§6.5 この惑星の戦争事情を調査しました。 main routine エスペランザ

第180話 効率重視の先にあるもの



 んだ空気、晴れ渡った空、私は現在進行形で空の旅を楽しんでいる。


 眼下に広がる山々は殺風景であるものの、点在する緑や青といった森林や河川が良いアクセントとなっている。

 耳障みみざわりな魔法仕掛けのモーター音がなければさらに良いのだが、贅沢ぜいたくは言っていられない。これでよしとしておこう。


 胸いっぱいに空気を吸う。緑豊かな味わいが肺いっぱいに満ちた。

 この惑星は素晴らしい。


 感動もそこそこに新しい部下ががなり立てる。

「エスペランザ准将、目的地が見えてきましたよ」


「リブラスルス曹長、慌てず急がず迅速じんそくに」


「わかってますよ、准将閣下殿!」


 軍事用のサポートAI、つかい慣れた第七世代に命令を下す。


【エクタナビアまでの距離と時間を概算で表示】


――了解しましたマイマスター――


 私だけに見えるホロディスプレイが展開される。

 エクタナビアまでの距離およそ七キロ、到着まで約一時間。


 オートジャイロなる乗り物を開発したが、これは失敗だ。遅すぎる。エネルギー効率を重視してこちらを選択したのが間違いだった。こんなことならばヘリを開発するべきだった。

 軍事行動にイレギュラーはつきもの、この失敗は次に向けての教訓としておこう。


 遠くにそびえる大小対になった円錐――宇宙へ向かって伸びる双城ツインキャッスルと呼ばれる険峻けんそな兄弟山を見据える。遠くからでも目視できる強固な石橋で繋がれた双子山だ。弟山よりもさらに険しい兄山の中腹に、私の目指す都市はあった。


「あれがエクタナビア。弟山のいただき付近からけられた石橋を通らねば攻めることができないな。なるほど要塞都市という異名は伊達ではないな」


「感心してる場合ですかッ! あれじゃあ谷底から吹き上げる風で近づけませんよ。どうするんですか?」


「当初の予定通り墜落ついらくさせる。なぁに、即死さえしなければどうとでもなる」


「気楽に言ってくれますがねぇ。たとえ生きていたとしても重傷ですよ。ナノマシンでも修復に時間がかかりますって。いまからでも代替案だいたいあんを考えてくださいよ」


「問題ない。身体的損傷そんしょうなどたかが知れている。会話さえできればいい」


「准将はそれで良くても、俺は嫌です。ベッド生活なんて退屈でつまらない」


「いいじゃないか、堂々と長期休暇をとれるぞ」


「俺、途中で降りてもいいですか? 准将もコレ操縦できるでしょう」


「操縦はできるが、AIのリソースが足りない。この作戦には投下と墜落、最低でもAIを所有する者二名の協力が必要だ」


「…………次からはラスティを指名してください。正直、エスペランザ准将にはついてけません」


「考慮しておこう」


「…………」


 よく喋る部下の愚痴ぐちを聞いているうちに、エクタナビアの近くまで来た。リブラスルスの指摘通り、吹き上げてくる風はすさまじい。上昇気流を生かして高度を上げた。


 眼下に広がる光景に目を向ける。

 山道――弟山の砦までの関がいくつも落とされていた。本格的な砦攻めに移るにはまだ数日の余裕はあるはずだ。

 しかし堅牢けんろうな砦だ。城と呼んでも差し支えない石造りのそれは、生半可な攻撃では落とせないだろう。敵も攻城兵器の類を準備しているはず。


 この惑星の攻城兵器についての知識はとぼしい。この際なので、実物を拝見することにした。


 それらしき物を探す。

 貧相な木製のやぐらを見つけた。車輪のついた櫓だ。連なって山をのぼる移動式の櫓に続いて、木材を載せた荷馬車を発見する。積み荷は、組み立て式の攻城兵器のようだ。


 違和感を覚えた。櫓は完成品なのに、木材のそれは組み立てられていない……なぜ?


 AIに命じて、拡大表示させる。

 ぱっと見ではどのような兵器かわからない。


 ヒントになりそうなものを探す。

 荷車の横を歩いている非武装の男が気になって、さらにズームする。男は技師のようだ、手に図面を持っている。その図面を撮影して、攻城兵器の正体を突きとめた。


 巨大な投石機だ。それも飛ばすのは石ではない。人間だ!


 なるほど、読めてきた。引っかかっていた裏切り者たちの行動が一本に繋がる。

 これを発案した人物は相当に切れ者なのだろう。ユニークな発想と、それ実行に移す決断力を兼ね備えた非凡な将だ。


 しかし相手が悪かった。

 私を敵に回したのが不運だったな。もっとも、攻城兵器をつかわせる間もなく撃退する予定なのだが。


 策謀を巡らしていると、リブラスルスが大声をあげた。

「エスペランザ准将、高度確保しました。で、どこに落ちるんですか?」


「少し待ってくれ、気流を計測して安全な墜落地点を探す」


「墜落に、安全もクソもありませんけどね」


「まったくだ。しかし、被害は少ないに越したことはない」


 そろそろアレの出番だな。

 事前に用意した二種類の薬液をとりだす。速乾そっかん性の発泡樹脂はっぽうじゅしだ。数瞬で一〇〇倍にふくらみ、泡状になった樹脂が硬化する。これを緩衝かんしょう材にして、そこへ墜ちる予定だ。


「そろそろ頃合いだな、墜落準備をしろ」


「……墜落前に、確認してもいいですか?」

 怪訝けげんな表情をしたリブラスルスがこっちを向く。


「帝国の爵位の件か?」


「はい、本当に、この任務が終わったら、貴族にしてくれるんですよね」


「ああ、エレナ事務官はスレイド大尉を叙爵じょしゃくしたから、叙爵の権利を失効している。特例ゆえ、帝族といえども乱発はできない。だから権利を有している私が、君を貴族に叙してやろう」


「絶対ですよ」


「嘘は言わんよ。その代わり、優先的に私の頼みを聞いてもらう。無論、タダとは言わない」


「…………その頼みってのが怖いな。俺、死ぬ気はありませんから」


「君も軍人なら腹をくくりたまえ。それとも何かね、愛するお姫さまより我が身のほうが大事だというのか?」


「ち、ちがいますッ!」


 どうやら図星のようだ。他人の色恋沙汰にあれこれ口を挟む気はない。無視して、薬液投下の準備にかかる。


【気流を考慮して着弾予測。そうだな、人気のない開けた場所に落とそう。身体のコントロール権を一部移譲する。投下のタイミングは任せる、着弾予定地をリブラスルスのAIに伝達するように】


――承知しましたマイマスター――


 しばらくしてAIの制御のもと、薬液の詰まった二本の試験管が投下された。若干遅れて、リブラスルスから諦めの声があがる。

「絶対に生き残ってやるぅぅーーー!」


 続けて、耳をろうする凄まじい風鳴りが生まれた。視界に映る世界が盛大に暴れる。


 全身をなぶる風の暴力が心地よい。


 子供の頃、地球で体験したバンジージャンプを彷彿ほうふつとさせる。


 あのときは、最後どうなったのだろう?

 死んでいないのは確実だが、思い出せない。

 まあいい、後には戻れないのだ。


 子供の頃の記憶が戻るよりも先に、地面に激突した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る