのことをを、いまどういう繋がりで父は紅月との会話の中の話題に上らせているのだろう。
「それが……なにかございましたか?」
紅月が英俊の意図を読みかねて訊ねると、父は真っ直ぐにこちらに視線を向けた。
「蘇家と高家とは、お前と圭嘉どのとの破談のことがあるまで、それなりに懇意だった。いまは交際を断って久しいが、そうはいっても、表立って不仲を見せているわけでもない。あからさまにそんなことをすれば、お前の評判にも関わるだろうし……だが、それで、
「っ、まさか……!」
紅月は驚きに声をあげた。
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