第6話 太陽神の神殿(2)

 神殿へと続く洞窟はぼんやりとした薄明かりに包まれていた。

 岩肌は滑らかでほのかに白い。それらのせいで周囲は薄ら明るいのだろう。

 ルーグは長靴の音を響かせながら、相変わらず落ち着いた足取りで洞窟を歩いた。それはさほど長い距離ではなく、洞窟は急に目の前が開けた所へと出た。

 そこには巨大な地底湖が広がっていて、目のさめるような美しい青色の透き通った水で満たされている。地底湖は浅いのか、ルーグは白い法衣を纏ったアルディシスが対岸に向かって走って行くのを見た。


 アルディシスは湖を渡り終え、その岩壁を削って作られた「神殿」の階段を駆け上がっていく。神殿は円柱の回廊がずらりと並んだ大きなものであり、それが天井近くまで何層にも渡って建てられていた。その規模からして、おそらく「神の山」内部全体が、アルヴィーズの神殿となっているのだ。


 ルーグも湖に向かって歩き出した。水はくるぶしまで届くかどうかというくらいで非常に浅い。けれど水は恐ろしい程澄み渡り、疲れ切った心が癒されるような清浄な気に満ちている。

 湖を渡り終えると目の前には五十段ぐらいの幅の広い階段があった。岩壁を削って作られたものだ。


 ルーグは階段を見上げた。アルディシスが階段の一番上の所に膝をついて座り込んでいる。

 ルーグは黙ったまま階段を昇った。

 その足音を聞き付けてアルディシスが俯いていた顔を上げる。

 ルーグを険しい表情で見つめ、彼女は大きく頭を振って溜息を漏らした。


「やはり駄目でした。可哀想に。無理矢理神殿に入らなければ、命まで失わずに済んだものを」

「……」


 ルーグは視線を下に落とし、アルディシスが床に倒れているリセルの髪をそっと撫でるのを見た。リセルは階段を昇りきり、神殿内部に入る左手入口の扉の前で倒れていた。

 まるで救いの手を求めるように、右手を前方に伸ばしている。けれどその顔に苦悶の表情はない。ただ眠っているだけのように見えるほどの穏やかさだ。


「そんなことはない。神々は、この子を死なせることなどできはしない」


 ルーグは膝をついてリセルの顔を覗き込んだ。

 だが傍らに座っていたアルディシスは言葉静かに否定した。


「いいえ、もう死んでいます。この子の頬は彫像のように冷たくなっている。唇も真っ青」


 ルーグは右手の手袋を外すため、指先の部分を口でくわえて手をひっぱった。

 外した手袋を床に落とし、そっとリセルの細い首筋を探る。

 アルディシスの言う通り、リセルの身体は氷のように冷えきっていた。

 だがルーグは瞳を閉じ、指先に全神経を集中させた。


「……」


 弱いながらも、ルーグの指先はリセルの命の鼓動を感じ取った。

 それが途切れる事なく続くことを確認し、ルーグは思い出したかのように息を吐いた。


「大丈夫。彼女は生きている」

「えっ、それは、本当ですか!」


 信じられないといった声色と表情でアルディシスがルーグを見つめる。


「ああ。とても弱いが脈はある。どこか、彼女を休ませる部屋はないか?」


 ルーグはリセルの身体を抱き上げた。けれど意識のないその四肢はまるで人形のように強ばっている。アルディシスは動転する気をなんとか抑えようと、深呼吸を繰り返した。


「神殿の中に来客用の小部屋がありますが……その……どうして? どうしてルディオールの力に染まったこの子供を、アルヴィーズは生かしたのですか?」


「ルディオールはリセルの姿を歪め、神をも喚ぶ力を封じ込めたが、その魂まで闇に染める事ができなかった。そういうことだ」


「……」


「さて、巫女どの。部屋へ案内して頂けないだろうか。元々強行軍で来たので、彼女はとても疲れている」


 アルディシスはいそいそと神殿の入口へと歩き出した。


「あ、はい。ではこちらへ……」

「すまない」


 ルーグはアルディシスの先導でアルヴィーズの神殿内部へと入って行った。


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