第173話 束の間の休息①



 ユリウス辺境伯が兵を招集するまでの間、これといってやることがないので久々のバカンスを楽しむことにした。


 これからに向けて英気を養いたいところだが、ホエルン教官が放してくれない。仕方ないので、女性陣とともにスタインベック領を散策することにした。


 同行者は俺とホエルン教官、ロウシェ伍長、カレン少佐だ。

 久々の惑星調査なのだが、なぜか心が躍らない。


 ちなみにリブとエメリッヒは悪巧みのため、ユリウスの居城にある離れに籠もっている。男だけで何をやっているんだか……。

 ラッキーやマウスたちにも準備が終わり次第休暇をとるよう許可を出している。もちろん、小遣いもだ。


 ロウシェたち宇宙軍の仲間には事前にこの惑星の資料を配っている。なので、物珍しがることはないだろうと思っていたのだが……。


「大尉殿、ちょっと露店を見てきてもいいですか?」

「あのう、ラスティ大尉、私も……」


「いいよ。今日は休みだ。二人とも自由にしてくれ」


「さすが、話がわかるッ!」

「自由行動の許可、ありがとうございます」


 女性二人に小遣いを手渡すと、女子学生のようにはしゃぎながら街へと消えていった。

 ユリウス辺境伯は優秀な統治者らしく、辺境の割に城下町は栄えている。大通りは石畳で舗装され、区画がキッチリ区切られている。街路樹もあるし、広場には噴水やベンチが設けられている。俺の領地にはまだない公衆トイレまであった。


 広場に出ている露店は活気があって、子供たちが笑顔で遊んでいる。治安も良さそうだ。

 規模こそガンダラクシャには及ばないが、いままで見てきたなかではトップクラスだ。


 コーヒーを売っている露店を見つけたので、飲み物を買うことにする


「パパッ、ホエルンあの店が見たい」

 子供みたいにおねだりする鬼教官は、いまだ俺の腕を抱きしめたままだ。成熟した女性の証を、ぐいぐい押しつけてくる。嬉しいイベントだけど素直に喜べない。

 たしか教官は俺より五つくらい年上だったはず……となると三〇オーバーか? コールドスリープを加味した年齢だと、年の差はもう少し……。

 腕に抱きついている鬼教官を見やる。記憶にある士官学校の頃と変わっていない。気のせいか若く感じる。

 案外、


 宇宙の住民はナノマシンの恩恵で、年々寿命が延びている。生命維持装置に接続する例外を除くと、平均で180歳。

 古代史に出てくる人間の平均寿命は、二桁だったらしく、三桁は稀だ。それを考えると寿命は倍ほど伸びている。脳情報を電子化する電脳化という生き方もあるが、あれは効率化の観点から自我が消されていくらしいので、人類という枠組みから除外されている。


 宇宙の豆知識を片隅に置いて、苦手な鬼教官をじっくり観察する。髪をおろすと肩ほどの長さだろうか? 軽くウェーブのかかった髪を高めに結って、若々しく見える。この惑星基準で見ると、二十代半ば……いや二十代前半でも通じるだろう。さすがに二十歳は難しいが、実年齢より若いのは確かだ。

 宇宙軍の教官を務めていただけあって、その肢体は引き締まっている。特に腰のくびれなんかは……。


 鼻の下が緩むのが自分でもわかった。


 おっと、いかん!


 たるんだ心にかつを入れる。


 冷静を取り戻すと、今度はホエルンの催促だ。ぐいぐいと袖を引いてくる。

「パパッ、アレがほしい!」


 ホエルンがお目当ての露店を指で差す。地球産の綿アメみたいなスイーツを売っている店だ。


「買ってあげるから、袖を引くのをやめてくれ」


「わかった」


「一番大きいのをください」


 店主に言うと、彼女とデートかい、とからかわれた。

 本人を前にして否定できないので、曖昧にぼかす。

「まあ、そんなところです」


「待ってな、いまから特大の綿アメをつくってやる」

 見た目だけじゃ無く、呼び方も同じだ。もしやリブが広めたのでは?


 魔道具製の器具の中央に砂糖を入れると、白い糸が渦巻く。店主は手に持った棒で、器用にそれを巻き取っいく。


 その様子をホエルンは、とても驚いた表情で見ている。


 お値段据え置きで通常の五割増しの特大サイズの綿アメをもらった。悪い気がしたので、倍の金額を支払う。


「いいのかい兄ちゃん?」


「ええ、いい思い出になりましたから」


 特大綿アメにご満悦まんえつのホエルンの手を引いて、俺は目当てのコーヒーを購入した。


 空いているベンチに腰かけ、コーヒーを味わう。深炒ふかいりの苦さが染みる。気分的には酸味の利いた浅炒りだったが、これはこれでありだ。焙煎の仕方がいい。エグい苦みじゃないし、あとに残らない。俺の好きなタイプだ。あとで豆を売ってもらおう。


「おいしいけけど、べとべとするぅ~」


 綿アメでベトベトになった、ホエルンの口の周りや手を〈湧水スプリングウォーター〉で濡らしたハンカチで拭いてやる。こんなやり取りを五回ほど繰り返して、綿アメを平らげたホエルンは次の獲物を指さす。


 今度はクレープ、俺の開発したスイーツだ。こんなところにまで伝わっているとは……。クレープの特許はロイさんに売っているから、商業ギルドのネットワークか?


 なんというか誇らしい。俺の開発したクレープがこんなところにまで広がっているなんて。クレープの露店に列はなかったが、客足は絶えることがない。クレープを頬張る人たちの表情はどれも明るい。

 開発者として評価が気になるので、クレープを食べている人に尋ねる。美味そうにクレープを頬張っていた男性客だ。


「あのう、それクレープですよね」


「そうだよ。最近、露店に出るようになったスイーツさ。なんでも東の交易都市の名物らしい。いまや食の都って呼ばれるくらい、美味いものがどんどん出てくるんだと。俺も東へ行きたいぜ。そうすりゃマキナの連中やツッペに悩まされることないのに……」


 ツッペ? どこかで聞いたような……。いいか、せっかくの休日だ、仕事のことは忘れよう。それよりもクレープの評価だ!


「お勧めの味ってあるんですか?」


「味かい? う~ん、俺も初めて食べたからなぁ。どれも美味いって評判だけど、強いて言うならコキアのクレープかな?」


「コキア?」


「ああ、コキアの粉を振りかけたやつさ。ほら、この黒っぽい粉、見えるだろう」


 初対面だが、男はコキアについて教えてくれた。


「ええ、黒っぽい粉がかかってますね」


「昔は薬につかわれてたんだけどよ。この苦みがいいんだよ」


「そうなんですか、試してみます。どうもありがとうございました」


 去り際、男は耳元で「にいちゃん、応援してるぜ」とささやいいた。


 何を応援してくれるんだろう? 意味がわからなかった。俺のことを菓子職人とでも思っているのだろうか? クレープやコキアのことを聞いたのだ。流れの行商人だと間違えたのだろう。


 考え込んでいると、ホエルンに手を引かれる。

 いつの間にか、引っ張っていた手が、指を絡めた恋人繋ぎに変わっていた。


 ああ、これを見たから、応援なのか……。


 納得していると、視界の端に見覚えのある服装が……。


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