第106話 偽書①●
長い冬も終わり、春。
窓から射し込む日差しのなんと心地良いことか……。
ぽかぽかとした陽気に居眠りしたいのだけど、そうもいかない。
どうでもいい雑務の書類に目を通すというお仕事がある。これ以上ないお昼寝日和にどうでもいい雑務。なんともアンニュイな気持ちだ。
こういう日は無駄に一日を過ごしたい。
宰相という肩書きがなければ、ハンモックに揺られながら、のんびりしていただろう。
そんなどうでもいい日が続く。
執務室にこもっているのもなんなので、小型迎撃ドローンで王都近郊に展開しているマキナの陣地を爆撃した。
防衛用のドローンなので、こちらから仕掛けることはできないけど、ハンドグレネードを落とすくらいの操作は可能だ。
ドローンに撮影させた映像は相変わらずの汚い花火だったけど、なぜかすんごくワクワクした。戦闘狂に目覚めかけているのかしら?
軽率な行動を反省して、黙々と事務作業をする。
実に暇だ。日常生活に
たまに報告にやって来るトベラやアルベルトに軍事のなんたるかを指導して、鈍らないように身体を動かす。
学生時代ぶりの剣の鍛錬に勤しんでいると、珍しくロビンが走ってきた。
「そんなに慌てて、何かあったの?」
「大変です! 国王陛下からの勅命で、ただちに聖王国軍を追撃せよとのこと」
アデルが私に戦争しろと命令するだろうか? あの若い王様は私に首ったけのはずだ。もしかして、別に好きな女ができたとか? うーん、あの性格だとあり得ない気がするんけどなぁ。でもでも、アデルからすれば私っておばさんだしぃ。
非常に複雑な心境だ。
【M2、この勅命が本物か確認してちょうだい】
――了解しました、マイマスター。しばらく時間が必要ですがよろしいですか?――
データ不足だと言われなくて、ほっとした。一応、アデル直筆の書類はいくつかスキャンしてある。文字を覚えるために記録したデータだけど、今回はそれが役に立った。本人による筆跡なのか、鑑定させた結果。
――87%の確率で偽物であることが判明しました。かなりの高い確率で、アデルの筆跡を真似たものだと思われます――
微妙な数字ね。でもM2が偽物という結果をはじき出したのなら、そうなんでしょうけど。
【根拠は?】
――サインに刻まれた
【それってどういうこと?】
――アデルのサインには必ず針で刺した跡があります。それが今回の勅命にはありませんでした――
そういえば、いつもサインをしたあと針でプスプスやってたわね。なるほど偽造防止の細工だったのね。あったまいい。
「ロビン、この勅命は偽物よ。封をしてあった
「偽物ッ! これが? どう見ても本物だと思うのですが」
「いいから、蜜蝋を見せないさい」
封をするにつかわれる蜜蝋には、貴族の紋章が押されている。国王の紋章ともなると特別で、その印は代々受け継がれている。紋章の彫られた指輪だ。アデルは、ぶかぶかのそれをいつも肌身離さず首からぶらさげている。
もし蜜蝋が本物だとすると……。
ロビンが懐から蜜蝋の押された筒を出す。私はひったくるようにそれを奪った。すぐさま指で触れスキャンする。
――国王の印は100%の確率で偽物です。あるべき欠損部分が見当たりません――
奪われた物ではない。アデルの身に危険がおよんでいなかったことを知り、ほっと胸をなでおろす。
しかし手の込んだ悪戯だ。誰の仕業だろう。思い当たる節が多すぎて特定できない。最有力者はリッシュ・ラモンドだけど、国王の持つ印の偽造は大罪であることくらいは知っているはずだ。陛下に目をつけられているの知っているだろうし、こんな大胆な手は打たないでしょう。そんなこともわからない馬鹿には見えなかったから、これは別口ね。
だとすると腹黒の財務大臣? 聖王国と内通しているという噂のある元外務大臣かも、従軍歴の無い軍務大臣という筋も外せないわね。どれも腹芸に長けたアデルの政敵だ。
一体誰なのだろう? 大臣連中が有力候補だけど、アデルのことを快く思っていない奴らはほかにも大勢いるわ。肩書きを与えなかった侯爵連中も怪しいわね。
そうなのだ。カヴァロの城にいる連中ならば、私が王の正妻に収まるであろうことは誰もが知っている。将来の敵を始末したい、といったところか?
いや、それだけではない。マキナのせいで領地を追われた貴族もいる。かなりの数だ。そいつらが金ほしさに勅命を偽造した線も無視できない。
ようするに誰もがしでかそうなことなので、犯人を特定できない状況だ。わかっているのは犯人がアデルとカーラでないことくらい。
謀略を好みそうな
はぁー、ツイてないわー。
「本当に勅命は偽造なのですか」
「偽造よ。インクと紙を持ってきて」
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