第13話 幕間 月宮透の憂鬱

 その日、ダンジョン協会幹部候補であり、S級探索者シルバー専属の月宮透は顔面蒼白になりながら出社した。


「(胃が痛い……)」


 胃薬は一瓶準備してきた。もはや、彼にとって、ポケットにあるこの薬が唯一の命綱だ。

 

 トホトホと本部の中を歩く。


 なぜ、月宮がこれほどまで死にかけているのか。

 理由はもちろん、ただ一つ――――


「(シルバー君ェ……)」


 ――――専属であるS級探索者シルバーの初配信。


 強烈で鮮烈だった。

 

 月宮自身、ダンジョン配信は見た事がある。凶悪なモンスターと戦う勇敢な探索者達。

 凄いと思った。自分が担当してきた探索者達は、これほどの偉業を成し遂げてきたのだな、と。

 探索者達への尊敬と、自分達が探索者を支えなければというプライドの様なものが湧いてきた。


 だが、シルバーの配信は違った。

 これまで、月宮が強大な敵だと思っていたモンスターを赤子をひねるように殲滅し、世界が見た事もない巨大なモンスターを打ち負かす。


「(アレは次元が違った)」


 今まで自分が接してきた青年に、あれほどの強さが備わっているなんて知らなかった。S級なのだから相当の力を持っている事は予想していたが、あそこまでとは思わなかった。

 

 S級の力を見た結果、シルバーを恐怖するなんて事はない。なにせ、月宮からすれば探索者は皆、等しく化け物レベルなのだから。


 そんな相手に文句を言える立場ではないのは、分かっている。でも、一言だけ言わせてほしかった。


「(なぜ配信してしまったんだ……ッ)」


 あの初配信の後、ダンジョン協会は蜂の巣でも突いたかのような騒ぎになった。

 その原因はシルバーの配信を見た一般人からの問い合わせだ。


『S級は全員あのレベルなのか』

『あんな危険な場所に探索者を送り込んでいるのか』

『モンスターよりもバケモノしてる人間をどうにかしろ』

『探索者を捕まえて管理した方がいいのではないか』


 問い合わせは多種多様、しかし、全てがS級探索者に関する事であった。


 迅速な対応が求められた。おそらく、ダンジョン災害以外でここまで忙しかった一日は、これまでも、これからも来ないだろう。


 月宮は思う。

 元はと言えば自分がシルバーの配信を後押ししたせいなのではないかと。


 だが言い訳させて欲しかった。

 シルバーがイレギュラーだらけの未攻略ダンジョン攻略配信をするなんて想像できなかったのだ。

 確かにシルバーのトラブル体質はダン協内では有名だ。だが、いくらなんでもイレギュラーに愛され過ぎているだろう。

 

 あの配信で起きたイレギュラー達は、一つだけでも探索者が命を落としかねないものであった。

 

 階層を無視したモンスターのスポーン。

 ギミックボスの出現。

 オーバーホールワームの胃袋。

 固有魔法を模倣するドッペルゲンガー。


「(どれもこれも致命的なイレギュラーすぎるッ)」


 そんなイレギュラーを前に、シルバーは笑みを浮かべながら攻略していった。的確に対処していった。ギミックボスは初めから分かっていたかのように剣を振るい、オーバーホールワームに飲み込まれた時は笑い声すら上げていた。

 協会内のシルバー未来視派閥が盛り上がっていたのは秘密だ。

 


 だがまあ、配信の全てが悪い訳ではなかった。


 シルバーの配信により、今まで不透明であり、最強だとしか分からなかったS級についてのボーダーが見えた。その最強存在の証明が出来た。

 今まで広く認知されてなかったギミックボスへの理解が深まった。

 ダンジョンのイレギュラーに関する対応方法が分かった。


 なにより、探索者への興味関心が高まった。これからのダンジョン協会の動き次第で探索者人口の増加が見込まれるだろう。


 これらの事は、シルバー配信によりもたらされたモノだ。


 やはり、と月宮は再確認する。シルバーが動く時、ナニカが起こる。しかし、その行動により天秤は善に傾くのだ。


「(そうだ、彼が動いて状況が悪化した事は無いッ)」


 シルバーは探索者になってから数々のトラブルに首を突っ込んで来たが、それによって状況が悪い方に進む事はなかった。この前のイレギュラーフィールドボス討伐も死者ゼロだった。

 

 ただ、今回は少しだけまずかったのだ。影響力が違いすぎた。


 今もシルバーの初配信は拡散され続けている。良い反応ばかりじゃ無い。悪い面も目立っている。いや、元々SNSというものは悪い事の方が際立つのだ。


 現に、月宮はこれから会議にかけられる。シルバーの配信についての会議だ。

 ダンジョン協会本部のお偉いさん方が集まっているらしい。


 色々と考えている間に会議室に着いた。扉を開く前に、彼は胃薬を飲んだ。





 


 

 ――会議が終わった。シルバーの配信についての小言は無く、なんなら褒められた。シルバーに良くやったと言ってくれとのこと。


 月宮は頭の中にハテナマークを浮かべながら会議室を後にした。


「(なんでだ???)」


 ――その会議があった翌日には、探索者に関する苦情やヘイトはパタリと無くなっていた。










 


 



 ***


 月宮透が部屋を出て行った後、会議室は奇妙な沈黙で満たされていた。


『いやぁ新しい子はすごいねぇ』


 声がした。

 会議室で机を囲む面々は口を開いてないのに、老若男女いずれにもとれる声が響く。自然と平伏してしまいそうな、全てを包み込むような声。


『さて、この国の中の事はわたしに任せてくれ。君達は通常通りに頼むよ』


 室内の人々が頭を下げる。ここに居るのはダンジョン協会を取り仕切る幹部達。みな、にっこりとした笑顔を崩さず、誰一人として口を開かない。


『嬉しいなぁ。君は、新たな神話の英雄になれるのかな』


 空間に響く声は楽しげだ。


『斉天の名の下に、わたしは君を、君達を見守り続けようじゃないか』


 ――だから、と声は続ける。


『期待しているよ、天岸 銀シルバー君?』


 

 

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