第464話 subroutine アデル_夫の意地


◇◇◇ アデル視点 ◇◇◇


 余は狼狽うろたえる群臣をなだめつつ、忠義に厚い近衛に勅令を発した。


「ここにいるのは国を代表する貴族であろう。おびえるでない! この場で賊を迎え撃つ、準備を始めよ」


「ははっ!」


 近衛が玉座の間に仕掛けられた防備を構築していく。


 壁を模した防壁を取り外し、それを組み立てる。さらに奥に隠されていた武器を取り出す。

 義兄上が考案した連射弓だ。手回し式のそれは恐るべき速度で矢を撃ち出す。それが十基。矢は大量にある。千人くらいの賊ならばどうとでもなる量だ。その性能を最大限に発揮できるよう段差を設けて、そこへ据える。


「このようなこともあろうと、まっ先にここを直しておいてよかった」


「さすがは陛下。慧眼にございます」

 内務卿ベリーニは世辞を言うと、自ら剣を手に近衛に混じった。


 四卿が武装しているのだ。余も帯剣した。

 玉座の間にいる群臣も、腹を括ったように剣を抜く。


「懐かしいな。マキナの聖王と相まみえたときを思い出す」


 嘘である。北部で戦った際、聖王カウェンクスの姿を見ていない。だが軍として相まみえたのは本当の話だ。エレナ的に言い表すのならば、演出といったところだ。

 そのことを知っている当時の貴族たちはクスリと笑ったが、真実を知らぬ貴族たちは大いにやる気を見せた。


「たしかに、あの時はこちらが劣勢でしたな。今回はそれに比べて知れたもの。設備も充実していますし、三日後には軍事顧問も帰ってきます。なぁに、たった三日の辛抱ですよ。北の古都カヴァロにいた頃を考えると楽なものです」


 撃戦をくぐり抜けてきた貴族は頼もしい。玉座の間に追い詰められたというのに、平然と笑い飛ばしてくれる。


 余もそれにならった。

「さよう。それに今回は世の妻、エレナも別に動いておる。ここにいる卿らが手柄を立てるか、余の妻が手柄を立てるか。結果が楽しみだ」


「ほほう、我らにも手柄をあげる機会があると。なるほど気が抜けませんな」


 談笑している間にも、周囲は慌ただしくなり、そして玉座の間に通じる扉が打ち破られた。


「放てぇッ!」

 自分でも信じられない声量で命じた。


 十基ある手回し式の連射弓が、奇妙なうなりをあげて、次々と矢を吐き出す。


「無駄撃ちをするな、しっかり狙って矢を放て!」

 ベリーニも余に負けず、なかなか良い声を出した。ふくよかな内務卿だが頼もしい。


 玉座の間に追い詰められてはいるものの、士気は高い。

 水を差すつもりなないのだろうが、財務卿のロギンズが耳打ちしてきた。


「陛下、いずれ玉座の間も死体で溢れかえります。そうなる前にお逃げください」


 秘密の逃げ道を行けと言っているのだろう。


 険しい表情をするロギンズの顔が、いまは亡き爺のそれと重なった。


 二年以上前のことだ。その記憶が鮮明に蘇る。

『善き王におなりください』


 余は王になった。もう子供ではない。一族はこの城で自害した。余も名誉ある死を選ぶ。

 それに、この城には最愛の妻エレナがいる。その妻を置き去りにして逃げる気は毛頭ない。


 持っている剣を抜いて床に突き立てた。


 義兄上からいただいた魔法剣は実に良く切れる。石畳に弾かれると危惧していたが杞憂きゆうに終わった。


 現実に意識を戻すと、四卿の者たちはおろか近衛までこっちを見ている。


 動揺を見せぬよう注意しながら、臣下に言った。

「余は何があっても逃げぬ。玉座を捨てるは、国を捨てるも同義! 臣民を見捨てる王に誰がついてこようか!」


「アデル陛下万歳!」


「万歳!」


 受けは良かったようだ。士気も上がったところで、近衛の一人が歩み寄ってくる。

 その近衛は傍まで来ると、そっと手を添えて耳打ちしてきた。

「最悪の場合は逃げるようにと、妃陛下から仰せつかっています」


 推測だが、エレナは余の尻拭いをするつもりだろう。賊どもを蹴散らしてから、国王が城に踏みとどまっていたことにする。あの妻ならやりそうだ。


 妻の期待を裏切るようで悪いが、意地を通すことにした。


 王たる者、妃一人守れぬようでは、国を治めるなど到底無理な話だ。

 善き王としての試練、受けて立とう!


 玉座に腰をおろす。

「陛下、わかっておられるのですか? 御身に何かあっては一大事。最悪の場合はこちらの指示に従ってください」


「心配は不要である。ことここに至っては戦うしかあるまい」


「しかし、それでは妃陛下は……」


 いきどおる近衛の目を見据える。

「凡百の王はベルーガに不要である。名前だけの王として歴史に名を残すつもりはない」


「…………歴史は後世の者が書き記すものです」


「わかっておる」


 どうやら近衛は諦めたようだ。頭を振りながら、出てきた列に戻っていった。


 防戦はつづく。


 玉座の間の入り口に死体が折り重なり、それが山となっても賊に怯む様子は見られない。


 一方的に狙い撃つ防衛側が有利に思われたが、賊は思わぬ手を打ってきた。


 死体の盾だ。


 死体を盾にして玉座の間に乗り込んできた。狙っても死体に矢が刺さるだけ。稀に賊に矢が届くも、効果は薄い。

 これでは連射弓が役に立たない。


 戦い方を変えねばならなくなった。


「的確に狙え。近くにばかり気を取られるな、当てやすい者から順に撃て。近づく者は斬り捨てよ!」


「「「おお――――――!」」」


 勇ましい近衛の声が玉座の間に響きわたった。


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