第144.5話 subroutine マリン_幸せ 改訂2024/06/10



 ラスティ様と一緒になって、私にある日課ができた。

 それはラスティ様からの贈り物だ。


 切っ掛けは、敬愛する夫――ラスティ様がいつも同じ時間に起きてくるのを不思議に思って尋ねときのこと。


「それはね。目覚ましをつかっているからだよ」


「目覚まし?」


「目覚まし、知らないのか?」


「いえ、聞いたことがありません」


「だったら今度プレゼントする」


 約束してくれたその日のうちに、ラスティ様は目覚ましなる魔道具をプレゼントしてくれた。

 使い方を聞くと、設定した時間になるとアラームが鳴るのだとか。私にくれた目覚ましは特別製で、アラームの代わりに音声を流せるらしい。

 なので、こっそりとラスティ様の声を録音した。


 この間のデートの言葉です。

『……真面目でまっすぐなところが好きだ』

 ああ、ラスティ様♪ 夫の声を聞くたびに胸が熱くなります。この声を聞いているときが、私にとっての至福の時間です。


 一人になったときは、必ずベッドの上でゴロゴロしながら聞きます。


 この音声、不思議なことに私以外は聞こえません。頭に直接響きます。だから何もないときは、いつも聞いています。


 そして思い返すのです! 馬に乗ってのデートを!


 ラスティ様は紳士です! 私に馬に乗れるかどうかも聞かず、ご自身の愛馬に乗せてくれました!

 本当のことを言うと乗馬くらいはできるのですが、あえて黙ってました。

 だってそうでしょう。愛する夫の前に座らされたのですからッ!

 大切に大切に抱きしめてくれて、まるでちょっとしたことでも壊れてしまう宝物のように扱われました。


 あれはまさに至福のひとときでした。


 はふ~ん♥ 愛してますぅ~、ラスティ様ぁーーー♪


 輝きに包まれた至福のひとときを味わっていると、それを不思議に思ったのか……、

「姫様、さきほどから婿殿からいただいた魔道具をいじってばかりですが……」

「それにしていて……何か良いことがあったのですか?」


 気の利かない護衛――クロとシロが尋ねてきました。


「あなたたちには関係ありません。これはラスティ様への愛を確かめる崇高すうこうな行為なのです」


「は、はぁ……」

「…………」


 黙り込む二人を無視して、ラスティ様のお声を堪能しようとした矢先、

「姫様、このまえ婿殿が陛下に宛てた手紙、気になりませんか?」


 クロが気になることを言いました。

 続けてシロが言います。

「実はクレイドル陛下から手紙を預かっていまして……」


「それを先に言いなさい」

 シロから手紙を受け取り、封を開ける。羊皮紙が四枚入っていた。

 そのうち一枚はラスティさまが父に宛てた手紙です。

 手紙が同封されていたということは、私に読めということなのでしょう。


 父王――クレイドル陛下は、こういった遊びを嫌います。国王に宛てた手紙は秘匿ひとくする義務があると考えているからです。


 いつもなら隠すか、焼き捨てるかしているはずなのに、それがなぜ?


 気になったので手紙を読みます。


 書かれていた内容に、手にしていた羊皮紙を落としてしまいました。

「そんな……まさか………………」

 こともあろうに、ラスティ様は離縁をほのめかす手紙を父に送っていたのです。


 内容はこうです。



 マリンはまだ若いので、いましばらく婚姻について保留にして頂きたい。

 俺を選んでくれたのは嬉しいですが。若さゆえの過ちということもあります。

 しばらくの間、彼女が好きなる異性があらわれないか、見守ろうと思います。

 身勝手なこととは思いますが、彼女の幸せを優先させたい想いから、この手紙をしたためました。


           親愛なるクレイドル王へ



 クロが落としたそれを拾ってくれますが、内容を見ようともしません。それもそのはず、ラスティ様がしたためるところ見ていたからです。当然ながら内容も知っていて……。


「おまえたち、知ってて黙っていたのですかッ!」


 怒りがこみ上げてきました。


「姫様、落ち着いて」

「陛下の手紙がまだです!」


「…………」


「何卒、クレイドル陛下の手紙にお目通しを」

「何卒ッ!」


 クロとシロがあまりにもおびえるので、父の手紙を読むことにしました。


 父からの手紙は三枚。これが多いか少ないのか、あまり手紙のやりとりをしない私にはわかりません。


 とりあえず一枚目。

 私に関することばかりでした。


『愛しい我が娘』から始まる手紙は実に二枚にも及びました。

 最初の一文から、父からの愛情を感じました。次から似たようなことが書かれていたので、流し読みして三枚目へ……。


 すべてを読み終え、怒りがこみ上げてきました。


 自分に対する怒りです。


 父も手紙の内容に疑問を感じたようで、西部にあるスレイド領を治めている代理のオズマに尋ねたとのこと。


 最後の一枚にはこう書かれていました。

 私とラスティ様は夫婦になったのだから、どのような行為をしても良い。これは父も認めている。

 しかしながら、ラスティ様の考えはちがうようで、年の差を気にしているようでした。


 だから、私に心から愛する人があらわれる可能性を考えていたようです。

 私のことを第一に考えていたのでしょう。現に、ラスティ様のしたためた手紙には何度も消した跡がありました。

 悩みながら言葉を選んで書いたのでしょう。


 それを見抜けなかったことが、恥ずかしい。愛する人の気遣いを察せなかった自分が……。


 最後に父はこう締めくくっています。




 間違いなくマリンは愛されている。ここまで相手を気遣う男性は見たことがない、と。




 私も同感です。

 すこしでもラスティ様を疑った自分が恥ずかしい。離縁だと間違った解釈をしてしまった自分を情けなく思います。

 なぜ夫を信じなかったのか……。

 いままでにない凄まじい後悔が私を襲います。

 そのせいで、その夜は眠れませんでした。



◇◇◇



 悶々と後悔しながら、朝日を見つめる。

 結局、一睡もできませんでした。

 歯磨きして、顔を洗う。目の下にできた隈に、己の浅はかさを痛切に知る。


 食堂で朝食をとっていると、ラスティ様が向かいに座りました。

「マリン、ここのところ相手をできなくて…………どうした? 目の下に隈ができているぞ」


「これは……その、たまたま寝付きが悪くて…………」


「だったら、このあとすこし眠るといい」


「それは駄目です! ラスティ様のお仕事を手伝えません」


「一日くらいいいよ。俺は無理して働くマリンなんて見たくないし。それに……奥さんに無理させるわけいかないだろう」


 そっぽを向いていましたが、私にはわかります。ラスティ様は恥ずかしいのです。

 でも嬉しかった。


 嬉しいついでに、無理を言いました。

「でしたら、ラスティ様の膝枕で…………そのほうが疲れがとれます」


「…………」


「お嫌でしょうか?」


 夫はしばらく考え込んで、テーブルに身を乗り出しました。

 顔を近づけてきて、こう囁きます。

「今日だけだぞ」


 こうして、私はいままでに無い、最高の寝床を得ることができました。

 愛する人の膝に頭を乗せて、最高の一時を過ごします。


 よく眠れたか? 冗談でしょう。これ以上ない至福のひとときを寝ずに堪能しました。ええ、しっかり脳に焼き付けましたよッ!


 ああ、私は愛されている。

 ラスティ様の膝の上で眠れるのなら、死んでもいい♪


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