第146話 新人歓迎②



 腹ごしらえをすませると、お次は書類仕事。


 執務室に戻って机を見ると、山と積まれた書類が俺の到着を待っている。

 言うまでもなく、補佐役のジェイクと、新人のトベラがすでに控えている


「待たせたな」


「いえ自分もいま来たばかりです」

「私もです」


 普通はそう答えるよな……。特にエレナ事務官に鍛えられたトベラならば宇宙軍式に躾けられていて当然か。


「トベラ伯はこういったお仕事の経験は?」

 書類の山を手で示す。


「それなりに」


「軍事行動、それ関わる運営、築城や開墾といった庶務的なこと、それらすべてと考えてもよろしいか?」


 細部について尋ねると、トベラは困った顔でちいさく手をあげた。


「軍隊の運営については経験がありますが、それ以外はありません」


「了解した。では運営以外についての書類にざっと目を通していただきたい」


「えッ!」


「いきなり書類仕事を任せはしない。トベラ伯にはどのような案件が寄せられているのか、適当に目を通してもらうだけだ。そうだな、雰囲気を掴む程度に考えてくれ」


「りょ、了解しました。……それと敬称は不要です。今後はトベラとお呼びください」


 嬉しい申し出だ。俺も堅苦しい喋り方は窮屈きゅうくつで嫌いなので、この提案は非常に助かる。


「自分は何をすればいいのですか?」


「ソロバンのつかい方は教えたよな。練習に食糧と資材の帳簿を書いてくれ。あとで計算が合っているか確認する」


「帳簿に直接記入してもよろしいのですか?」


「問題ない。間違っていれば訂正すればいいだけだ。そうだな、計算した数字をメモしておく紙が必要だな」


 机の引き出しを開けて、紙をとりだす。俺の開発した紙だ。

 紙の開発にかなり時間がかかってしまったが、納得のいく物が量産できるようになった。宇宙史以前から存在するコピー用紙だ。紙の原形といわれる和紙も開発したが、あれはインクがにじみすぎる。なので、インク滲みに強い洋紙を開発した。同じ紙なので簡単に再現できると思っていたのだが、これがなかなか強敵だった。なんせペーパーレスの宇宙軍でもつかわれている紙なので、使い勝手がよい分、求められる技術も高い。

 ジェイクに渡すのはその書き損じ――裏紙だ。


「よろしいのですかッ! このような上質な紙をつかっても!」


「ただの裏紙だ。いくらでもつかってくれ」


「はいッ、それではただちに帳簿作成にとりかかります」


「焦らなくてもいいぞ。何度も言うが練習だ。間違ってもいいから、時間をかけて計算とソロバンのあつかいに慣れてくれ」


 作業も割り振ったので、書類仕事にとりかかる。

 まとめてみると、早期の資材と調味料補充が数件報告されていた。それ以外は現地調達できるものの、将来的には不安があるとのこと。


 王都を奪い返しても復旧作業が発生するはず。資材や保存の利く調味料ならば多めに購入しても問題ないだろう。大口の買い付けとなると……。ロイさんだな。あそこは信頼できる商会だ。


 近場での購入という手もあるが、物価が高騰しそうで怖い。ロイさんにはお世話になっているし、マロッツェ周辺の物価を考えると、多少割高になっても遠方からの購入が好ましいだろう。

 報告書に受理の印を押して、購入品をホランド商会に委託すること決定。


 資源に関しては俺の領地から買い上げだ。そうだ、領地にいる元傷痍軍人のマクベインに護衛を頼もう。その際に、ホランド商会の商隊も一緒に来てもらえれば護衛にかかる費用はぐっと抑えられる。


 それ以外は特に問題もなく、あるとすれば設備の充実くらいだ。俺の持ち込んだ便利な魔道具が好評なのは嬉しいが、儲けがゼロなので景気よく増やせない。ここのところ連日要望が届いているので、そろそろちゃんとした方針を定めないとな。


 まずは錬金術師だが、この城には魔道具をつくれる人材は少ない。俺とローランくらいだ。マリンも簡単な修繕くらいはできるようになったが、製作はまだ難しい。


 俺は指揮官としての仕事があるので、ローランに丸投げ状態だ。これは悪い傾向だ。

 インチキ眼鏡とはいえ、未成年。過酷な労働を押しつけるのは気がとがめる。目下のところ、ローランは魔道具のメンテで精一杯だ。これ以上の負担はかけられない。設備の拡充には錬金術師の増員が不可欠。

 見習いでもいいから錬金術師の募集もかけておこう。

 受理の印を押して、指示書を書く。


 運営に関する書類は終わった。

 お次は、ジェイクとトベラの進捗具合を確認だ。


 ジェイクは黙々とソロバンを弾いている。移動させた書類の量を見るかぎり、まだ時間がかかるようだ。


 トベラは眉間に皺を寄せて、手にした書類に振りまわされている。どれ、人生の先輩としていいところを見せてやるとしよう。

「わからないところがあれば気軽に質問してくれ」


「あ、あのう。巡回の頻度と待機指示の出ている隊についてなのですが……」


「ああ、それか、わからなくて当然だ。赴任したばかりなんだからな」


「巡回の回数を増やす要望と、待機の兵員を増やす要望が寄せられていますが、どうすればいいのでしょうか?」


 かいつまんで説明する。俺の建てたスレイド城より南は街道と平地しかない。マロッツェの森は要注意だが、いまは魔物を間引いて安全な森になりつつある。自然の鳥獣ちょうじゅうが増えている。仮に聖王国の兵が森を進んだとしてもその獣たちが知らせてくれるだろう。


「獣が知らせてくれるというのは、どういう意味なのですか?」


「鳥が飛び立つんだ」


 宇宙史以前の地球で用いられた古代中期の索敵さくてき方法だ。

 自然界の獣は警戒心が強く、鳥にいたっては人の気配を察知すると飛び立つ習性があるのだとか。それを検証したらピタリと合致した。自然の生みだしたセンサーだ。

 理にかなった方法なので、俺は森に対してそれほど警戒していない。

 一応、兵士の訓練もかねて日に一度は森へ偵察を出しているが、いままで敵を発見した報告はあがっていない。


 暗殺者である破滅の星や闇ギルドなる連中はすでに潜入しているのでいまさらだ。ドローンにも監視を任せているので、多少警戒を緩めても大きな問題にはならないだろう。

 報告を上げてきたのは、おそらく赴任したばかりの兵にちがいない。心配性なのはいいが、俺たちの任務は警戒ではない。この城を守ることだ。


 最低限の巡回と待機をさせているので、書類はこのまま突き返すことにした。

 当然ながらドローンについては秘密だ。


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