第2話

「あんた、見ない顔だ、ニャ前は?」

集中すると人の言葉だと認識する

「聞こえてる…ニャ…名前は?」

「名前?トッ、トラフォードォ」

「トッラフォードォ~?」

「トラフォード。」

声をかけてきた者は自分の肩ほどの背丈だ

白と黒の頭髪、そして耳は三角に尖っている

ところどころ、短い毛が生えている

かすかに小鼻が動く、顔や体には鱗も羽毛もなく、手にも足にも鋭い爪はない

ん、手の親指だけ鉤爪だ

よく見ると足の間から黒く細長いものが規則正しく揺れている

しかし、返事が滞ったのは、自分の名前を久しぶりに喋ったからではない

その者の胸部にある膨らみのせいだった

右上にひとつ、左上にひとつ、そして、同じようなものがその下の位置にもある

そう、胸の中心から右上左上左下右下、4つの膨らみが存在した!

「あんたはぁ、鳥の獣人なんだ…。頭に羽根、あしにうろこ、その爪は凶器だニャ。…その様子じゃ、猫の獣人を見るのは初めてか…?…ニャ。」

しばらく考えて肯定の言葉を発する

「…そうだ。父以外の人を見るのも初めてだ。」

革の胸当てからようやく視線をはずすことに成功し、猫獣人の縦に伸びた瞳孔を見つめる

「ニャッ、女を見るのが初めて?」

女という猫人は置いてある樽から柄杓で何かをすくうと、喉に流し込んで言った

軟粘涅スライムはあっち…。排泄するときはそこ以外、林のはずれにいくつかある…もっと下ったところにある。天幕は向こうに張る場所があるニ…。」

軟粘涅スライム、そう、飲み物はそういう名前だ

父が言っていた色の薄いやつを飲めと

そう、この女、猫の獣人、父とは違うしっぽ、父はもっと太く短かったような

考えを遮るように女は続ける

「ここへは何しに来たのかニャ?目的は?」

卑小鬼ゴブリンを…。」

「狩りに来たんだ…。あっちのそのまた向こうに洞窟がある…ニャ。」

「感謝する。」

言葉使いが変な女猫人にそう言い、雪舟を引いてあっちと言われた方に向かう

後ろから声がする

「ちょっと待つニャ、あの道、虫は大丈夫だった…かニャ。」

「なんのことだ。虫、寄生虫か?」

なぜそんなことを気にするのだろう

「ここまで道を歩いてきたニャ?危ないことはなかったニャ?」

「歩きやすくて助かった、雪舟も引きやすかった。」

「ああっ、ん、問題ないならいいニャ、邪魔したニャ。」

会話を打ち切るように言い放つ

4つの凸は見えなくなり、黒く細長いものが揺れてゆくのを見送る

ちょっと歩くとそこは多くの軟粘涅スライムがいた

色も薄い、上物だ

3匹を立て続けに喉から流し込んで一息つくと生えていない草に気づいた

誰かが草を置いているのか

それを本能的に口に入れようとして考えなおす

いや違う

軟粘涅スライムの食べ物か。」

ここは天国なのか

軟粘涅スライムにすら食べものが与えられている

旅の道すがらを思い出して、安易な結論に至る

航空眼鏡を外す

砂埃も少なさそうだ

水分の取りすぎだろうか目から汁が漏れている

少し感涙した

水分を失ったが、さっそく排尿の気分がやって来た

少し歩くとちょっと開けたところにでる

樽がいくつも並んでいる

樽は、ちょっとだけ見たことがある

「使い方は分かるかい?」

横から声がする

「分りません。ここに来たのは初めてです。」

「私はモイシュだ。」

そう名乗った男は顔の中央は白い縦縞で、両目部分は黒い縦縞の小さい耳をしていた

「トラフォードです。」

「よろしく頼む。使い方だが、あのあたりにした後、土ごと樽に入れる。それだけだ。」

「…それだと土が無くなったり、樽がいっぱいになりますね。その辺はどう処理して…。」

「君は物分かりが良いな。交代して土を持って来たり、処理している連中がいる。便利だろう。」

「驚きました。」

「分らないことがあったら、共同体ギルドの誰かに聞いてみるといい。それではまた。」

樽に片づけた後、洞窟を探す

途中に天幕と呼ばれたものがいくつもある

人がいたり、居なかったり

大きい天幕、小さい天幕

やがてすれ違う人族が増えてきたところで大きな穴が見えてきた

雪舟に座って、どれくらい観察しただろうか

ある者は全身が短い毛で覆われている、またある者は鱗が各部に張り付いている

長い毛のふさふさした尻尾をもったものから、申し訳程度に小さなものを生やしたものまで

色も様々だ

身に着けている防具も様々であり、靴から脛当て、腰、胴部、胸部、肩当て肘や膝を保護した防具、それも木製や皮革、金属やら材質の判らぬものまで

兜や保護面、航空眼鏡もある

そして、手に持つ武器は初めて見るものが多く、はっきりと分かるのは木製のこん棒と長い剣だけであった

多くの者が獲物を持ち帰っており、ほとんどが緑色の卑小鬼ゴブリンだったが、様々な色の見たことのない何かがいくつかあった

大きい獲物を引きずるものもいれば、雪舟に載せている者もいる

大口をあけて観ていたが、ついにそれが目の前を通り過ぎるときに立ち上がってついに叫んでしまった

「ちょっ、ちょっと待ってくれ、それはなんだ?」

「んっ。豚鬼オークを知らんか、…お前、トリ族か。」

肩幅が広く、同じぐらい前方にも腹が目立つ男が答えた

豚鬼オーク、その丸いものが動いている雪舟は、豚鬼オークか?」

平たい木の板が並べられ丸い車輪がついている。

その上に巨大な、卑小鬼ゴブリンとは比較ならない大きい獲物

それを曳いている薄茶色の毛をした大柄な男

もう一度それを見てから、笑顔で言葉を続ける

「荷車だよ。いいだろう?豚鬼オークは上に寝てるやつだ。詳しいことは共同体ギルドに聞きな。じゃあな。」

山に太陽が隠れるまえに寝床を確保しなければ

荷車、豚鬼オーク、数えきれない人、人、人、驚愕することばかりで頭が働かない

よく覚えていない

気づいた時には、周りの天幕から少し離れた場所で雪舟に腰掛け、干し肉を齧っていた

足音が向かってくる

近くなった、この匂いは判るぞ

「トラフォード。」

小刀程の刃物が先端に付いた、木の棒をもった女猫がいた

「イドゥナ、知り合いか?」

後ろに女猫の上から覗く人がいる

「今日来たやつ。えっと、鳥の人だニャ。」

黄色と黒の縞模様に染められた耳と頭髪が警戒心を呼び起こす

「見ればわかる。今日、そうなのか?聞いてないぞ。」

低い声でしゃべる今のそいつは瞳孔がかなり真円に近づいている

「槍を向けると危ないニャ、キングストン。」

「おお、すまん、悪かったな。」

そいつは槍と呼ばれるものを引いて後ろに下がる

「あたいは共同体ギルドで警備を担当中で、今は見回り中だニャ。」

すでに興味を失っただろう男は去ろうとする

尻尾も黄色と黒だやっと思い出した質問を投げかける

共同体ギルドって何だ?」

「「えっ!」」

二人は驚き、顔を見合わせる

「そうニャ、そういうことニャ。」

「しっかりしろイドゥナ、たるんでるぞ。」

「ごめんニャー。」

変な返事を返したイドゥナ

キングストンが説明する

「ここはボンボネーラだ。もうわかっていると思うが洞穴迷宮ダンジョン《ダンジョン》がある。」

洞穴迷宮ダンジョンからは怪物が湧いて出てくるニャ。」

イドゥナが補足する

「知っている。」

「ここには大勢の人がいて、狩りをして、食い物を得ている。で、様々な事柄や決まりを全員で実行する必要がある天幕、軟粘涅スライムの狩場、排泄、食事、等の場所そんな事とかだ。それをやっているのが共同体ギルドだ。」

「道も作ったんだニャ。トラフォードが来た道ニャ。」

イドゥナが口をはさむ

「明日、だれかに説明してもらおう。俺たちは仕事明けで休みだから話してやる。」

今度こそ返事も聞かず2人は去っていった

洞穴迷宮ダンジョン、そして共同体ギルドか。」

驚愕すべきことがまた追加され、考えながら干し肉を齧る

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