第1話 - 2
じっと勝志のことを見ていたら、ふいに顔を上げた勝志と目が合う。
勝志は恥ずかしそうにすぐに目をそらして視線を前に戻してしまった。
そんな慌てて目をそらさなくても・・・。一応、小学校以来の付き合いなんだけどな。
するとこのタイミングで、外から女子の話声が聞こえてきた。少しするとそれぞれの楽器が入ったケースを担いだ女子たちが音楽室に入ってきた。
「あれー。勝志と修一じゃん。早いねー」
「勝志くんもう練習なんて偉いねぇ。からかってるとかじゃなくてよ、そのやる気には勝てないわーって話よぉ」
ぞろぞろと入ってきた彼女らは、部員の仲間だ。
騒がしいが、悪い人たちではない。
「修一くーん、もしかして、もう次の課題曲とか決めてたりする?」
そのうちの一人が俺に話しかけてきた。彼女は大島部長。強引に俺を部に入れた張本人だったりする。
俺は部長に向かって返事をする。
「えーっと、今考えているのがあって―――」
俺は、自分で調べてピックアップしたいくつかの曲目を説明する。
「―――で、この低いほうのパートは何とか俺が編曲するので行けるんじゃないかと。だいたいこの2つかのどれかにしようかなって考えてます」
「おーいいねー!ちょっとまいちゃーん、わたし難しいことわかんないから相談してー」
さすがに7人、いや俺を除いて6人しかいないと選択肢が狭まってくる。それぞれが好きな楽器をやってるっていうのもあるし。
最近はバラバラの練習で妥協してたから、俺としては、次回は全員で合奏ができるようにしたいというのがある。なので何とか時間を見つけて編曲作業を進めていたのだ。
編曲には音楽理論が必要で、これは決して頭の良くない俺にとっては難解だ。さらに、音楽理論の理解には、ある程度自分で演奏することが必須なので、簡単なピアノの練習もしている。それでもこの勉強は、絶対的に足りないセンスを求められるガチな演奏と違って、時間をかければ進むから俺にとっては何とかなる類なのだ。
そういうわけで、この部において、才能の無い俺の役割は編曲とか地味な役割だ。これで少しでも部の活動がより良いものになれば本望だと思っている。
「うーん、修一ってすごいね。みんなのためにそんなに頑張れるんだから」
「俺は、俺のできることをなんとか見つけてやってるだけです」
「お!惚れるわねー、まいちゃん」
「ねー」
部長が隣にいるもう一人の女子に振ると、彼女もそれに答える。
く、俺も男なんだぞ。気がないのに惚れるとか言うな。
「じゃーそろそろ合奏練習しよっか!」
部長は何事もなかったかのように号令をかける。
ほら、この本当に何もないっていう虚無感。所詮俺は恋愛対象外ですよ。
閑話休題。
俺は別にかっこいいことをしているわけではない。きちんとした判断に基づいた、合理的な行動をしているだけだ。
まずそもそも人によって出来ることと出来ないことが違うっていう前提がある。才能は常に不平等に与えられ、それを覆すことはできない。だが、ここで妬みとかそういう気持ちを働かせるのは愚か者のやることだ。社会に才能のある人は限られているのだから、俺のような才能のない人間は、才能のある人がその才能を最大限伸ばせるように尽力するのが正しい選択なのだ。
もちろん、これは俺の価値観であって、それを他人に押し付けたりはしないつもりだ。
だが・・・自分の才能の無さや、頭の悪さを憎むことは往々にしてある。才能を開花させて多くの人の称賛を得る人物に、嫉妬することもある。理性では愚かな感情だとわかっていても、自分の本能から出る感情を無いものとすることはできない。時には、自分より優れたものを目に入れたくないがために、すべてを投げ出して自分の中に閉じこもってしまいたいとすら思うことがある。
だがそれは非合理的だ。だから俺は、自分の感情を努めて無視する。例えそれが俺の心を蝕んでも。
俺がそうありたいと望むからだ。
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