第440話 強制終了



 マキナの破滅の星メギドによる暗殺を阻止して、教皇との謁見も叶った。〝聖人〟の称号もいただいき、任務は無事終了。


 暗殺を阻止してからハニートラップはなくなってしまったが、聖地イデアでの行動制限は解かれた。

 観光を楽しみ、抜かりなく妻たちへのお土産も購入した。あと、俺に必要なミネラル豊富な食料も。


 ここまでベルーガを出てから二月。行きにひと月、イデアで半月、帰りにひと月の二ヶ月半の予定だったが、三ヵ月に延びそうだ。


 イデアを発つ前日、盛大な宴が催された。


 これまでの質素な食事ではなく、肉や魚の並んだ豪華な食事が供される。

 ベルーガのみんなは、お高い酒をそっちのけでテーブルの食事に群がったのは言うまでもないだろう。

 かくいう俺も用意された唐揚げをまっ先に食べた。


 滞在している間、お世話になった聖職者たちと雑談していると、教皇姉妹があらわれる。

 姉妹に囲まれる形で、ドレスで着飾った腹黒元帥もいた。

 櫛で梳かした灰髪は美しく、光の加減で天使の輪が見える。化粧にも力を入れているようで、頬に走る傷痕があまり目立たない。かなり磨いた感じだ。

 元帥服を着たツェリしか見たことはないだけに新鮮だ。

 案外、似合うもんだな。


「珍しいですね。ツェリ元帥が正装だなんて」

 思ったことを率直に述べる。


 すると彼女はニヤリと笑った。

「これからは、これが普段着だ」


「それって、どういう意味ですか?」


 ツェリに代わって、教皇が言う。

「ツェツィーリア・アルハンドラは神妃しんきになる道を選んだ。いわゆる寿ことぶき退職というやつだな」


「…………」


 驚きのあまり言葉が出てこない。


 嘘だろう! あの男日照りの腹黒元帥が!


「ちょっと待ってください。神妃って誰と結婚するんですか!」


 教皇姉妹は仲良く天を指さして、

「「「主神スキーマ様だ」」」


 あまりにも出会いがないからって、存在しない神と結婚するなんて!


 ツェリ元帥とはあまり交友がない。とはいえカーラの数少ない友人。はやまった真似はよくない。だから引き留めることにした。


「ツェリ元帥、冷静になってください。あなた婚活女子でしょう? 家事のできる男を捜しているんでしょう? ベルーガに戻ったら紹介しますから、はやまった真似だけは……」


 説得虚しく、腹黒元帥は手の平を突き出してきた。

「その心配は嬉しいが、案ずることはない。私は


 意味がわからない。


 何度も説得したが、彼女の意志は硬いようだ。

 最後に、ベルーガの元帥を辞めることに問題はないかと尋ねた。


「いいんですか、勝手に元帥を辞めて。アデル陛下が怒りますよ」


「そこも抜かりない。すでに手を打っている」


「手を打っている? どんな?」


「エレナだ」


「………………」


 帝室令嬢が黒幕か……。


 上官の意向には逆らえないな。もしかして、こうなることを見越して、ハニートラップで俺の弱みを握ったとかないよな。

 エレナ事務官繋がりで、王族公認の寿退職になる。


 こうなってしまっては俺の出る幕はない。


 諦めもついたところで、教皇が話を終わらせてきた。


「ツェリの件はそこまで。それよりラスティ公、貴殿には〝聖人〟の称号を与えたな。それに伴って〝聖献〟を贈ろう」


「〝聖献〟?」


「ああ、聖人にのみ与えられる聖なる献上品だ」


 帰りのこともあるので、その聖献とやらが、どれくらいの大きさなのか尋ねた。

「荷馬車の心配か。それには及ばないよ。こっちで手配する。いろいろと仕度があるからね。届けるのはラスティ公がベルーガに戻ったあとだ。無駄な手続きもない。聖献が届いた際に、受け取りのサインをもらえればOKだ」


 この惑星に宅配サービスなんてあったっけ?


 まあいい、星方教会が届けてくれるんだ。面倒はないだろう。



◇◇◇



 イデア出立当日。

 盛大に送り出されるはずだったのだが、突如やってきたベルーガからの伝令によりお流れになった。

 祭典用の儀仗服に着替えている最中に、乱暴に入ってきたのだ。相当に切羽詰まった状態なのだろう。


 伝令は、ぜぇぜぇと荒い息をしている。


「そんなに慌てて一体何があったんだ?」


「……ぜぇ……はぁ…………。スレイド公! 大変です。第二王都で異変が!」


 アデルのいる王都でないと知りほっとする。


「詳しく聞かせてくれ」


「革新派が謀叛を起こしました!」


 革新派のカニンシンはすでに自害した。気になる点は多いが、騒ぎを起こせるような影響力は残っていないだろう。


 となると一体誰が謀叛を?


 疑問は伝令の言葉により氷解した。

「首謀者は元帥だったトポロ・アークです!」


 なるほど、マロッツェの件で蜂起したのか。


 しかし悪手だな。王都で謀叛を起こすのなら理解できるが、なぜ第二王都なんだ?


「現在、カリンドゥラ王女殿下が指揮を執っています。ですが、第二王都に駐留している兵は少数。加えて、賊は用意周到に軍備をととのえております」


 報告している伝令も混乱しているようで、俺に何をやらせたいのかを口にしない。

 慌てふためきようからして、危機的状況というのは理解できる。早急にベルーガに戻る必要性が出てきた。


「わかった。星方教会には悪いけど、俺だけ先に帰らせてもらおう」


 部屋の外で警護についている純潔騎士を呼んで、送迎のおもてなしを辞退する旨を伝えた。

 辞退といっても俺だけなんだけどね。


 使節団という外交的な一面もあるし、ほかのみんなには出てもらうつもりだ。じゃないと、両国の友好関係が疑われてしまう。演出は大事。見た目だけでも立派にしないと。


 そんなわけで、一人だけ先にベルーガに戻るわけだが、お世話になった人たちにお土産を残していくことにした。

 ハニートラップの皆様方だ。


 銃器をあつかえるディアナにはレーザーガンを。カタナ大好きなオリエさんには高周波コンバットナイフを。どちらも護身用なので、個人認証は不要だ。

 アルチェムさんにはイデアで問題になっている塩害対策をまとめたもの。技術の安売り感はあるが、激しく〝にゃんにゃん〟した仲だ。バチは当たらないだろう。


 最後にエアフリーデさんだが、彼女とはあまり多く話せなかった。だから望みのものが思いつかない。あまりよろしくないお土産だが、大金貨を百枚ほど渡すことにした。


 、彼女には幸せになってほしい。


 欲を言うと、誤解を解いておきたかった。…………はぁ、ツイてない。


 最後のお別れをしたかったが、いまは時間が惜しい。

 後ろ髪引かれる思いでイデアをあとにした。



                      〈§12 終わり〉

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