第21話 インプットとアウトプット● 改訂2024/06/15
旅を通して、俺はこの惑星の文化――文字を習得した。
俺が読み書きできるようになったのはティーレのおかげだ。夜が来るたびに少しずつ文字を教わり、文法や言い回し、魔術書の読み方など、実にさまざまな知識を授けてくれた。
そんなわけで、言語データベースはかなり充実した。おまけに国際情勢も知ることができた。
ティーレを襲った黒い鎧の一団はマキナ聖王国の騎士だと判明した。なんでもマキナ聖王国がこの国、ベルーガ王国を侵略したそうだ。それも同盟関係にあるにもかかわらず、宣戦布告も無しで……。酷い話だ。
そのことを語ったときのティーレは目を赤くしていた。泣くことはなかったが、感情を圧し殺しているのは容易に理解できた。
いまにも泣きだしそうな彼女を元気づけるため、明かせる範囲で過去の話をした。軍での生活のこと、私生活のこと、家族のこと。
「そのとき、あなた様はどうなされたのですか?」
「無我夢中で敵を倒した。そのおかげで昇進したけど、上官と
「
「軍隊じゃあ、当たり前のことさ。なんせ上官の言葉は絶対だからね」
「でも、あなた様は間違ったことをしていないのでしょう?」
「どうだろうね。事情はどうであれ、上官を殴り飛ばしたのは事実だ。全面的に俺が悪い。それで出世コースから外れた。いまとなってはどうでもいい昔の話さ」
話を締めくくると、ティーレは複雑な表情で考え込んだ。そして唐突に言う。
「そういう、優しいところが私は好きです」
本当に唐突だった。不意を突かれた言葉に、顔が赤くなるのがわかる。
「どうなされたのですか、お顔が赤いですよ」
「ちょっと火照っただけだよ」
なんというかズルい。ティーレは俺が赤面するような言葉を無自覚に投げかけてくる。
辛い旅だったが、彼女のおかげで俺の心は軽い。これが一人旅だったと考えるとゾッとする。
孤独は
もし、あの砦で彼女を助けなかったらずっと一人で隠れながら旅をしていただろう。
肉体的には問題ない。しかし心は、精神はどうだ? 孤独に耐えきれず精神がすり減っていたであろう。
それだけではない、言葉以外にも生きる術を教えてくれた。魔法だ。おかげで俺は寂しさから抜け出し、自信と使命感に満ちあふれている。
やりたいこともできた、やることもある。だから前向きに魔法の練習をして、剣を覚えようとした。
それなのに彼女ときたら、
「よろしいのですか、あなた様、そのような技を私に見せても」
やはり俺のことを魔術師と勘違いしているらしい。本当に魔術師なら、ティーレから魔法を教わらないって。フェムトと相談して魔法を改良しただけなのに、えらく驚かれた。
俺はただ、楽に旅ができるように魔法をいろいろとカスタマイズしただけだ。
数少ない食料の角ウサギを狩るのに、わざわざ高出力の魔法をつかっていては食事にありつけない。〈火球〉だと黒焦げになるし、〈氷槍〉〈水撃〉だと可食部分が大幅に減る。〈凍土〉なんかは加減を間違えると、大地と一緒にカチンコチンに凍ってしまって解凍に時間がかかってしょうがない。射程の短い〈発火〉や〈湧水〉は論外だ。
なので、魔法をちょいとアレンジして威力と発射弾数を変えた。
フェムトが魔法はエネルギーだと言っていたのを思い出して、電気理論を応用したのだが、驚くことに成功してしまった。
まさか思いつきで成功するとは……。
俺のアレンジを簡単に説明すると魔法の直列化と並列化だ。
直列化は魔力を大量に消費するが重ねた分だけ威力が増加する。並列化だと、魔力の消費は据え置きで、増やした弾数に比例して威力が減少。
試しに直列化した〈
「あなた様。いまの魔法は一体……」
「威力をあげた〈水撃〉だよ」
「……威力をあげた?」
「こう、魔法を重ねる感じで発動させたんだ。魔力の消費は激しいけど、ここぞというときにつかえそうだろう」
「…………」
「どうした?」
「…………あなた様、伝説の賢者様を超えています」
「賢者? まあ賢いだけの奴よりは俺のほうが上かな」
ティーレは目元を手で押さえ、天を仰いでいる。貧血か? そうか、腕の再生で鉄分が不足してるんだったな。考えるのも辛そうだし、あまり難しいことは言わないでおこう。
その後、狩りで並列化した魔法の試し撃ちした。
ちいさな〈
アレンジしたこの魔法を俺は〈
もちろん、威力を落とした単発でもフェムトに自動標準させれば百発百中になるのだが、男のロマンとしてはガンガン弾幕を張りたいわけだ。
「……あなた様……いえ、もう何も言いません」
「いまの魔法か。カスタマイズした魔法だよ。前回は直列化で、今回は並列化。思いつきで編み出したけど、なかなか使い勝手はいいぞ」
「……その魔法は、私でもつかえますか?」
「練習すれば、つかえるようになるんじゃないか」
「では、教えてください!」
ゴリ押し魔法になってしまったが、ティーレはいたく気に入ったようで、教えてくれとせがんでくる。
どうしようかと迷った挙げ句、フェムトに丸投げすることにした。
【おまえが教えてやれよ】
――……不可能です。ティーレは軍属ではありませんし、私がインストールされた外部野を持っていません。ティーレの体内にあるナノマシンの制御は間接的になっているので、いろいろと問題があるのです――
【わかった。じゃあティーレに外部野を譲る】
――許可の無い外部野の譲渡は禁止されています――
【大丈夫だ。ゴースト三原則だ。一、やむ得ぬ事情によって原隊に戻れない場合、外部野を譲渡できる。二、任務遂行時において生命の危機を感じたとき、ゴーストを譲渡できる。三、不測の事態が発生した場合、外部野を譲渡できる。この場合は一と三が該当する】
――承認できま…………承認しました。ブラッドノア号と交信できず、未知の惑星にいる。たしかに結婚して連邦民になったティーレに限定されますが、第一項、第三項が適応されます――
【じゃあ、ゴーストデータのバックアップの入ったグッドマンの外部野を渡すぞ。もちろん、いかがわしい個人データは消去しろ。そういうの得意だろう?】
――了解しました。ところでラスティ――
【なんだいフェムト】
――この惑星に来てからというもの、どんどん狡賢くなってきましたね。あなたを育てた教官に似てきましたよ――
【やめてくれ、あの鬼教官と一緒にするのは】
――一緒ではなく、上を行っているのでは。あの教官でさえ、帝国法・連邦法は
【冗談言うなよ。あの鬼教官、訓練にかけては法律無視だぞ。訓練生をゴミみたいに扱ってたからな。それに比べたら俺は紳士だぞ、紳士! 嘘だと思うならティーレに聞いてみろ】
――機会があったらティーレに尋ねてみます。あっ、外部野へのゴーストデータ転送、終了しました。もちろん、グッドマン少尉の汚点は消し去っていますので、ご安心を――
【そうだ、言い忘れるところだった。いいかティーレには少しずつアプリやデータを扱えるようにしていくんだぞ】
――なぜいまさら、そんな非効率なことを――
【いきなり全部できたら俺の立場がなくなる。わかったな】
――了解しました。それでいつティーレに外部野を渡すのですか――
【当分はやめておこう。渡すのは……腕が治ってからだな】
――随分とけちんぼなのですね――
【ティーレの脳への負担を減らしたいだけだ。いまは腕の再生に専念してろ】
――なるほど、見事な言い訳ですね――
まったく、ああ言えばこう言う。こいつこそ、この惑星に来て変わったんじゃないか。まあ、魔法の存在する惑星に来たんだ。いまさら自我に目覚めたと言われても驚きはしない。
魔法のお披露目が終わると今度は剣術だ。
グッドマンのアクション映画から抽出した剣術の動きを模倣していたら、真似ているだけなのに驚かれた。
「そのような剣術見たことがありません。どなたから教わったのですか?」
「どなたからって言われても……」
俺が披露した動きは、ホリウッドという地球の映画会社配給の映画に出てくるムキムキマッチョの戦士が、剣の遠心力を利用してどでかい一撃をお見舞いする動きだ。
ほかにも日本の古代劇に出てくる暗殺者の汚い殺しの手口や飛び道具を披露すると、ティーレは面食らったように目を点にしていた。
そういえば、日本の古代劇にも金貨は出ていたな。握りこぶしくらいの平べったい金貨が。この惑星の大金貨もあんな感じなんだろか?
ティーレの質問にぼんやりと答えていたら、なぜか彼女に剣を教えることになった。
「あなた様、私に剣を教えてください。左手でも戦える短剣での戦い方を」
「ん、ああ…………えっ!」
「お願いします!」
左手だけで戦える剣術……そんなデータあったっけ。
グッドマンの映画データを漁る。……あった。これも日本の映画だ。片腕隻眼の剣士が戦う古代劇の映画があった。タイトルは……タニゲ・シャゼーン? 惑星地球、そこにある日本の言葉はマイナーで言語データがおかしい。
日本はあらゆる面で文化水準の高い国だったそうだが、言語体系が非常に複雑で謎に包まれた民族だというのは有名な話だ。すべてを理解する必要はない。片腕で戦う動きだけを抽出しよう。
しかし、意外だ。片腕での戦い方を検索したのに、トリムの趣味のアニメがヒットするなんて。どれどれ中身は……。
この惑星にマッチした片腕剣士のアニメはあった、しかし失った腕に大砲を仕込んでいるのはどういうことだ。砲撃重視でもないようだし……。ティーレには合わないな。これは無しで。
取り込んだ剣術データを基に、ティーレに指導する。
木の枝を剣に見立てて、訓練する。
時折、宇宙軍式のナイフ術も織り交ぜながら、いまの彼女でも可能な戦い方を教える。
彼女はメキメキと上達していった。動きは格段に鋭くなり、判断に迷いもない。
やっと理解した。彼女の本当の力に。
ティーレは自身のことを姉や妹に劣ると言っていた。それは大きな間違いだ。天才に必要な資質を備えている。努力だ。
隻腕になった不利を抱えながら、強くなろうとしている。彼女は純粋がゆえに前向きなのだ。
そんなことをしながら旅をしている間に、彼女の腕の再生も残すは手首から先だけとなった。
◇◇◇
ある日のこと。
「参った、降参だ」
手加減しているとはいえ、一本とられてしまった。
上達が速すぎる。外部野を渡すのは先延ばしにしよう。だって、そうだろう。簡単に俺に追いつかれたら、ティーレに愛想を尽かされそうで怖いんだ。
卑怯な気もしたが、俺は自分のプライドを優先させることにした。
こんなときに限ってフェムトは何も言ってこない。くっ、その気遣いが重い。
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