第10話 入学試験、そして襲撃
「これより、マナトム魔法学園、第十九期生の入学試験を行う!」
マナトムに来てから一週間後、俺とセレンは入学試験の会場に来ていた。
グレイさんの推薦状のおかげで、試験に参加しなくても入学はできるらしいが、せっかくなので特待生の枠を狙いたい。
会場は学園の敷地内、周囲には大体三百人くらいだろうか? 保護者もいるし、参加希望の生徒だけならもっと少ないのかもしれない。
「ではこれから適正と血の色で受ける試験を分けます。既に分かっているものはそれぞれの列へ、知らない者は測定器の列へ並びなさい」
試験を仕切っているのは五人の大人、それぞれが同じ型で違う色の服と帽子を身につけており、男女も年齢もバラバラだ。
服の色は赤、青、黄色、緑、白の五色で、黒はない。あれ? セレンが俺の色は黒って言ってたような……俺はどこに行けばいいんだろう?
「んじゃエスト、頑張れよ、アタシもご飯特性目指して頑張ってくるからな」
セレンはそう言って青の列へと歩いていく、青服の大人は背の高い女性だ。そんなことより、なんだご飯特性って、ご飯と特待生が混じったのか?
一人取り残されてしまったが、こうしている間にもどんどん周りの人は列へと歩いていく。
「もしかして君も血を知らないの?」
とりあえず測定器の列に並ぶと、ちょうど一つ後ろに並んだ男の子が声をかけてきた。
「僕はスティール、君は?」
男の子はそう名乗った。身長は俺と同じくらい、クセのある金髪で、いかにも人懐っこそうな顔をしている。
突然声をかけられて少し驚いたが、なんだか邪険にもしにくい、俺は振り向いて名乗る。
「俺はエスト、魔法についてはほとんど何にも分からない、だから勉強しに来たんだ」
俺の返事に、スティールは目を丸くして驚いた。
「えっと……てことは魔法使えないの? 今から魔法の試験だよ?」
「えっ、そうなの?」
うん、と返事をして、スティールは簡単な説明を始めた。
「そもそもここって『魔法の才能がある人を一流の魔法使いに育てあげる』学園だよ? みんな魔法は使えて当たり前、今から才能で選別するんだ」
なるほど、一から教えてくれるのかと思ったらそうじゃないのか……。
「ここを卒業した人の中には、勇者のパーティに選ばれた人とか、有名な冒険者のパーティに選ばれた人がたくさんいる。だからみんな一流を目指して頑張るんだ」
「へぇ、そうなんだ。でも、この列にもたくさん人がいるし、君だってそうだろ? 魔法が使えるのに、なんで自分のことを知らないの?」
列はゆっくりと進んでいく、どうやら最初に並んだ人たちはもう測定が始まったみたいだ。
俺の質問に、スティールはちっちっちと指を振る、なんかちょっとキザなんだよな、こいつ。
「言ったでしょ? 才能を見るって。魔法って向き不向きがあるから、使える魔法が向いてる魔法とは限らないんだ」
なるほど、そういえばセレンが言ってたな。俺は水の適正だから火の魔法は使えない、みたいな話か。
ふむふむと頷く俺に気を良くしたのか、スティールはさらに続ける。
「それに、血と適正っていい組み合わせと悪い組み合わせがあって、いい組み合わせはそれだけで大きな才能らしいんだ。血と適正は変えられないからね」
俺の血は黒で、適正は水魔法らしい。というかもう水魔法しか使えないけど、これっていい組み合わせだったのかな? ちょっと気になる。
「なるほど、ここに来てるのは『才能に自信があるやつ』と『自分の才能を知りたいやつ』ってことか」
スティールは指をパチンと鳴らし、そういうこと! と俺を指さした。
「測定器なんて普通の村にはないからね、自分の血と適性を知ってる人ってそんなに多くないよ」
スティールは俺の肩越しに、前に並んでいる人たちを見る。俺もつられて振り返った。計測を待つ子供はみんな、期待に胸を膨らませ、目をキラキラと輝かせている。
「夢をみてるのさ『もしかしたら自分には隠れた才能があるのかも!』ってね。一流の魔法使いになれば何もかも変わる、みんなそう信じてんだ」
どこか達観した目でスティールは前を見ている。そんなこと言っても、君だって同じ考えなんだろ? なんて、口が裂けても言えなかった。
数分後、ついに俺の番がまわってきた。促されるままに仕切りの奥へと進む。
「じゃあ簡単に今の君を教えてくれるかな? 何が使えて、どこまで自分を知ってるのか」
部屋の中にいたのは三人の大人の男性、見る限り結構年上だな、父よりも上か同じくらいだ。
「名前はエストです、使える魔法は水魔法だけ、血の色は……分かりません」
体質のことも言おうか悩んだが、それで入学取り消しになんてなったら大変だ。どうせ入った後も隠すことになるし、言わなくてもいいだろう。
「なるほど、水だけねぇ……」
「まぁ適性を見ないことには、ね? 知らない魔法だってたくさんあるでしょうし」
「そうそう、我々は原石を見つけるのが仕事ですから」
右に座っている一番年上の人は、水だけと聞いた瞬間露骨にがっかりした様子だ。中央の人がそれを宥め、左の人はあまり気にしていない風だった。
左の人が持っているペンで机の前の燭台を差す、燭台は不思議な形状をしていた。台座のすぐ上に透明な石が嵌め込まれ、そこから五本の燭台が枝のように伸びている。
「魔力の込め方は分かるかな? そこの燭台の石を握って、魔力を込めるだけだ。水、火、風、雷、回復の五つに対応した蝋燭に火が灯る。中央の石の色が血の色、火の強さが適正の大きさだ」
「まぁ気負わずやってみてくれよ、去年の主席のライムくんだったかな? 彼はここの天井を焦がしたそうだ、ほら」
中央の人が天井を指差す、確かに燭台の真上の天井がわずかに黒くなっていた。兄さんはやっぱりすごかったんだな……。
「見上げるのは結構だがさっさとしてくれないかね? 後がつかえているんだ」
相変わらず右の席の人は態度が冷たい。なぜか無性にあっと言わせてやりたくなった。
冷たい燭台を握る、魔力の込め方は死ぬほど練習した、自信はある。
「いきます……はああああぁぁぁっ!」
思い切り魔力を注ぎ込む、こういう力を試すようなことは生まれて初めてだ。集中しすぎて手を覆う水が震える。
カタカタと燭台が震え一瞬だけ石の部分が光る。石の色は……やっぱり黒に変わ――あれ?
一瞬黒く変化したように見えた石が、突如青色に変化した。驚いて石に顔を近づけると、突然手に何か熱いものが落ちてきた。
「熱ッ!? なんだこれ」
「君っ! 何をしたんだ!」
手に落ちてきたのは溶けたロウだった。水の紋章が刻まれた燭台の蝋燭が溶け、俺の手に落ちてきたのだ。
他の蝋燭は火がつくどころかなんの変化もないのに、水の蝋燭は全て液化し、燭台の小さな皿から溢れている。
左の席の試験官が立ち上がり、ズンズンと燭台に歩み寄る。俺の火傷のことなど眼中になく、燭台のロウを悔しそうに見ていた。
「君……目立ちたいからって変なことをするのはやめたまえ! この蝋燭一本にどれだけ金がかかると思っているんだ!」
中央の若い男性はすぐに立ち上がり、ほとんど走るように奥の扉から部屋を出ていった。
「落ち着いてくださいノイロ先生、試験にはトラブルも起きますから」
相変わらず席に座ったまま、左の試験官さんが宥める。
「気にしないでくれ、たまに起きるんだ。お金を請求したりもしないから安心して欲しい。ただ、ちょっと我々では君の評価しようがないなぁ、もう一本蝋燭を試すのもちょっとね……」
冷静に話すのを遮るように、ノイロ試験官が喚き散らす。
「エナー先生、失格でいいだろう失格で! コントロールも効かん! 適正も水だけ! この学園に相応しくない!」
「いや、彼は招待入学なので……それに、推薦人はあのグレイですよ」
グレイという単語が出た瞬間、ノイロ試験官の勢いが弱まる。ギリギリと歯を鳴らす。
「だから私は招待入学など反対だったんだ! そのせいで魔法使いの質も学園のブランドも落ちるばかり! 上は我々試験官の責任などと抜かす……やってられん!」
そう言ってノイロ試験官は部屋を出て行った。乱暴に閉められた扉が軋む。
「……すまないね、あの人なりに学園を愛しているんだけど、少々荒っぽいんだ」
少々どころではないと思うのだが……、測定器を壊してしまった罪悪感がないわけではないので、俺は静かに愛想笑いで返した。
「ただ、俺一人じゃ試験にならないな、呼び戻してくるよ」
そう言ってエナー試験管が立ち上がった瞬間だった。
「ぎゃああああああ!」
扉の奥から悲鳴が聞こえた、さっきのノイロ試験官の声だ。エナー試験官が素早く扉に駆け寄り開け放つと、そこには丸焦げになった試験官と、一体の魔物が立っていた。
「拍子抜けだぜマナトム学園、まさかこんな雑魚ばっかりじゃねぇよなァ! さっさと、学園長をだしな! ――さもねぇと」
魔物が両手をバッと広げると、一瞬で廊下が火の海になる。
「ぜぇんぶ燃やしちまうからよォ!」
熱風が巻き起こり、俺の全身を叩く。頬を覆っている水が、ジュワッと蒸発した音がした。
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