第178話 subroutine エスペランザ_チュートリアル②



 当然のことながら、私たち一行は槍衾やりぶすまに歓迎された。


「何者だッ!」

「ベルーガからの使者か?」


 敵のいる方角から来たのだ。こうなってしかるべきだ。これについては打開策を用意してある。


「ツッペ元帥の遣いだ。ここの責任者と話がしたい」


「ツッペ元帥の遣いの者なら、なぜベルーガのほうからやってきた」


「事情を説明してもいいが、いいのか? 末端の兵士が知っていい内容じゃないぞ。最悪、秘密厳守のために始末されることになるかもしれん。それでもかまわないか?」


 ちょっときなくさいことをにおわせただけで、兵士は従順になった。

「そこで待っていろロギンズ様に聞いてくる」


 これはツッペなる裏切り者が王族を殺した後ろめたい過去が尾を引いているからつかえた手だ。非難される暴挙に出るような上官を知っているがゆえに恐れているのだろう。それに国を裏切ったという後ろめたさも後押ししてか、兵士たちに疑う余裕はない。うまくいった。


 しばらくすると、野戦陣地だというのに豪奢ごうしゃな仕立ての服を着た男が来た。おそらく貴族だ。陣地の規模からして、ここの責任者と見て間違いないだろう。


「ロギンズ卿でよろしいか?」


「いかにも、俺がロギンズ伯爵だ」


「卿も知っていると思うが、ベルーガの新王とその血族の暗殺は失敗した。私はツッペ元帥の命で成り行きを報告することになっている者だ」


「ぬぅ、あの知らせは本当だったのだな。破滅の星メギド朱の雫ブラッドフォーリン、二段構えの暗殺だと聞いていたので抜かりはないと思っていたのだが……」


「元帥から次の命を受けている。卿の協力が必要だ」


「わかった。しかし見かけん顔だな。其方はどこの家の者だ?」


「準男爵家の嫡子だ。父は病に伏せっていてね。体調がすぐれないので、私が代わりをやっているのだ」


「なるほどな、どうりで見かけない顔だ。して、俺は何をすればいい?」


「こちらに向かっているベルーガの貴族を殺してもらいたい。最近、よく耳にする成り上がりだ」


「スレイド伯爵とかいう男か」


「そうだ。そいつの邪魔さえなければ暗殺は成功していた。閣下は次なる暗殺のため、障害となる者を排除せよと命を下された。第二王女の婚約者だ。あの男を殺せば暗殺の失敗も薄れる」


 ロギンズは黙り込み、すぼめた唇をせわしなく動かす。


 考え込んでいるな。

 とおよそ成功しないであろう愚策を真に受けるとは……。

 まともな将官なら、二度目は警戒が強まっていると考え別の手を打つのだがな。この責任者なら簡単にだませそうだ。


 しばらくして考えがまとまったのか、ロギンズは小難しい顔で言う。

「そのスレイド卿を殺して、ツッペ元帥が勝利する可能性はいかほどか?」


 商人めいた利己主義な質問だ。革新派の可能性が高い、となると利益をちらつかせれば簡単に釣れるはず。


「勝利するのは容易いことだ。エクタナビアの陥落かんらくは時間の問題。ベルーガは北に蛮族ばんぞく、南に聖王国と迂闊うかつには動けぬ状態。元帥たちが動けぬいま、活躍めざましいスレイド卿を討ち取れば……」


「無能のリッシュを担ぎ上げるような状況だ。暗殺を阻止そししたスレイド伯爵を消せば、あとは王族だけか。悪い話ではないな」


「すでに私の手の者を放っている。すきをつくるため、卿には投降するフリをしてほしい。スレイド伯は抜け目のない男だ。卿の部下には真実を伏せて、投降すると思い込ませていただきたい」


「すでに仕込みは終わっていると……それで褒美は?」


「城一つ。肥沃ひよく土壌どじょうの広がるマロッツェだ」


「あそこに城なんて建ってないぞ!」


「最近建った。聖王国の兵を防ぐ城だ。ここまで話せばわかるだろう。ベルーガの国庫もすでにカツカツだ。手柄を立てるチャンスはそう多くはないぞ」


「そうだったな。マキナの兵站へいたん基地があると聞いたことがある、あれか。いいだろう、その面倒こちらで引き受けよう」


「ありがたい。では詳細をお伝えする。スレイド伯は寡兵かへいとはいえ兵力を有している。私の策に従ってくれれば楽にとらえられるだろう」


「ほう、そのような方法が。それでどうすればいいのだ」


「なぁに、投降を偽って呼び出し、そこを選りすぐりの兵で囲めば良い」


「なるほど。貴族らしからぬ手だが、確実だな」


「すでに呼び出す準備は終えている。このロウシェなる者が案内するので存分に手柄を立てられよ」


 こうして私の仕掛けは終わった。


 翌晩の釣果はめざましく、手柄に目のくらんだ貴族が三人も釣れた。

 ロギンズと愉快な貴族たちは屈強くっきょうな兵士を選りすぐったようだが、我々、宇宙軍の兵士からすれば赤子の手をひねるようなものだ。


 しかし考え物だ。

 いくら戦時中とはいえ相手の身元確認もせずに、会ったこともない者の話を鵜呑うのみにするとは。


 まあ、金儲けしか能の無い買爵ばいしゃく貴族だ。彼らに陰謀いんぼう渦巻うずまく政界で生き残る能力がなかったまでのこと。こうなって然るべきだろう。


 思っていたよりも手間取ってしまったが、戦わずして勝つ――〝兵法〟なかなか面白いロジックだ。私の属するベルーガの敵はごまんといる、〝兵法〟検証の場に困ることはない。

 当面は退屈たいくつしないですみそうだ。



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