第11話 深層試練ボス攻略配信②

●REC――――渋谷未攻略ダンジョン40階層


『パリンッ』『パリンッ』『パリンッ』『パリンッ』『パリンッ』『パリンッ』『パリンッ』『パリンッ』『パリンッ』


 アイギスのストックが豪速で減っていっている。一つのストックを貯めるのに、モンスターの魔石がどれだけ必要だと思ってるんだ。


 熱い。暑いのではなく熱い。油で揚げられてる唐揚げの気分だ。身を焦がす不滅の炎。これでアイギスの防護が働いていると言うのだから笑えない。本来の熱さはどれ程なのか。


 まさか、深層でこんな危機に陥るとは思わなかった。


 シトリンが俺の方に走ってきているが、あのスピードでは間に合わないだろう。間に合ったとしてもこの領域『灼天領域』から逃げられない。

 それは、俺が一番分かってる。


 今すぐに対処しなければ火だるまになって死ぬ。


 俺は右手を伸ばし、指を鳴らした。


 息を吸う。喉を、熱い空気が蹂躙する。


「【領域、魔法】」


 俺の固有魔法には弱点がある。それは、複数の領域を発動できない事。

 領域の範囲指定がうまくいかないのだ。領域効果が混じり合い、不発となってしまう。


 ボスの使ってる魔法が俺と同じものならば、この領域は俺の魔法でも打ち消せる。

 本来弱点と呼ぶべきものが、今だけは利点となった。


「ハァハァ」


「マスターッご無事ですかッ!?」


 シトリンが慌てて駆け寄ってくる。新鮮だ。彼女がこうも取り乱す事は滅多にない。いや、今日は割と感情を表に出していた気もする。


「問題無いよ。まさか、自分が倒してきたモンスターの気分を味わう事になるとはね」


「申し訳ありません。私がすぐに始末していれば……」


「そんなすぐに倒せるほど、甘く無いよ――」


 魔法を発動せず、今もこちらを眺めている深層試練ボスを見据える。

 黒髪黒目。イケメンとまでは言えないが、優男といった風貌だ。コートを羽織り、こちらを薄く笑いながら眺めている。

 その姿はまさに――――


「――この僕はね」


▼コメント

:シルバー!?

:S級さんが深層のボスだった件について

:ドッペルゲンガー系のモンスターだ。マズイぞ

:S級探索者VS、S級モンスター

:今、魔法使ってたよね??ほら、指パッチンしてたし


 ドッペルゲンガー系モンスターは、どこまで本人を再現できるかによって討伐難度が上下する。


「固有魔法すら模倣するのか。魔法を使えるモンスター、奈落でも見た事ないな」


 まあ、俺は攻略済みダンジョンの奈落しか知らないから、未攻略ダンジョンだと魔法がデフォルト装備のモンスターが蔓延はびこってる可能性がある訳だが。そんなわけないか。ヤバすぎるもんね。

 あと、遺物は再現出来てないっぽい。でも、固有魔法持ちというだけで化け物だ。


▼コメント

:倒せる?

:S級さんなら何が来ても大丈夫だと思ってたけど……相手もS級さんだし

:でもこっちにはシトリンさんも居るぞ

:数では勝ってる


「まさか、深層ボス攻略配信が、S級探索者の倒し方解説配信になるとはね」


 これは面白いぞ。俺の俺による俺を倒す為の攻略配信。話題になる事間違いなしだ。


「ちょっと見てくるよ。シトリンは待機」


「……かしこまりました」


 記念すべき初配信を終える最後の敵に相応しいか、確かめようか。


 ニセモノの俺に近づく。相手は指パッチンをしながら、俺に向けて魔法を発動しようとしてるが、俺も指パッチンでそれを阻害する。


 パチンパチンと配信にはシュールな絵面が流れてる事だろう。


 そして俺とニセモノは相対した。


 どちらも素手。魔法は効かない。ではこれから始まるのは――――喧嘩ステゴロだ。


 俺は右腕を振り上げ、同じく左腕を振り上げているニセモノに、スキルブッパで殴りかかった――――。




 ***


 マスターは神である。マスターがこの世の全てであり、マスターさえ居れば彼女――機械人形シトリンは永久に生き続けられる。


 シトリンにとって、今日のダンジョン探索は最高でもあり最悪でもあった。


 マスターを何度も危険に晒してしまった。マスターの姿を騙る不届者を始末できなかった。

 何より――マスターを配信などというモノに取られてしまった。これが最近流行りのねとられ? というヤツなのだろうかと疑問に思う。


 今もニセモノのマスターと、笑いながら殴り合っている本物のマスターを眺める。

 彼女の視界に映る、コメント欄というヤツはその戦いを見て一喜一憂しているようだ。


「(マスターが負ける事などあり得ないのに)」


 この配信というヤツは最悪でもあり、最高でもあった。

 配信のおかげでいつもは口数少ないマスターと、今日はたくさんお話しできた。

 配信のおかげでマスターに抱きつく隙ができた。

 配信のおかげで、今日はいっぱい名前を呼ばれた。


 マスターの【ポーカーフェイス】スキルがなければ、とても危険であった。

 シトリンは再確認する。やはり、マスターは最強なのだ、と。


 マスターと二人きりのダンジョン攻略も楽しくはあったが、配信をしている時のマスターの方が生き生きとしていた。


 マスターは神だ。シトリンが一人で独占して良い存在じゃ無いのも分かってる。もっと、広い世界に羽ばたいていくお方なのだ。

 それでも、マスターの興味がシトリンかられるとなると、少しだけ寂しく感じてしまう。


 シトリンは自律型遺物という希少な遺物の中でも、更に特殊な存在だ。彼女にはマスターの感情が、考えている事が手に取るように分かる。つまり、マスターと一心同体。ズブズブの関係なのだ。


 マスターはいつも頭の中でどうすれば良い格好を視聴者に見せられるのか、どうすればバズるのか考えているが、そんな訳がない。

 シトリンという遺物にすら、マスターの本心は隠されている。マスターはとても凄いのだ。


「シトリン、やっぱり二人でやろうッ!」


 マスターが呼んでいる。

 頭の中では『ニセモノの俺が思ったより強くて倒せない』とか考えているが、そんな訳がない。ニセモノくらいデコピンで倒せてしまうのだ。

 おそらく、シトリンに活躍の機会を与えてくれたのだろう。

 ならば、全力で応えなければならない。


「かしこまりました」


 彼女は、身に付けている衣服型遺物【冥土礼装メイドオクリ】を、マスターの腕輪型遺物【異次元収容腕輪インベンクス】と遠隔接続した。

 

 ――そして、大量の遺物を構え、神敵の排除へと向かった。


 ***


「(俺、思ってた以上に強い件についてッ!)」


 配信映えを意識して素手で挑んだら普通に負けそうなんだが!? なんでだよ、なんで俺よりスキルの扱いが上手いの?? なんで俺の知らない俺の保有するスキルを使うの??


 ヤバい、視聴者は俺が勝つと安心しきってるはずだ。ここで負けたら『S級探索者、ニセモノに敗北する』みたいな切り抜きやショート動画がSNSを出回るんだ! なんなら俺の方がニセモノ扱いされるかもしれない!! S級(笑)爆誕ッみたいなッ!!


 遺物を使うか? でもソレをやったら素手の戦いを期待している視聴者達に顔向けできないッ。

 考えた結果、俺は強力な助っ人を呼んだ。


「シトリン、やっぱり二人でやろうッ!」


 そしたら、シトリンが大量の遺物を持って突っ込んできた。なんでぇ???


 俺の知らない俺のスキルを使うニセモノと、俺の知らない俺のスキル&遺物を使うシトリン。どちらが強いかは言うまでも無い。


 俺は外野で指パッチンをしながら領域魔法を打ち消す係になった。というか、シトリンに領域魔法は効かないんだから、俺要らないくね?? 草。


「いやぁ、僕、強くない??」

 

▼コメント

:強い(確信)

:互角の戦いだった

:最初から遺物使ってれば瞬殺だったくない?


「相手は素手なんだから、やっぱり僕も素手で挑んでみたくない? 僕と同じレベルのドッペルゲンガー系モンスターってとってもレアなんだよ」


▼コメント

:それはそう

:S級はモンスターにすら慈悲を見せる……

:漢のタイマンだったな


「あ、やられちゃったね僕」


 シトリンつえええええ。まあシトリンって固有魔法が無い事を除けば完全上位互換の俺だからね。そら強い。それにシトリンは対俺特化型だから、ニセモノが負けるのも当然か。


「ただいま戻りました。こちらが回収した遺物と魔石です」


「ん、せんきゅー。という事で、S級探索者を倒す時は、遺物でゴリ押しましょう。参考になったかな〜?」


 今日手に入れた遺物は今度、知り合いに鑑定してもらおうか。遺物鑑定系の遺物でもあれば便利だけど、従魔系のと同じかそれ以上にレアだからなぁ。ま、ダンジョン配信続けてればいつかでるっしょ。


「じゃ、これで初配信終わりまーす」


▼コメント

:待て待て待て待て

:後ろのソレは!?

:S級さんが倒された瞬間出来たということは

:階段

:奈落か?何年振りだ?


「あー、見えてるか」


 仕方なく、後ろを振り返る。深層のボスを攻略してスパッと配信終了したかったんだけど……来ちまったか。


「41層以降……未攻略S級ダンジョンの完成か」


 めんどくさいなぁ。


▼コメント

:奈落も攻略しませんか??

:イケる!

:奈落奈落奈落奈落奈落

:無理言うな

:未攻略ダンジョンの奈落の攻略はダン協からの許可がいるはず


「そうなんだよね。この渋谷ダンジョン調査依頼も深層までなんだよ。奈落を発見したら速やかに帰還しろって言われててさ」


 というか、俺は攻略済みダンジョンの奈落しか経験した事がない。俺の奈落知識は全て攻略済みダンジョンからのモノだ。

 未攻略ダンジョンの奈落は初体験。ただ、S級の先輩達の話によると、深層なんかより何百倍も危険な世界らしい。それこそ、俺ですら簡単に死にかけるような。

 軽々しく行くには無理。もし放送事故でも起きたらどうするんだ。

 

▼コメント

:えー

:仕方ない

:奈落見たい


「じゃ、今度こそ、長時間配信付き合ってくれてありがとね。これで配信終わります。では、新人S級探索者シルバーと」


 俺の後ろで佇んでるシトリンを引っ張る。


「マスター専属お世話メイド、シトリンでした」


「ハハッ、バイバイ」


▼コメント

:乙

:凄かったわ

:S級ってやっぱりS級なんだなぁ

:乙シルバー

:S級さんお疲れっした

:奈落級ダンジョン誕生か〜

:お疲れ様

:シトリンさんが美しすぎる

:私もメイドになりたい

:これが初配信なんだぜ?

:やばたにえん

:最高だった!!!


▶︎同時接続者数251,472


 最終視聴者数は二十五万人越え。配信を切ったあと、俺は気絶した。嬉しすぎて。




 ***


「お疲れ様でした」


「ん、今日はありがとねシトリン」


 渋谷ダンジョンからの帰り道。シトリンと二人で歩く。外はもう真っ暗闇になっていた。配信始めた時は午前中だったのにな。


 あと、シトリンと話し合った結果、これからはシトリンを出しっぱなしにする事になった。

 まあ遺物を携帯してはいけないなんて法律はないので大丈夫だろう。その時のシトリンの剣幕が恐ろしかったから許したわけではない。断じてない。


「これからもダンジョン配信は続けますか?」


「もちろんね。初めての配信だったけど、面白かったし楽しかったからさ。これで辞めるなんてもったいな――――どうしたの?」


 シトリンが俺の腕を取って組んできた。


「……なんでもございません」


 なんでも無いなら離して……いやなんでも無いです。離そうとしたら凄い顔でこちらを見てきた。捨てられた子犬が襲いかかる寸前みたいな顔だ。自分でも何言ってるかよく分からないけど。


 まあ、たまにはいいか。シトリンには世話になっているし、これからも世話になる予定だ。


 二人きりの帰り道。俺は思った事が三つあった。


 一つはこの状況を写真に撮られたら燃えないかなという事。


 一つはシトリンって遺物なのに良い匂いがするんだなという事。


 一つは――――


「――――これからもダンジョン配信が続けられればいいな」


「何か言いましたか?」


「ハハッ、なんでも無いよ」


 ――――願わくば、俺の承認欲求が満たされるまで、配信活動が続けられれば良いなって事だ。

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