第110話 拷問と労い③●



 そうそう、この地球料理に似た料理を開発した人物のことをすっかり忘れていた。工業レベルの低い惑星で、トンネルを掘るような人物だ。さぞかし有能なのだろう。

 正体を突きとめて、こっちに引き込もう。


 そんな魂胆こんたんもあって、注文をとりに来るたびに謎の人物について尋ねるも、ロイの堅い口が開くことはなかった。


 金で動く商人をここまでかたくなにさせるのだ、かなりの人望だ。多彩な才能を持ち、それでいて人望もある。大げさかも知れないけど、間違いなく優秀な人材ね。是非とも引き入れたいわ。


 根気強く、ロイ・ホランドに尋ねること十数回。結局、口の堅い商人は謎の人物について語らなかった。


「明日には攪拌機かくはんきを納入します。それでは……」


 またしても失敗に終わり、ロイはいつものように帰ろうとする。そのとき偶然、ツェリがやってきた。


「これはロイ・ホランド。久しぶりだな」


「……これはこれはツェツィーリア様、ご無沙汰しております」


 私としたことがもう点だった。ホランド商会を紹介してくれたのはツェリだ。彼女なら何か知っているかもしれない。


「ツェリ、尋ねたいことがあるんだけど、時間は大丈夫」


「問題ない。暇を持て余しているから遊びにきたのだからな」


 ロイはなんとなく察したようだ。ハンカチでしきりにひたいぬぐっている。どうやら私の考えは正解らしい。


「ガンダラクシャに料理や便利な道具を広めた人がいるって聞いたんだけど、なんて名前なのかしら? 一度、会ってみたいんだけど」


「ほう、やはり気になるか。とうぜんのことだな。だ」


 まずは性別。男だと判明した。


 ロイは途端にソワソワしだした。落ち着きなく、ツェリに目配せしている。


 それに気づいたツェリは、いつものように堂々と、

「どうした、ロイ・ホランド?」


「あの、いえ、あの方はあまり目立つのが嫌いなようなので。ですから……無闇に名前を出さないようにと頼まれていまして……」


 饒舌じょうぜつな商人にしては歯切れの悪い返答だ。


「たしかに婿殿には、権力者に対して厭世えんせい的なところがあるな。しかし、エレナはこの国の宰相だ。隠し立てしてもいずれ探しあてるだろう」


「ですが……」


「いずれはバレることだ。遅いか、速いか、のちがいだ。ここは下手に黙り込んで機嫌をそこねるよりも、正体を明かしたほうが利口だと思うが」


「……そ、そうですな。一国の宰相相手に隠し通すことはできないでしょう。わかりました。お話しします」


 優秀な男の名はラスティ・スレイド。こことは異なる大陸からやって来たらしく、様々な知識を持っているらしい。なんでも魔術の達人で、カーラの妹ティーレの旦那様(仮)だという。


 魔術の腕に関してはどうでもいい。


 魔法は効率の悪いエネルギー攻撃で、ロスタイムと命中精度の低さが目立つ。レーザー式狙撃銃の攻撃を弾けても、せいぜい一発。有象無象が殺し合う戦場ではさしたる脅威ではないし、絶対の信頼を置ける心強い味方でもない。

 私がほしいのは頭脳だ。優秀な部下がほしい。


 それにしても偶然だろうか? 連合宇宙軍にも似たような名前の士官がいた。だけど、彼の年齢は二十代後半で、こちらは二〇を過ぎたくらいと年齢の差がある。

 ラスティ・スレイドなる士官は、コールドカプセルごと艦から切り離されたはずだ。あそこはZOCが侵入した区画なので、生き残っている可能性は限りなくゼロに近い。


 優秀といえばロビンだ。同じスレイドという家名だし、関係があるかもしれない。


 鈴を鳴らして、優秀な側付きを呼んだ。


「何かご用ですか、閣下」


「あなたの身内にラスティ・スレイドって人、いない?」


「いえ、おりません。ジャック・スレイドという叔父はおりますが」


「じゃあ、ちがうわね。わざわざ呼び出して悪かったわ、さがっていいわよ」


「……それでは失礼します?」


 ロビンの身内でもないと……。考え過ぎかしら?


「ところで、ロイ。そのラスティ・スレイドという人物に一度会ってみたいんだけど、連絡をつけてくれない」


「それは無理な相談です。以前、話したとおりラスティさんは魔山のトンネルを通って北へ行かれました。今頃はカヴァロにいるでしょう」


「行き違いになったわけね。まあいいわ、カヴァロに遣いを出しておきましょう。一度、会いたいと。それともう一点、聞きたいことがあるんだけどいいかしら」


「はい、私に答えられることであれば……」



「難しい質問でございますね。善政を敷かれるのであれば可能かもしれません。ですかラスティさんには、政治のドロドロした世界は向いていないと思います」


「なぜそういう結論に至ったのかしら?」


「なんと表現すればいいのでしょうか。ラスティさんは裏表がなく、人情味豊かな人です。私の孫娘の命を助けて頂いたことや、孤児や傷病軍人に救いの手を差し伸べたことからもわかるように、とても心の優しい方なのです。ですから、政治の世界には不向きだと」


「だったら、相談役なんてのはどう。それなら政治のいざこざと無関係なはずよ」


「閣下がそうであっても、周りはそう受け取らないでしょう」


 なぜかロイはうつむいた。そのほほに冷や汗が伝って、ぽたぽたと床に落ちていく。……ん? 私としたことが、高圧的に話していたみたいね。


「わかりました。ラスティ・スレイドの意志を尊重するよう心にめておきます」


「閣下、発言をお許しください」


「いいわ、話して」


「個人的なことなのですが、ラスティさんは頼まれると断れない性格のようです。ですので、あまり無理強いは……」


 商人のことだから、情報料をせびられるかと思っていたのに、まさかラスティのことをかばうとはね……。素晴らしいを通り越して、恐ろしい人心把握術だ。

 敵に回したくない男ね。


「約束するわ。ラスティ・スレイドに無理強いはしない。でも敵に回らないよう、釘を刺すくらいは大丈夫よね」


「それならば大丈夫だと思います。非常に温厚な方ですから」


「ありがとう。いい話を聞けたわ」


 執務机の引き出しから、金貨の入った革袋をとりだした。

 ロイに投げて渡す。


「あの、これは」


「情報料よ、とっておいて。可能であればの話だけど、ラスティ・スレイドと一度会って話をしたいわ。機会があったら彼に伝えておいてくれる」


「あ、ありがとうございます。閣下からの招待の件、ラスティさんに伝えておきます」


 革袋のなかには大金貨が一〇枚も入っている。超高額のおひねりだ。つかうことはないだろうと思っていたけど、まさかこれをつかう日が来るとは……。かなりの痛手だけど、それだけの価値はある。


 いままでの話ぶりからして、ロイとラスティはそれなりの信頼関係を築いている。ならばその関係を利用させてもらおう。情報だけで大金を支払った、つまりラスティなる男を厚遇する意志があるということだ。ロイは大店おおだなの商人、そのくらいの意図はたやすく読めるはず。

 大金貨一〇枚は、いわば手付けみたいなものだ。


 最悪、取り込みに失敗しても誠意は伝わるだろう。敵にさえ回らなければそれでいい。お金で強敵が一人減るのだから、安い買い物ね。


 とりあえず、未来の敵をお金でやっつけたわけだけど、これから先どうなるのかしら?

 相手の出方を見る必要があるわね。当分はこの砦に詰めていましょう。


 決して、ひと仕事終えて休暇を楽しみたいわけではない。これは業務上必要な残業だ。


 そう自分に言い聞かせて、机に隠しておいたワインとグラスを取り出した。



◇◇◇



 酒とタバコを楽しんでいたある日のこと。

 平穏に思われた私の統治を脅かす愚か者があらわれた。野盗だ。


 野盗を束ねているのは元ベルーガの貴族らしく、盗賊貴族と不名誉なあだ名をつけられた子爵様らしい。


 せいぜい一〇〇人、二〇〇人の小規模な雑兵ぞうひょう部隊。隊列すら組めないあぶれ者たちのあつまりなので、相手にするのが馬鹿らしいんだけど。こいつら、こともあろうに私が栽培さいばいさせているサトウキビ畑に火を放った。


 まさか害虫ごときに、砂糖やラム酒の貴重な原材料を焼き尽くされるとは……。


 いい度胸をしているわね。


 火遊びをする悪い子たちにはきびしい躾《しつけ》が必要だ。それもトラウマに残るような鮮烈で絶望的な躾が。


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