第285話 降格人事



 戴冠の儀を間近に迎えたある日のことだ。

 またしても俺が槍玉に上げられた。


 功績が認められ、陞爵の話が出たとたんこれだ。

 ちなみに問題として挙げられたのは、以前にもあった命令違反の件についてだ。

 今度は革新派、王道派以外の貴族から問題を指摘された。


「認めるも何も、そのような出鱈目な功績をどうやって成し得たのですか?」

「マキナの大将軍との一騎打ちは八百長だと聞いています。裏で取り引きがあったから、王都を囲む包囲から逃げ出せたと噂になっておりますが……」

「そもそも辺境伯だった成り上がりが、これほどの財を持っていることが……」


「それは困ったのう。余はすでにスレイド卿を公爵にすると宣言してしまった。嘘はつきたくない」


 義理の弟はかばってくれるが、そう何度も続くと、アデルの立場が危うくなる。だから今回は降爵という不名誉を甘んじて受けた。

 そういうわけで、いろいろと貢献したこと認めら公爵になった直後に、侯爵へ逆戻り。


 まあ、俺にとっちゃどうでもいい話だ。陞爵の話がパァになっただけで、国からもらえる貴族年給の額が下がるわけじゃない。こっちとしては痛くもかゆくもない。


 しかし、今回に限ってリッシュが猛反発してくれたのは嬉しい。やはり信頼すべき貴族の先輩様だ。


 玉座の間をあとにして、あらためて敬意を表することにした。

「リッシュ閣下のお力添え、とてもありがたかったです」


「そうは言うが、これで良いのかスレイド卿。王都奪還にもっとも貢献した貴殿がこのような不当な扱いを受けているのに、誰も異議を唱えんとは…………まったくもって昨今の若い貴族はくさりきっておる!」


「ありがたいことですが、俺はそう思っていません」


「なぜだ!」


「王族に非難が及ぶことなく、かえって良かったと思うくらいです」


 リッシュは苦虫を噛みつぶしたような表情で、

「ぬぅ、卿のような忠臣をよってたかっていたぶるとは! 昨今の貴族には誇りというものがないのか!」


 こんな具合に一部の貴族からは高く評価されている。

 本音を言うと、侯爵という身分ですら俺には分不相応な気がする。


 物事ほどほどがいい。なので、降爵処分にも異論を唱えなかった。


 それに下手に俺をかばい立てされると、今度は王族に非難の矛先が向く。それだけは避けたかった。だからこれで良かったのだと思う。


 こうして俺は元帥という地位を奪われ、陞癪したばかりの爵位も削られた。これで敵対派閥から警戒されることもないだろう。せいせいする。


 こんな風に謙虚けんきょな気持ちになれたのは、つい前日まで妻たち全員のドレスを選ぶのに付き合わされたからだ。

 一日のほどんとを費やして、似合っているのはどっちだ、どちらが綺麗か、などと夢に出てくるほど聞かれたものだ。

 そういった精神状況なので、地位や名誉なんてどうでも良く思える。


 心身ともにすこやかであれば、それでいいのだ。


 それから戴冠の儀に参加できない者たちと、前夜祭をもよおした。

 エレナ事務官からの計らいだ。

 王都攻めで、ともに戦ってくれた弱小貴族や義勇軍に加わってくれた平民を労うという。王城では手狭なので、王族の庭での立食パーティーになってしまった。お詫びといってはなんだが、俺自ら先頭に立って美味いご馳走を用意した。


 肥育ひいくに成功した魔物たちをつかった料理だ。


 魔鶏コッコはもとより、切り裂き猪、岩破牛クラッシュブルと肉の種類は取り揃えている。


 食材をふんだんにつかい、唐揚げ様を筆頭に、ヤキニク、煮込みハンバーグ、トンカツと万人受けするラインナップ。本来であれば、ここにエビフライや牡蠣フライを加えた揚げ物四天王が出揃うのだが、生憎と海産物の調査は進んでいない。

 でもまあ、労いには十分だろう。


 今回はさらに手を加えて、グルテンフリーの粉をつかっているので唐揚げ様はいつもよりカリカリである。間違いない。


 内輪の祝宴しゅくえん準備が終わると、参加者への応対に走らされた。


 参加者が大方そろったところで、主催のエレナ事務官が設けられただんにのぼる。

 その左右にはエスペランザやリブ、元帥たちが並んでいる。なかなか豪華な演出だ。


 ドレスで着飾った帝室令嬢は、帝族にふさわしい声量で威厳いげんを振りまく。

「今夜の宴は、王都奪還に尽力してくれた…………」

 帝国式の堅苦しいスピーチは三分で終わり、最後にワインの注がれたグラスを掲げる。


「……ベルーガの平和と繁栄はんえいを願って、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 天をくような気勢とともに労いの前夜祭が始まった。


 理解のある俺の上官は挨拶を終えるなり早々に立ち去り、あとは気楽な無礼講。


 のんびりと酒を片手に美味い料理を堪能しようと思っていたのだが、苦楽をともにした戦友たちがこぞって祝いを述べにやってきた。


「スレイド卿、おめでとうございます。婚礼の先祝いになりますがどうぞお納めください」


「閣下、おめでとうございます。自分からも祝いの品をお納めください」


 王女二人との仲は周知の事実である。だから、これから所領へ戻る戦友たちが、最後のチャンスとばかりに祝いの品を持ってくる。


 返礼品のことを考えると頭が痛い。しかし、打算のない品々だ。生死をともにした戦友からの祝いの品を受け取ることにした。


 そうこうしているうちに、前夜祭のはずが、なぜか俺の前祝いとなってしまった。

 次々と祝いの品をもらい受け、杯を交わす。エンドレスで酒を飲まされた。


 かなり酔っていたようで、リッシュやツェリ、カナベル元帥と杯を交わしたことは覚えているが、それ以外の貴族や平民たちのことはあまり覚えていない。


 前夜祭は明け方まで続ける予定なのだが、酔いが回った俺は、酔い覚ましに一度王城の浴場へ向かった。


 途中で、何度もリバースしながら、浴場へ向かう。


 参加者にこれ以上酒を勧められたくなかったので、王族の庭から遠く離れた浴場を目指した。


 ふらつく足でたどり着いた浴場には、先客がいた。

 俺と同じお一人様だ。きっと似たようなことを考えてこの浴場を選んだのだろう。だから、あえて素知らぬふりをして最後のリバースをかました。綺麗に洗い流してからかけ湯、入浴と続ける。


 熱々の湯が、全身から酔いを奪う感覚に襲われた。実に心地良い。


 心臓がバクバクするので健康には悪そうだが、たまにならいいだろう。


 湯煙越しに先客が見えた。

 胸元をタオルで隠している。女性のようだ。おぼろげに見える面立ちは中性的な美人。貴族のご令嬢か?


 間違いがあってはならぬよう、距離をとる。


 無言の入浴かと思いきや、先客が声をかけてきた。


「前夜祭に招かれた方ですか?」


 面立ちだけでなく声も中性的だ。ふんわりとした喋り方から、柔和そうな性格だと思われる。


「ええ、まあ」


「どの部隊におられたのですか?」


「北門攻略の部隊にいました。途中で西門への応援に行きましたけどね」


「ということは援軍の方ですか? あっ、私は西門にいたので……あの援軍は助かりました」


「西門はかなりの激戦区だったと聞いています。なんでもツッペなる裏切り者が襲撃を仕掛けてきたと……」


「あのときは生きた心地がしませんでした」


「被害は大きかったのですか?」


「援軍がかけつけてくれたので、それほど被害を被りませんでした。それもこれもスレイド閣下のおかげです。お会いできたらのなら、是非ともお礼を言いたいのですが」


 なんとなく嫌な予感がした。なので名乗らずにぼやかす。


「そうですね。スレイド様は多忙な御方。なかなかお目見えする機会がありません」

 慣れない演技なので、棒読みになってしまった……。噛まないだけマシか。


「かの御仁の部隊の方ならば、拝謁はいえつは容易なのでは?」


「ざ、暫定的な配属でしたので……」

 これ以上、話を続けていたらボロが出そうなので、早々に退散することにした。


 それとなく湯船から出る。


 一瞬、湯煙が晴れて、先客の横顔が見えた。


 胸元まで伸びた栗毛色の髪、整った目鼻立ち。間違いなく美人さんだ。あと胸も大きい。


 どこかで見たことがあるような……。飲み過ぎたか?


 あまり凝視するのもなんなので一瞥するに留めた。

 長居は禁物。下心があると思われちゃ敵わないからなぁ。


 欲を言うと、もうちょっと見ていたかったけど、そそくさと浴場をあとにした。



                      〈§8 終わり〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る