第121話 義弟②



 俺の番が回ってきたので、陛下に自己紹介をする。失礼のないように宇宙軍式の自己紹介だ。

「自分は大呪界で辺境伯をしているラスティ・スレイドと申します」


其方そなたがラスティかッ! ラスティ・スレイド、エレナの書簡にあった名だ。我が国の宰相が会いたいと申しておる。宰相が戻るまで逗留してはくれないか」


「陛下の命とあれば喜んで」


「うむ、であれば其方の天幕を用意させよう」


 最後にマリンが名乗る。

「魔山の王、クレイドル・ギゼラ・ガーゼルバッハが一子、マリン・ギゼラ・ガーゼルバッハと申します。以後お見知りおきを」


「なんと! 魔王の姫とな。伝説の存在とばかりに考えておったが、魔族の王が実在するとは……今後は良き隣人として付き合っていきたい。友誼ゆうぎを結ぼう」


「ありがたき幸せ。ときにアデル陛下」


「なんだ」


「教会とのことでご相談があります。よろしいでしょうか?」


「言わずともよい。魔族弾圧のことであろう。教会は厳しいからな」


「……はい」


「案ずることはない。我が国は多宗教国家だ。宰相も宗教に関しては贔屓ひいきすることを考えていない。信仰は平等だ。迫害はくがい弾圧だんあつもさせない。魔山デビルマウンテンの領土はこれからも変わらず魔族が治めるがいい。これで良いか」


「ご配慮、痛み入ります。陛下のおわすベルーガと末永く友誼を結びたく存じます」


「余も同じ考えだ。良き隣人のためにもいまの話、書面に残しておこう」


「陛下のご厚情こうじょうむくいたく存じます。お許しいただけるのであれば、こちらのスレイド卿の配下として活躍の場をいただきたく存じます」


「良きにはからえ」


「はっ」


 収穫は大きかったらしい、マリンは腰だめに力強く拳を握っている。


 ところで、ティーレはいつになったらカーラからのメモを手渡すんだろう? ジェスチャーで知らせる。


「あっ、そういえば姉上から書面を預かっています」


 アデル陛下に近づき、例のメモを手渡す。


「ん? ふむふむ、姉う……カーラがそのようなことを」


「陛下、そのちいさな書簡には何が書かれていたのですか?」


「ティーレ、ちこう」


「はい」


 一度だけ俺に視線をむけて、ティーレは再度、アデル陛下に近寄る。


 気になるな。


【フェムト、聴覚強化。ティーレと陛下の会話だけ抽出しろ】


――盗み聞きですか? プライバシーの侵害ですよ、感心できませんね――


【この惑星での未来がかかっている。頼む!】


――……了解しました――


『姉上、カーラ姉上からの走り書きなのだが……』


『何か問題でも?』


『最後の伯爵への陞爵しょうしゃくは理解できるが、その前にあるガンダラクシャへの帰還命令を消した跡が気になる。アレはこういったこと嫌う女だ。どういう意味か教えてくれまいか?』


『そのことですか。多分、情報を提供したので評価を上げたのでしょう。つかえる人材だと……もっとも、姉上の命令でも夫を好きにはさせませんが』


『夫! 姉上、結婚なされたのですかッ!』


『ええ、精霊様のお導きでラスティ様を伴侶はんりょに迎えました。三度も命を助けてくれた恩人です。精霊様のお導きがなくても、夫に迎えてたでしょう。普段通りというか……姉上は反対しています』


『ぬう、アレは堅物かたぶつだからのう』


 どうやら俺とカーラの相性は最悪らしい


『しかし三度も命を助けられるとは……詳しい事情を知りたいのだが、時間が……』


『そうですねアデルは国王。政務に追われているのでしょう?』


『エレナに助けてもらっている。それよりも姉上、余は姉上の婚姻を全面的に支持する』


『ありがとうアデル、可愛い弟』


『そうだ。余も近々結婚する予定なのだ。最悪の場合、それにまぎれて姉上たちの結婚式もねじ込もう』


『まあ、嬉しいわ。それでアデルのお嫁さんはどなたなの?』


『エレナという女だ』


『駄目よアデル、次からは女性と言いなさい。女って言葉は高圧的に受け取られますよ』


 カーラのときはエレナ事務官の呼び方を指摘しなかったのに……姉妹の仲最悪じゃん。


『うむ』


『噂の女性宰相と結婚するのね。おめでとう』


『ありがとうございます姉上。それと、最悪の場合については他言無用で。二人だけの秘密にしておこう。でないとアレに勘づかれる』


『そうね。それにしてもアデル、いろいろと考えるようになったのね』


『エレナのおかげだ』


『少しはやいけど、祝福するわ。本当におめでとう』


 姉弟の内緒話が終わると、二人の関係は王族のそれに戻った。

「よろしいでしょうか陛下」


「うむ、子細は後日、悪いようにはせん。下がってよいぞ」


「はい」

 ティーレは宮廷人らしい優雅な歩みで俺の横に戻ってくる。


「ラスティ・スレイド。其方、辺境伯であると申したな」


「はい、陛下」


「余の姉――ティーレをく助けたと聞く」


「当然のことをしたまでです」


「その当然が難しい。国が乱れているいまであれば、なおさらのこと。其方そなたの功績を称えて爵位を授ける、辺境伯という爵位を得ているので陞爵だ。今後は伯爵を名乗るがよい」


「ありがたき幸せ、つつしんでお受けします」


「うむ、それと兵を授ける。ノルテ元帥配下の者たちだ」


「ははっ」


 成り行きで、ノルテさんの元部下までも頂いてしまった。なんだろう、トントン拍子に出世しているのに嫌な予感がする。


 アデル陛下との謁見えっけんを終えると、ガンダラクシャのときのようにティーレと離ればなれになってしまった。そりゃあ、王族と貴族という身分差があるので当然のことだけど、ちょっぴりさびしい。


 ティーレも俺と同じようで、悲しそうに眉をひそめている。


 別れ際、俺の手を握って待っていると言ってくれた。


 できるだけはやく手柄を立てて、彼女との仲を認めてもらおう。そのためにも、ノルテさんの部下たちを掌握しょうあくせねば!


 俺はマリンと行くあてのないローランをともなって、新たな任地――ノルテ元帥の元部下で結成された部隊へと足を進めた。


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