第191話 subroutine ルセア_白馬の王子様②



 書架しょかで本を探すと好きな本があった。女性騎士が主人公の物語だ。


 私はちい姉様のように凜々りりしく剣を振るいたい。そんな夢がある。はしたないとしかられそうだけど、身体の弱い私にとってはこれ以上ない夢だ。


 大姉様も尊敬している。だけどあの姉はとっつきづらい。二人の姉は優しいのだけど、どちらかというと小姉様のほうが好きだ。優しいし、強いし、みんなからしたわれている。理想の女性だ。


 大姉様には悪いけど、男性を虐げる姿は好ましくない。もう少し淑女しゅくじょらしくつつしみ深くしてほしいのだけれど……。


 そんなことを考えながら本を読む。

 向かいに座っている警護のミスティは編み物をしている。私は不器用なので、そういった細かいことは苦手だ。


 唯一の取り柄である魔法くらいしか、得意なものはない。

 う~ん、大姉様のことを言えないな。


 しばらくして、またミリヤがやってきた。

「あまり飲まれておられないようでうですが、次からは別の者に変わったほうがいいでしょうか?」


「できれば殿下付きのメイドに」


「畏まりました、次からはそのように致します」


 悲しそうな顔で言うと、ミリヤはさほど減っていないティーセットを持って帰っていった。


 こんなことなら飲んでおけばよかったなと、悪い気がした。


 ミリヤが出て行くのを見届けてから、ミスティは大きな欠伸あくびをした。腕を伸ばして身体をパキパキ鳴らしている。


 メイドがこのような振る舞いをするのは珍しい。先ほどの戦いもあってつかれているのだろう。眠そうにする彼女をそっとしておくことにした。

 疲れが溜まっていたらしく、しばらくするとミスティはこっくりこっくりと頭を揺らし始めた。

 敵を倒して危険が去ったので、安心したのだろう。ずり落ちかけた膝掛けを直してやり、読書を続ける。


 物語の山場にさしかかったとき、ドアがノックされた。

 一番いいところなのに……。


「誰?」


「ミリヤです。今日は一段と冷えるので暖炉の薪を持って参りました」

 暖炉を見る。たしかに薪は少ない。いまは十月、秋も中程。夜を越すには足りない。


「入りなさい」

 ミリヤは重そうな薪の束を持って、部屋に入ってきた。


「お付きの方は寝ておられるのですか?」


「らしいわね。ついでだから火をおこしてちょうだい」


「はい」


 ミリヤは暖炉に火を入れると、

「薪に火が移るまで、しばらくお待ちください」


「それにしても冷えるわね」


「エクタナビアは特に冷えます。それに年の瀬――十三月まであと三月ですか。……今年はどうなるのでしょうね」


 一年の最後、十三の月は冬ごもりの月だ。マキナが来るまでは、毎年家族で静かに過ごしていた。昨年はスタインベック領で、リブと一緒に十三月を過ごした。今年はどうなるのだろう?


 未来のことを、あれこれ考えても益は無い。

 意識を現実へ戻す。


「そうね。いい年の瀬になるといいですね」


「そうですね。……薪に火が移りました。これだけ燃えていれば消えることはないでしょう。では私はこれで」


「助かったわ、ありがとう」


 部屋の外へ出ようとする彼女と入れちがいになる形で、暖炉の前に移動する。


 背後でガチャリと音が鳴った。


 慌てて振り返ると、そこにはナイフを握るミリヤの姿が……。


「暗殺者は全員退治したはずッ!」


「そのようですね」


「怪しい者には監視をつけているのに。まさか、カリエッテ元帥が見落としたのッ?」


「いいえ、元帥様はを監視しています。ですが、の存在にまではいたらなかったようですね」


「何者ですかッ!」


「闇ギルド――底無しの奈落ボトムレスピットとでも申しておきましょうか」


 その名前は知っている。凄腕の暗殺者集団の一つだ。


「ミスティ、起きてッ! 暗殺者よッ!」


 メイドに駈け寄り、揺さぶるも目を覚ます気配はない。


「眠り薬よ。毒は見抜かれると思って、眠り薬にしたの。お付きのメイドとかカマかけられたときはビックリしたけど、まだまだね」


「誰か来てぇー、敵よォ!」


「あー、駄目駄目。この辺の連中、みんな片付けたから。逃げたくても出入り口は私の後ろにあるドアだけ。窓もあるけど、高いから死ぬわね。それと……」


 ミリヤは無数の青いたまをこっちに向かって転がした。私はこの珠を知っている。〝魔術師殺し〟と呼ばれる珠だ。効果範囲は限定的だけど、とても稀少なアイテム。王家でも数えるほどしか所有していない。それをこんなにも……。


「魔封石。魔術師なら知ってるでしょう。魔力を吸い取る便利な珠。本来なら身につけさせるんだけど、数を揃えたから多少離れていても十分だわ。これで自慢の魔法はつかえないわね。転移とかも無理、跳べても窓の外がせいぜいね」


「嘘よ。これだけの魔封石、ただの暗殺者が用意できるわけないわ」


「嘘だと思うんならやってみなさい」


 言われるまでもない。両手に魔力をあつめる。


「〈永久凍獄パペーチュアルブルー〉」


 発現した魔法が光の粒子となって珠に吸い込まれる。珠の一つが炎を内包したように赤い光を揺らめかせている。魔力が吸収されたのだ。


「そんな……」


「諦めもついたところで死のうか。お嬢ちゃん可愛いから、特別に死に方を選ばせてあげる。綺麗に死ぬか、汚く死ぬか。どっちがいい?」


「嫌ッ、私、まだ死にたくない! ミスティ、起きてッ!」


「ンフッ、いいわね、その顔。必死に足掻あがく表情。いいわ、絶望に染まるところが見てみたい」


 ミリヤは恍惚こうこつの表情で、ナイフに舌をわす。


 女暗殺者が一歩踏み出したところで、それは起こった。


「ブフッ!」

 突如ミリヤが喀血かっけつする。


「こんなの……聞いてない。……これ……誰?」

 ナイフの切っ先で背後を指し示すと、ミリヤはそのまま崩れ落ちた。


 穴の空いたドアが軋む。男があらわれた。

 リブだ。


「初めての魔法だったけどうまくいったようだな」


「…………」


 返事をしようと思ったけど、声が出せなかった。それに腰が抜けて、立ちあがることもできない。


 リブは困り顔で、頭を掻いて、

「刺激が強すぎたか?」


 彼は、動けない私を抱き起こして、椅子に座らせてくれた。

 なんと、たとえればいいのだろうか。複雑な心境だ。王族が恐怖におののき立ちあがることもできないとは……恥ずかしい。そして彼の存在が頼もしくもあった。


「助けてくれた恩は返せたな」


「…………」


 一瞬、ドキッとした。

 行き倒れになっているところを助けたのが、リブとの出会いだ。平民のような話し方をする人で、猫のように何事にも囚われない自由な生き方をしている。うらやましい生き方だ。


 いつの日か私のもとを去るだろう、そんな気はしていた。それがいまだなんて……。


 さびしい。だけど、彼には彼の人生がある。いくら王族とはいえ、生き方を縛ることはできない。きっとこれは運命なのだろう。


 罰として護衛を命じたが、それを盾に彼を困らせるのはやめよう。

 我が儘を言わず、リブを見送ることにした。


 せめてものお礼に、指輪を渡そうと思った。それを指から外したところで、

「これからはちゃんと給料をいただくぜ。別途、必要経費と成功報酬もな」


 ほっとした。

 気まぐれな猫はもうしばらく私のもとにいてくれるようだ。


 嬉しさのあまり落ち着かない。この気持ちを悟られないように彼に背を向ける。そわそわしてしまって、なぜか落とした本を拾った。そのまま持っているのも変なので、書棚に戻す。


 女性騎士の物語もいいけど、白馬の王子様が出てくる物語も悪くないなと思った。


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