第5話 惑星調査開始②● 改訂 2024/05/12 06/15
翌朝、野営用の迷彩テントを出ると、肌寒い風が吹きつけてきた。
深呼吸すると、青臭い匂いがした。
不思議だ。コロニーのような無味無臭の大気ではない。
大気を精密スキャンする。匂いの正体は植物の発する物質だった。
「惑星には昼夜の寒暖差があったのをすっかり忘れてた。しかし冷えるな」
知識としてはあったが、一年を通して寒暖差の少ないコロニー育ちの俺には、つい最近まで無縁だった世界だ。
そういえば、惑星には昼夜の寒暖差だけでなく、四季という気象条件もあったな。あと雨や雪、台風もあったはず。コロニーでは存在しない現象ばかりだ。それをこれから経験できると思うとわくわくする。
遭難中の身としては不謹慎な話だが、現状をたのしんでいる。こうも、わくわくするのは子供の頃以来だ。
ドローンが地図を完成させるまで、簡単な調査をすることにした。
原生植物の
棒状の解析機械――スキャナーを構える。
スキャナーは、波長の異なる様々な光線を照射して物質を構成している元素を測定する計測器だ。つかい勝手がよく、
ナノマシン標準装備の
目に入る植物すべてを片っ端からスキャンする。
「フェムト、データベース参照。これはなんて植物だ」
――該当するデータがありました。地球の雑草です――
「雑草という名前の植物なのか。それで毒性は?」
――雑草という分類の植物です――
「? それで正式名称は?」
――毒性はありません。これといって環境に影響のない植物なので、雑草という単語で定着しています。詳しく調査する必要性はありません――
「そう……なのか」
気を取り直して、今度は樹木をスキャンする。
「! フェムト、なかに金属がないぞ。新発見じゃないのか!」
――金属の芯があるのは、コロニーの疑似木だけです。自然界のあらゆる植物は金属の芯を生成しません――
「……そ、そうなのか」
――ラスティ、いい加減に外部野のデータを脳にインストールしてください――
「それだけは嫌だ。断固拒否する」
インストール――外部野のデータを脳に移して、アクセス速度を高める方法だ。
便利なのだが、これをすると趣味やら過去の出来事やら、不要な記憶をいったん外部野に
俺はこの
何事も経験。失敗も経験だ。気を取り直して、調査を進める。
食用可能な植物をいくつか採取して拠点に戻ると、太陽が真上にのぼっていた。ランチタイムを教えてくれる自然現象だ。
サンプリングした植物を、どのようにして食べるのか、外部野にあるデータと照らし合わせる。
硬い木の実は地球のドングリに似ており、アクを抜かないと食べられないらしい。それ以外の葉っぱと柔らかい木の実はそのままで食用可能と出た。
地球産のバジルに似た葉っぱを食べる。大気を濃くしたような青臭い味がした。
「このままじゃあ食べられないな。柔らかい木の実は……」
柔らかい木の実は地球のモモに似ていて、甘く水々しかった。あまりのおいしさに、また採りに行ってしまったくらいだ。
色違いのちいさな木の実も試してみる。
「酸っぱッ! 若干の甘みはあるけど酸っぱすぎる」
――まだ熟し切っていません――
「熟し切ってない。どういう意味だ」
――可食に適した状態まで育っていないということです――
「そんなことまで気を配らないといけないのか?」
――惑星生活をするならば当然の知識です。外部野データのインストールをお勧めします――
「遠慮しておく。……この酸っぱいのは地球でいうところのベリーか。うーん、可食できる木の実でもこれだけ差があるとは……」
外部野に『新世界』のフォルダをつくり、この経験を蓄積させる。
地味な作業だが楽しい。
惑星調査に集中するあまり、時間が経つのを忘れていた。気がつくと空腹で、太陽は大きく傾いていた。
「昼食……じゃなくて夕食の時間だな」
テントに戻り、携行食糧を食べる。
ボソボソとした食感。消化吸収が抜群で、これ一本で一日に必要な栄養が摂取できるという触れ込みだ。カロリーも満点で非常に甘い。
俺としては塩気がほしいのだが、カロリー補給の観点から甘くつくられている。
こればっかりは軍のお達しなので、変えようがない。
なので軍属の者は大抵、塩気のあるお菓子を隠し持っている。
多聞に漏れず俺も隠し持っていたのだが、宇宙のどこかにある母艦の中だ。
「こんなことなら、最終日にとっておいた地球産のポテチをさっさと食べときゃよかったなぁ」
後悔しても遅い。
ポテチのパリパリとした食感とパンチのある塩気を思い出しながら、余韻の残る甘さを水で胃袋に追いやった。
夜にはまだ早い時間だ。
レーザー式狙撃銃に乗せてあるスコープを外して、周囲を観察することにした。
狙撃用だけあって倍率は高く、俺の陣取っている高台からだと一〇キロ先まで見通せる。
周囲を見渡す。石造りの建物が見えた。距離およそ七キロ。なにかの遺跡だろうか?
「フェムト、あの建物は城か?」
――データベースに該当する画像がありました。あの規模からして九九%の確率で砦でしょう。古代人が基地としてつかっていた物に酷似しています――
「だとすると、どこかの国の兵士だな」
――断定は危険です。土地の有力者の私兵という可能性もあります。建物の劣化具合から盗賊の線も捨てきれません――
「なるほど。そういえば古代宇宙史にも書かれていたな。たしか初期だったっけ?」
注意深く砦を観察していると、壁の上に人が現れた。
骨と似たような鎧を着ている。
骨とちがって、肩に
俺の予想であってるじゃん。沈黙するAIに勝利を確信した。
「どこに所属している兵士だろう?」
徽章を支給しているのだから、それなりに大きな勢力だろう。野盗の類ではない。国か、それに準ずる組織だと思うが。
徽章をデータベースに追加する。
人は一人だけでなく複数いた。
今日はあちこち歩き回ったから疲れた。余裕があったらあの砦も調査してみよう。
◇◇◇
翌日、ほどほどに惑星調査をしてから、夕暮れまで休憩をとった。
調査結果は上々だ。植物に関しての調査はかなり進んだ。植物油のとれる木や紙の原材料、美術品の
それ以外にも薬の原材料や化学物質が抽出できる木の実や草花など収穫は多い。ざっくりとではあるものの原生動物の生態系も確認。これだけでも惑星の居住権は主張できるだろう。そう思える成果だった。
残念なことといえば、貴重なタンパク源を確保できなかったことだ。体組織の再生にかなりのタンパク質を失ったので、できるなら補給しておきたい栄養素だ。
携行食糧もかなり減った。ひと月分あった携行食糧が、明日には二十一日分だ。水に関してはさらに深刻だ。一リットル入りのペットボトルが八本と残り半分を切っている。
水と食料。早急に解決しなければいけない問題だ。
しかし言語データの構築に必要な音声サンプル入手も同じくらい重要だ。相手からは丘の上にいる俺のことが見えないようなので、音声サンプルを入手する絶好のチャンスだ。
水と食糧をとるか、音声サンプルをとるか。迷った挙げ句、音声サンプルをとった。
サバイバルキットから光学迷彩のマントを引っ張り出し、音声データのサンプリング準備をする。
いざ、砦に向けて出発という段階で、トラブルが発生した。雨だ。
水滴が光学迷彩マントに付着すると、その部分だけおかしな動作をする。水滴が微弱な磁気を吸収しタイムラグを発生させる。こうなると光学迷彩の意味はない。効果が台無しになってしまう。
自然の恵みである雨は、
これを知らない連合宇宙軍の兵士が、雨にもかかわらず突撃して戦死したのは有名な話で、その不名誉な死は惑星戦での教訓に生かされている。
そんなわけで、大勢の人がいるであろう砦への言語調査は見送りとなった。俺だって命は惜しい。はやく言語調査をすませたいけど、ここは手堅くいこう。
暇なので、狙撃銃に乗っかっているスコープで砦の様子を見ようと思ったら、雨が邪魔でろくに見えない。
つくづくツイてない。
「焦っても仕方ない。急ぐ調査でもないし、気長にいこう」
前向きになったところで閃く。
「そうだ。空のペットボトルがあったな。雨水をサンプリングしよう!」
ペットボトルの口が狭いので、何か雨を受ける物を探していたら、サバイバルキットから雨水回収キットが出てきた。
「こういうキットがあるってことは、雨水って飲めるのか?」
フェムトに質問すると、
――飲用可能な水かどうかは大気汚染のレベルによります――
「で、この惑星の雨水は飲用可能なのか?」
――事前に調査した大気汚染レベルは極めて低い値なので、雨水の飲用は可能です――
いいことを聞いた。
よし、さっそく雨水回収キットを組み立てよう。
嬉しいことに、雨水回収キットは空のペットボトル対応のアイテムだった。ちなみにキットは帝国産だ。連邦の人間として負けた気がするものの、ここはさらっと流しておこう。プライドよりも水だ。
重要課題である水問題も解決しそうだし、明日に備えてはやく寝よう。
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