第6話 神殺し

「キョアアアァァァァ!」


 耳をつんざく咆哮が、デルアグマの中をびりびりと揺らす。

 神はその体を左右に細かく揺らしながら、蛇のようにこちらに向かって来……待て。


 遠近感が狂っていて分からなかったが、とんでもない大きさだ。人間を三人同時に丸呑みできるような大きさをしている。


「おーおー、怒っとる怒っとる」


 ハイコクにはアイツの言葉が理解できるらしい。ニヤニヤしながら睨み返している。


「呑気に言ってる場合か! どうするんだよ! あの絵を見てあんなにでかいと思わないだろ!」

「大きさなど関係あるか、ぶっ飛ばしてしまえ」


 ハイコクは何を言ってるんだという顔で返す、冗談だと言ってくれ。


「本当に魔法や毒なんて効くのか!?」

「アイツがビビっておったんじゃ! 大丈夫! ……多分」

「ど、どうでもいいから何とかして!」


 セレンは完全におびえている。まだセレンには修行の成果を見せていないから無理もない、それに、元々アイツは恐怖の対象だったわけだしな。


「大丈夫だよ、セレン。何とかする!」


 天井にひびが入ったとはいえ、まだまだ魔力は問題なさそうだ。俺は巨大なハンマーを二対作り出し、左右から頭をぶっ叩いた。


「キョアアァァァ!」


 すごい悲鳴に聞こえたが、見た目にダメージはない。別の魔法を試そうか悩んでいると、ハイコクがまた通訳してくれた。


「『小娘が、私の力をニンゲンごときに伝えおって!』と言っておる」

「……! ははっ! 言い返してやれ、止めに来ればよかっただろビビり野郎って!」

「よしきた!」


 ハイコクはアイツに手を振り返し、聞き取れない言葉で何か言った。


「カイジャ! ――――――ッ!」

「キュゥゥゥゥオッ!」


 ハイコクの言葉はよく分からなかったが、神の名前がカイジャだと初めて知った。


「うわはははは! エスト、通訳は要るか?」

「いや、アイツの顔で分かるよ」


 かかかっ、とハイコクは心から楽しそうに笑っている。セレンと同じ、カイジャはハイコクにとっても恨みの対象だもんな……。


「エストぉ……」


 セレンは俺の陰に隠れ、小さく丸まって裾を掴んでいる。しまった、ハイコクと遊んでいる場合じゃない、セレンのために早く倒さないと。


「……なかなか近づいてこないな」

「エスト、お主の毒が特別だからよの。ここまで認識した上で警戒しているのは、毒があやつに効く証明にほかならん」


 すでに毒を打ち込む準備は整えた。

 ハイコクに抜いてもらった血を水魔法で包んである、あとは攻撃と同時に打ち込むだけだ。


 魔法の射程ギリギリでカイジャはとどまる。強引に撃てば届くだろうが、毒を包んだコントロールをしながら当てるには不安な距離だ。

 


「『ロロロロオォォォウッ!』」


 カイジャが変な咆哮をあげた、今までとはなんだか違うような? 俺がハイコクに通訳してもらう前に、ハイコクが焦りながら周囲を見回した。


「気を付けろ! カイジャめ……『起こして』しまいおった!」


 ズズズズッと周囲の水が不自然な動きをしたかと思うと、散らばっていた武器がその水に向けて飛んでいった。

 俺のすぐ正面にも水が湧き上がり、それが人の形へと変化する。作り出された水の手が、飛んできた武器を掴んだ。


「セレンちゃん、お久しぶりじゃねぇの! 相変わらず良いち――綺麗な瞳をしてるじゃねぇの!」


 ……陽気なおじさんが出てきた。それに、この口調はセレンから聞いていた話ですごく聞き覚えがある。何より、武器を掴んだ両腕と別に、胸の前に組まれた腕――。


「スジャおじさん!」


 やっぱり……セレンの話に出てきた四本腕の武人さんだ。


「喜んどる場合か! 襲ってくるぞ!」


 ハイコクが振り向いて、俺とセレンの後ろ側を警戒する。なるほど、そういう攻撃か、しかもセレンから聞く限り、この人は相当の強者なはず!

 ハイコクの声に反応し、俺もすぐさまスジャさんを警戒する。セレンはよく分からずキョロキョロとしており、そのセレンを庇うようにスジャさんが立つ。……あれ?


「敵はどいつだ!? 誰だろうが俺様の敵じゃねぇけどな、んがーっはっは」


 ハイコクが目を丸くしてスジャさんを見る、そして、その視線をゆっくり俺にむけ、首をかしげた。俺も首をかしげて返す。


「えーっと……スジャさん? 状況を理解してます?」


 スジャさんは組んでいた腕の親指で、鼻の頭をピンと弾く。


「当たり前じゃねぇの!」

「アイツから俺たちを襲えって言われませんでした?」


 俺が頭上を指差すと、スジャさんは上を見上げ、カイジャを見て手のひらをポンと叩いた。


「あ〜、なんか言ってたな「グガー」とか「ウォロー」とか……よく分からん!」


 ハイコクを見ると、うわぁ……という表情で顔を顰めていた。俺もそう思う。

 神の傲慢さというか、人間目線の欠落というか……強制的な洗脳とかじゃなくてよかった。

 周囲を見わたしても、こちらを襲ってくる様子の人はいない。何が何だかという様子でこちらへ歩いてくる。


「要はアイツをぶっ飛ばしゃいいんだな! 任せとけって話じゃねぇの!」


 スジャさんの一言で、周囲の冒険者もカイジャを見上げた。これだけの人がいれば心強い。


「待て待て! それじゃエストのためにならん! それより、どうせカイジャは襲ってこれん、この機会に修行といこう」


 確かに、正気を保ったままなら修行もできるのか? 魔法以外にもいろんな役に立つ知識を与えてもらえるかもしれない。


「けど、そんなことしてたら解除されちゃうんじゃ?」

「安心せい、確かに一度発動した魔法は、魔力が断たれ、力尽きれば解除される。じゃがの、ここはどこじゃ?」


 なるほど、ここなら魔力の供給が絶たれても、この場の魔力で力尽きずに済むのか……。ハイコクの妙案に、冒険者たちが次々に俺へと詰め寄った。


「魔法使いなんでしょ!? しかも詠唱なしなんて最高じゃない! ね? ね? 私の魔法理論を聞いて!」

「待てーい! 俺が一番近かった! 何より漢なら武器だろう!」

「罠は……罠はいいよ。うまーく誘導した時の達成感……病みつきだよ」


 あまりに勢いに後退りした俺の背中を、ポンとハイコクが掴んだ。そして、耳元で小さく囁く。


「聞いてやれ、エスト。皆理不尽に終わりを迎えた者たちじゃ、お前が引き継いでやれ」


 そうだよな……こんなに生き生きとしていても、既にこの世を去った人達なんだ。


「ありがとうございます。俺に皆さんのこと、聞かせてください」


 俺の言葉に歓声が上がり、皆笑顔で俺を暖かく受け入れてくれた。



 それから二週間、みっちりと修行に明け暮れた。

 睡眠中は冒険者総掛かりで応戦してくれたらしい。


「いいかいエスト君、まず魔法には血と適性があって――」

「あ、待ってください! 魔法の知識だけは自分で勉強したいんです」

「そうなの? でもいい心がけね。じゃあ、私からは水魔法の強みと戦い方を教えるわ」


 水魔法の天才、スララプさん。優しくてすごく丁寧な人だった。魔法の使い方はちょっと怖かったけど。


「いいか? 切れ味よりも重さと角度、水魔法はただでさえ脆い、精度と量で上手く使えばいいんじゃねぇの。弱点の見極め方はだな――」


 四本腕の武人、スジャさん。意外にも物事の教え方は上手で、褒めるときにワシワシと強引に頭を撫でてくれるのが好きだった。


「罠は深いよ……奥深いんだ。相手の気持ちになって考えるんだ。君の魔法は誘導向きだし、うまくやれるよ」


 罠師のグリンさん、冒険者としても一流らしい。格上を倒せるのが一番の面白さだと言っていた。



「じゃあ……行きます」


 カイジャに向き直った俺の背中を、みんなが優しく押してくれた。ハイコクも、セレンも、信頼に満ちた目で見てくれている。


「この世界じゃもう敵無しってレベルじゃねぇの! ……俺たちの分も、楽しんできな」


 スジャさんの言葉に力強く頷いて返し、俺はもう一度手のひらに小さく傷をつけた。


「薄く、鋭く、重く……一息に断つ!」


 一気に飛び上がり、カイジャの喉元へと迫る。大きな両手で鷲掴みにしようとしてくるが、こちらの方が速い!

 巨大な剣が一閃、光を反射しながら、エラごと首を両断した。刃に仕込んだ血を一気に骨と肉の内側へと流し込む。

 カイジャの全身から糸が切れたように力が抜け、力なく落下していく。


「振り返るな! そのまま行け! エスト!」


 ハイコクの声が後ろからする。振り返らずとも、みんなが見てくれていたのが分かる。

 巨大な殻を破るように、俺はセレンとデル=アグマを飛び出した。

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