第423話 subroutine リュール_戦闘②


◇◇◇ リュール視点 ◇◇◇


 男という生き物は、女の前で良い格好をしたがる習性がある。

 馬鹿げた自己満足だと思っていたが、俺もそんな馬鹿の一人だったとは……。


 銃声が轟く、それを合図に走った。


「ああっ、クソッ! あとで絶対に〝にゃんにゃん〟だぁぁぁー!」


 叫びながら特攻した。教会に阿呆なセリフが響き渡る。


 ZOCの腕が破壊され、明後日の方向へ投げ飛ばされるアルチェム。


 ブリジットの攻撃により、戦力が大幅に低下したZOCはほんの僅かだが思考したようだ。


 動きをとめたその瞬間、胸元にレーザーメスを突き立てた。おまけとばかりに、レーザーメスの柄を叩く。


 ズズズッとメスが赤黒い身体に沈んだ。


 目的は達した。あとは全力で逃げるのみッ!


 ナノマシンで身体強化した肉体をフル活用して、ZOCを押し倒す。そのままバックステップで距離をとろうとしたら、死んだと思っていた聖堂騎士が俺の脚を掴んだ。


「た、助け……て、くれ…………頼……む」


 バランスを崩し転倒。


 それと同時に、聖堂騎士は息絶えた。


〈奇跡の御業〉というやつか? 下半身を失っているのに出鱈目な生命力だ。魔法といい、意味不明な魔道具といい、この惑星の住人には驚かされてばかりだ。

 物書きとしての業というやつだろうか。不思議なそれを冷静に見つめていたら、ZOCが立ちあがった。


「嘘だろう! AIは撃破可能だって」


 慌てて、脚を掴んでいる騎士の指を解こうとするも、がっちりと掴まれていて脚から離れない。


 ZOCの残っている左手が迫る。


 高周波コンバットナイフのことを思い出し、それで騎士の手首を切断した。

 バックステップで逃げるも、右腕を掴まれ、グンと引き戻される。


「リュール!」


 ブリジットが援護射撃をしてくれるも、豆鉄砲では意味をなさない。


 俺を持ち上げようと、ZOCの腕に力が入った。


 ヤバイ!


 いくらナノマシンで強化しても、この人間もどきにパワーでは勝てない! ましてや俺は電子・諜報戦の専門で肉体労働に不向きだ。


 諦めて、利き腕を切り落とすことにした。


【M2、痛覚遮断だ。腕を切り落とす! あとの処理はわかっているな!】


――戦闘続行ですか? それとも生命優先ですか?――


【空気読めよッ! 生命優先に決まってるだろう!】


 片腕で戦えるほど優しい相手ではない。逃げの一択だ。


――了解しました。止血と欠損部位の修復を最優先させます――


 AIに確認してから、利き腕を切り落とした。



◇◇◇



 戦果報告をしよう。

 腕を切り落とす必要はなかった。


 俺が腕を切り落とすなり、人間もどきのパッチワークは沈黙した。ZOCの核が活動を停止したのだ。


 二度も床に叩きつけられたアルチェムだが、駆けつけた協会関係者の癒やし手よって、事なきを得た。


 俺の腕も繋げてくれると言ってくれたが、浸蝕ウィルスに感染している可能性があるので遠慮した。

 お優しいスレイド大尉には悪いが、ホイホイと人の好意に飛びついて後悔したくはない。


 危機は脱したのだ。気長に養生するさ。

 それに、怪我してないとあれこれ頼まれそうだしな。


 そんな魂胆もあって、利き腕は失ったままである。


 清銀貨というナノマシン補充のアテもあるし、俺たち宇宙の軍人には自己修復という便利な機能もある。ひと月もすれば失った利き腕が生えてくるだろう。


 ブリジットからは阿呆だの、馬鹿だの、散々コケにされた。そのくせ、わんわん泣くのだから、女という生き物は理解できない。


 ベッドで安静にするも、付き添ってくれている妻は薄情だ。


「腕切り落としたあとに、即行で活動停止とか、ホンマ草やわぁ」


 宇宙史初期に流行ったネットスラングで馬鹿にしてくる。

 わかっていないと思ってるんだろうが、こっちはすべてお見通しだ。


「…………おまえなぁ。本当なら、ZOCの足下に滑りこんで核を狙えって指示出してたんだぞ。それをだな、俺が危険をかえりみず……ムグッ」


 人が喋っている最中に、リンゴを口に突っ込んできた。ウサギさんリンゴだ。

 せっかく剥いてくれたので食べる。


「大尉への報告は?」


「リュールが寝ている間に終了。バカンスを楽しんでくれって言われたわ」


「そんな余裕あるのかねぇ」


「せやな、アレ絶対にZOC持ち込んだ黒幕おるで」


「だよな。どうすんだろう大尉」


「最後の最後にドカンって仕事が来る可能性あるでッ! 大量ボーナスゲットのチャンス来るで! ワンチャン・ゴールドラッシュや!」


「…………いや、おまえはいいけどさぁ。俺はどうするんだよ」


「リュールはお休み。ウチがじいてくるから」

 そう言うと、妻は組み立て式の拳銃に頬ずりした。


「水銀弾はもう弾切れだろう。次、どうするんだよ」


「無問題、炸裂徹甲弾も用意してあるから」


 …………物騒な女だ。っていうか、そういう武器があるなら最初からつかえよ。


「ゴメンなー。オーバーキルになるやろうって、置いてきてたんよ。ま、仇は討ったるから安心して」


「…………」


 疑いの眼差しを向けてやった。

「そんな怖い顔せんといて。……あっ、そうや。ミルク飲む?」


「誤魔化さなくてもいいぞ」


「誤魔化してるんとちゃうって、ホラ、ウチのミルク欲しくない?」


「嘘だろ。おまえ子供できたのか?!」


「子供はまだやけど、出るでッ!」


「…………どうせ、哺乳瓶でヤギの乳を飲ましてくれるってオチだろう」


「ちゃうちゃう。リアル授乳や! 実はな、魔乳っちう現象を解析して、ウチも出せるようになったんや」

 それから妻はにへらと笑い、肩をはだけた。


「リュールが要らないって言うんならエエけど……どうする?」

 ブリジットはピンク色の笑みを浮かべている。


 無意識に、ゴクリと喉が鳴った。




 追加報告だ。

 緊張しすぎてミルクの味はわからなかったが、幸せになれたの事実だ。

 スレイド大尉が、惑星調査をつづけている理由がわかった気がする。魔乳……あれはいい文化だ。


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