第48話 工房の日常●
「素晴らしい! まさに天上の甘露!」
クリームを添えたプリンをご馳走するだけでこの様である。この惑星の女性はチョロい。
アシェさんが
ロイさんは、アシェさんのことを
しかし、こんな人が騎士団長でいいのだろうか? 俺としては不思議でならない。まあいい、ツェリ――腹黒元帥からの監視役だ、扱いやすいに越したことはない。
「こちらもどうぞ、お召し上がりください」
「手で持って食べるスイーツですか? あまり上品な食べ物ではないようですね。……いただきます」
この惑星では素手で食事をすることは下品にあたるらしい。どうりでロイさんの家で出された食事に手掴みで食べる料理がなかったはずだ。けれど
アシェさんは一口クレープを頬張ると、これまた蕩けるような貌で、
「ん~! これも素晴らしい! プリンの滑らかさとちがった味わい。クリームの味が際立っていますね。それにフルーツの自然な甘さと酸味がマッチして、いくらでも食べられます」
絶賛するアシェさんを、ドアの影からローランが覗き見していた。もの欲しそうに指を
「食べるか?」
「食べる食べる!」
角ウサギのような俊敏さで、俺の前まで来ると、はやくくれと言わんばかりに手を出してきた。
「はい、クリームが落ちなように注意して食べるんだぞ」
ローランは無言で頷き、クレープを頬張る。
「ヤバイ、これ超美味しい!」
鼻の頭にクリームをつけて、クレープをべた褒めする。
女性陣二人を飼い慣らすと、今度は男性陣だ。
開発と生産状況の報告を聞くついでに、懐柔を試みる。
「アドン、ソドム、試作機の開発は順調か?」
「釜はできたが、ローラーが難航している」
「金属の筒は問題なく仕上がったけどよ、軸受けがすぐにヘタっちまう」
「そうか、だったら軸受けの素材をいくつか試そう。そのうえで交換式にして、軸受けの強度を上がるよう改造していけばいい」
「ローラーじゃなくて、軸受けの交換か……考えたことなかったぜ」
「工房長は頭いいな。こっちのほうが向いてるんじゃないか?」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、手先がそこまで器用じゃないんだ。職人向きじゃないよ」
紙をつくる機械の開発も順調だ。新しい課題を出そう。
蒸留酒造りにつかう釜の図面をアドンとソドムに渡す。
「今度はなんの釜だ。ヘンテコな形をしているが一体何につかうんだ」
「酒だよ、酒」
「酒だって!」
「どんな酒だ!」
兄弟は酒という言葉を出すなり、身を乗り出してきた。その双眸は血走っていて、怪しい薬でもやっているのではと疑ってしまうほどだ。
「ワインやエールよりもきつい酒だよ」
「おい聞いたかソドム。エールよりもきつい酒だと」
「聞いたぜ兄ちゃん。あの水みたいなエールじゃなくてキツい酒か、やる気が出てきたぜ」
「量産したいから、何個かつくってくれ」
「わかった大至急とりかかる!」
「任せときなッ!」
兄弟の気迫は尋常ではなかった。アルコール中毒か? どうやらキツい酒は需要があるらしい。蒸留酒の販売も見込めるな。
この間、工房を手に入れるのに大金貨二枚飛んでしまったが、残る大金貨は三〇枚。
順調に進んでいるし、このぶんだと三ヵ月と経たないうちに大金貨一〇〇枚は達成できそうだ。
しかし、まさか酒と言うだけでここまで張り切りをみせるとは……。
この兄弟の扱い方がなんとなくわかった気がする。
残るはフェルールだな。
「フェルール、調子はどうだ」
「あっ、ラスティさん。ラスティさんの開発した足踏み式の旋盤とノコギリ台で、生産は順調です。だけど、数が追いつかなくて……」
「もうしばらく待ってくれ、新しい工房を手配している。工房が完成したら人手を雇うから、それまで辛抱してくれ」
「ありがとうございます」
「ところで、ソロバンはどれくらい仕上がってるんだ」
「休み無しでずっと作業しているんですけど、一日の生産数は三〇丁が限界です」
休み無しと聞いてギョッとした。適度に休憩を入れないとフェルールが体調を崩しそうで怖い。俺としてはホワイトな職場環境を提供したつもりだが、指示が行き届いていなかったみたいだ。この際だ、詳しく労働状況を聞くことにした。
「一日に何時間くらい作業しているんだ」
「こちらの工房に来てから、暗くなるまでです」
この惑星の朝ははやい。当然、始業時間もはやく、朝の七時には全員工房にいる。そこから夕暮れよりも遅いとなると……二十時か。食事やトイレの時間を差し引いたとしても、法定労働時間を優に越えている。完全にサビ残、ブラック企業だ。
古代史終期の地球でもっとも繁栄した日本という国が脳裏に浮かんだ。たしか似たような職場環境だったらしい。社畜という奴隷制度をとっていたはずだ。勤勉な種族だったが、その奴隷制度のせいで宇宙史初期には衰退していったと覚えている。
過剰な労働時間は人材を壊す。後進が育たなくては技術も根を張らない。それに社会を知らない子供を酷使するのは気が
俺は金の亡者ではないし、弱みにつけこんで搾取する悪徳商人でもない。そんなわけで、早急に職場環境を改善することにした。
「生産数は少なくてもかまわない。休憩をしっかりとってくれ」
「いいんですか? 商業ギルドから大量の発注がかかっていますが」
「問題ない。どうせ最初は金持ち連中が買い漁るんだ。生産数を抑えて、高く売りつけよう」
「それだと個人の商人には行き渡らないんじゃ……」
「大丈夫だ。新しい工房が完成したら量産体制に移る。それまでは商品の宣伝期間と受け取っておこう。フェルールは身体を壊さないよう健康に注意して頑張ってくれ。職人に限らず、人に替えは利かないからな」
「ありがとうございます。僕、頑張ります」
「いいか、いまのペースで仕事をするなら、昼休休憩に加えて、午前と午後に一時間ずつ必ず休憩をとるんだぞ。それと作業は夕暮れまで。いいな?」
「はい」
ちゃんと理解しているのか不安だったが、一応、ホワイト化の一歩は踏み出せた。あとは折りを見て職場環境を改善していこう。
行き届いていない問題も解決したし、俺も開発作業にとりかかろう。
ローランに頼んで、魔道具づくりについて教えてもらう。とりあえず資料だ。
「いいわよ。まずは手引き書ね。あと上級者のよく読む参考書に、応用、理論、実技書あたりかなぁ……」
「結構あるな」
「それだけ魔道具づくりは儲かるってことよ」
ほんと、ローランってお金が好きだよな。どういう子供時代を送ってきたんだろう。かえって気になる。
「ちなみにだけど、その本はローランの店にもあるのか?」
「ないわ」
魔道具づくりを生業としているのに、専門の書籍を売っていないとか、おかしいだろう。
「魔術師ギルドで購入しないと」
「なんだ。普通に買えるじゃないか」
「馬鹿言っちゃ駄目よ。上級者向けの書籍は高いんだから」
「いくらぐらい?」
「さっき説明した書籍一式で大金貨一枚くらいね」
「そんなにするのかッ!」
「あったりまえじゃない。仕入れ値が安かったらアタシの店でも販売するわよ。ちなみにだけど大金貨一枚っていうのは、ギルド員の割引特典込みの値段よ」
「どれくらい割り引いてくれるんだ?」
「ランクによって変わってくるわ。GランクからDランクまでが一割引で、そこからランクがあがるたびに五分ずつ割引額が増えていくの」
「Bランクだと二割引か」
「Bなんて無理よ。王立魔術学院を出たアタシでもCランクなのに」
「…………ごめん、俺Bランク」
「えっ……嘘でしょう」
愕然とするローラン。証明するために統合したギルド証を見せる。
「えっ、えっ…………ええぇーーーー」
「錬金術は別だけど、魔術師としてBランク持ってるんだ」
「ないわぁー、アタシのいままでの頑張りを返してほしい。それくらい理不尽よ」
「ごめん」
「別に、ラスティが謝ることじゃないわ。だけどねぇ」
さすがのローランも落ち込んだかと思ったが、すぐに復活した。
「等価交換よ。アタシが錬金術について教えてあげるから、ラスティは魔法を教えて」
王立魔術学園とやらを卒業しているので、いまさら必要ないと思ったが理由を聞いて納得した。魔法を覚えるのに金がかかるらしい。平民出のローランは
ピンク髪のインチキ眼鏡だが向学心はあるようだ。その点を評価して等価交換とやらを受け入れたのだが……。
素材を仕入れるにせよ、魔法をつかうのがうまくなれば冒険者としてもやっていけると企んでいるようだ。俺の考えが甘かった。
「だってトロルの首と心臓だけで、小金貨一枚よ。工房開いてちまちま稼いでいるよりは、よっぽどいいわ」
「でも下手したら死ぬぞ」
「馬鹿ねぇ。人生はギャンブルよ。ハイリスク・ハイリターンが華なの」
理解できない理屈だが、なんとなく意味はわかった。ようするにローランはギャンブラーなのだ。
フェルール少年より幾分か年上だが、このインチキ眼鏡娘、どう考えてもハイリスクで身を滅ぼす未来しか見えてこない。人生の先輩として手堅く生きる方法を教えなければ。フェルール少年とは別の意味で目の離せない娘だ。
ほんと、ロイさんの選んだ職人たちは問題のある人ばかり。その分、腕もいいようだが……馬鹿とハサミはつかいようだというし。
考えるのが馬鹿らしくなってきたので、ローランと魔道具づくりの書籍を買いに出かけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます