第4話 惑星調査開始①

 結論から言うと、惑星降下は成功した。


 奇跡的な着陸成功の代償は大きく、降下艇は飛べない船へと姿を変えた。俺も、死体一歩手前といった有様だ。。

 着陸の衝撃で身体のかなりの大部分が損傷した。普通であれば死んでもおかしくないほどの重傷だが、ナノマシンの痛覚遮断と自己再生機能のおかげで命を繋いでいる。


 ちなみに連合宇宙軍の兵士はみな体内にナノマシンを注入されている。

 ナノマシンの恩恵は凄まじく、身体能力、治癒能力、記憶力、判断力などが強化されている。それに加えてナノマシンによる人体強化だ。ナノマシンの恩恵で軍の兵士はちょっとした人間兵器だ。

 そのナノマシンの自己再生機能をもってしても、丸三日間、降下艇内での安静を余儀なくされた。


「ナノマシン様々だな。しかし、大気の成分に問題がなくて良かった」


 降下艇は着陸の衝撃で、いたるところに亀裂が入っている。

 生きているのが奇跡だ。

 降下艇の備品を確認する。

 船にある備品は飲料水1リットル入りが20本、携行食糧がひと月分、医療キット、サバイバルキット、惑星調査用の小型ドローンが一台、降下艇防衛用の自律型セントリーガンが一台。ドローンもセントリーガンも旧式だ。


 積んである荷は確認していないが、予備艇なのでそれほど期待はできない。そもそも調査用の降下艇だ、兵器の類は積んでいないだろう。


「クソッ、命がけで降下したのろくな兵器を積んでない。惑星調査でも護身用にそれなりの兵器は必要なのに、どれもこれも旧式ばかりじゃないか」


 俺の持ち込みは、軍用のレーザー式狙撃銃と、軍服に標準装備の高周波コンバットナイフ、ナノマシン補充用のレアメタル、ナノマシンを生産する軍秘匿のリキッド、非常用の通信インカム。おそらく衛生兵仕様の軍服だろう。ろくな武器がない。

 これが突撃兵や戦闘兵ならばグレネードや予備のエネルギーパックがあっただろう。


 残りの手持ちはAI拡張機能用の外部野。

 自前の惑星探査用の外部野と予備、アマニ、グッドマン、ヘルムート、トリムの計6つ。内訳は惑星調査用の索敵・調査型が二つに、戦闘型が二つ、それと整備型、艦船操作型がそれぞれ一つずつ。

 身体の修復に時間がかかるので、動けるまで外部野のデータを整理しよう。

 空き容量の多いアマニの外部野に全員のゴーストを待避させて、重複する軍事データを消去した。予備の外部野にみんなの軍事データを移動させる。


 プライベートを覗くようで気は進まないが、みんなの趣味データを拝見することにした。

 新米女性士官のアマニは、真面目そうな顔をしていたが実に腹黒い女性だった。趣味データは、合コンや職業別の年収データ、男の落とし方など健全とはほど遠い。清楚系女子だと勘違いした俺の純情を返してほしい。


 次にグッドマンだが、こいつはセクシー&バイオレンスに凝り固まっていた。アクション映画とアダルトオンリーという極めて本能に正直な趣味だった。暇潰しに映画データをいただいた。アダルトに関しては、俺の趣味と合わないようなので放置した。遺族に引き渡す際、黒歴史間違いまその個人データだったが、グッドマンの趣味を尊重して残すことにした。


 ヘルムートに関しては、遺族にレシピを届けるよう頼むだけあって、料理に関するデータが多い。画像やメモなども添付されており、几帳面な彼らしい一面が垣間見えた。


 最後にトリムだが、ただのメカオタクではなかった。アニメオタクでもあり、アダルトマニアでもあった。二次元オタクというべきか、平面世界に注いだ情熱は凄まじい。童顔だったことくらいしかトリムのことは覚えていないが、アダルトに関してはなかなかに凶悪な趣味だった。……なんというかエグい。


「にしてもエグいな。年上の拘束系が好きだったのか? ……この体位、物理的に無理だろう」


 アダルトに該当するデータは放置して、暇潰し用に健全なアニメデータだけいただくことにする。


 ちなみに俺のデータは惑星調査用にカスタマイズした宇宙の歴史だ。といってもほとんどが憧れの地球のデータだ。宇宙史以前の古代の歴史が多い。基本の物理に始まり、工学、化学、地質学、薬学、化学、民俗学、言語学と実に幅広い。趣味のフォルダはほどんど埋まっていない。あるとすれば、購読している惑星旅行の雑誌くらいだ。うん、面白味のない真面目人間だ。


「ううっ、俺って無趣味な人間だったんだ」


 焦ってもしょうがない。


 さて傷だらけの身体癒えるまでの間、映画鑑賞としゃれ込もう。ポップコーンとドリンクは無いが、水と携行食料はある。

 映画を見るだけの日々が三日続いた。

 ただシートに身を横たえているだけなのに、携行食糧がガンガン減っていく。それというのも体組織を再構築するのに栄養が必要だからだ。通常の二倍近く食事量が増えたせいで、たった三日にもかかわらず、食料は六日分減った。


 唯一あった嬉しい出来事といえば、携行食糧にビーフ味があったことだろう。肉系の携行食ではビーフ味はアタリで、ほとんどがポークとチキンだ。稀にハズレのフィッシュもあるが、バナナ味よりはマシだ。

 ビーフといえば、複製器レプリケーターでつくる人工肉の味しか知らない。あれもかなり美味かったが、将官のお偉いさんが「人工肉には旨味が足りない、地球のビーフとは比べものにならない」と言っていたのを思い出す。

 なんでもマツザカという品種のビーフらしい。値段を聞くと、たった50グラムぽっちで俺の二ヵ月分の月給が飛んでしまう嗜好品だ。そこまでの価値がある肉なのか疑問に思っていたが、美食家の将官が舌舐めずりしているのを見ると、値段に似合った価値があるように思える。ま、俺みたいな下っ端士官には食べられない食事だけど。

 しかし、惑星調査の一環で牛を見つけたらどうしようかと真剣に悩んでしまう。


 三日間におよぶ治療生活だったが、自分を見つめ直すのに良い機会だった。

 健康な身体と引き換えに、携行食糧を六日分失ったが、よしとしよう。

 どうせ救援が来ないと何もできないんだ。調査でもして手柄をあげよう。


「おっと、調査の前に母艦と交信だ。俺が生きていることを知らせなきゃ」


 通信用のインカムをかけて、通信専用のアプリを起動する。大気圏を飛び越えられる次元跳躍通信を選択して母艦にアクセスを試みる。

 通信は成功したが、母艦からアクセス拒否された。


「ありえない!」


 遭難信号の受信は帝国法・連邦法でも義務づけられている。それを拒否するとは……。


「母艦はZOCに占拠されたのか? だとしたらマズいな。いまので居場所が突きとめられた」


――そう結論づけるのは早計だと思われます――


「なんでだ?」


――ZOCが艦を占拠しているのならば、ただちに攻撃を仕掛けてくるでしょう――


 空を見上げる。天空に艦の攻撃らしき光りはない。

「そういえば……レーザー砲を撃ってこないな」


――メインシステムに不具合があったのかもしれません――


「だな。だけど用心はしておこう。次からは降下艇をアクセスポイントにしてから通信しよう」


――それが無難です――


 降下艇から救難信号を発信しようと思っていたが、やめることにした。

 現時点でやるべきことはすべてやった。アクセスポントも設定したし、救難信号も送った。ブラッドノア号からの通信を待っていればいい。


 さて、惑星調査に乗り出すとしますか。


 安静にしていた間に、周辺の地形調査はすんでいる。

 降下艇が落ちたのは渓谷のかなり底のほうらしい。水には事欠かないので、ここを拠点にして、まずは周りを調査を始めよう。迂闊に動いて原住民に殺されでもしたら目も当てられない。惑星調査は慎重に、だ。


 周囲に生物がいないか、確認してから降下艇を出る。

 石ころだらけの大地に下り立つ。


「石の惑星か?」


――川沿いです。大気の成分、地質、植物から類推するに地球に似た環境だと思われます――


「地球だって!」


 現状を忘れるほど驚いた。地球といえば数ある惑星のなかでももっとも入星が難しい。セレブのまたセレブが行くような高級リゾート惑星で、軍の高官でさえ移住が難しいとされる。それに比べれば、俺の夢である木星移住なんてちっぽけなものだ。

 そんな惑星に、俺はいる。


「すごいぞ! 大発見だ!」


 未知の惑星を調査した功績で、居住権くらいは主張できるかもしれない。期待が膨らむ。同時に、何か実績を残さねばと焦ってしまう。


 絶望的状況だが悲壮感はない。むしろ胸が躍る。ZOCと遭遇するというトラブルに巻き込まれた不運が、どうでもよくなった。


 ぼやぼやしている暇はない。救援が来るまでに実績を残さねば。


 さっそく惑星調査にとりかかる。

 まずは地図だ。ドローンを飛ばして地図を作成させることにした。測量専用ではないので精度は悪く、作成に時間がかかる。それでもいま立っている大陸の地図くらいはひと月で完成するだろう。

 地図が完成するまでの間、ここで待機だ。


 しかし、川沿いは落ち着かない。もし奇襲を受けたら逃げ場がない。降下艇から離れた場所に仮の拠点を造ることにした。


 降下艇に積んである荷をしらべる。船体修理用のボットとパワードアーム。パワードアームは軍用のパワードスーツとちがって、骨組みだけの機体だ。ドンパチしたら操縦者は間違いなく蜂の巣になる。それ以外には精密調査用の機材があった。

 持っていく必要があるとすれば、備品にあったサバイバルキットと医療キット、携行食糧くらいだろう。精密調査用の機材は……必要になったら取りに戻ればいい。


 俺はこれから必要になる道具一式をまとめると、自立型セントリーガンに載せた。

 自立型セントリーガンの電源をオンにすると、筐体の一部が展開され、蜘蛛のような八本足になった。荒地でも移動可能なユニットだ。隠密性・耐久性に優れ、稼働時間も長い。エネルギー生産パネルも積んでいるので、太陽と月の当たる場所ならば半永久的に活動できる。難点があるとすれば鈍足なことぐらいだ。まあ、防衛用に造られた兵器なのでそこまで期待するのは酷な話だが……。


 少し離れた高台を目指す。

 鈍足の自立型セントリーガンに速度を合わせて歩いたので、高台にのぼるまで一時間もかかってしまった。

 そうしてたどり着いた高台だが先客がいた。


 骨だ。

 人形の骨。


「この惑星には人間がいるのか。大気物質から可能性も視野に入れていたけど、まさか本当に人間が生息しているとは……」


 詳しくしらべる。遺伝子情報は99.97%人間のそれと合致していた。


「軍事条約にあった第三の存在だな。この惑星の住人は法律が適応されるのか、やりづらいな。文化レベルは? 交渉するなら言語体系をしらべないと」


 その骨は、昔、博物館で見た金属の服を着込んでいた。数千年前に実在した鎧という歴史遺物に酷似している。

 博物館で見たのと同じように剣や弓があったが、見たことのない未知の物があった。短い杖だ。先端にはゴツゴツした宝石のような物体が嵌め込まれていて、微かに光っている。


「放射性物質とかじゃないよな」


 調査用の機材からスキャナーをとりだし、宝石のような物体を検査した。


「人体に異常はないようだな。だけど、なぜエネルギー反応が出るんだろう?」


 気になったので、宝石のような物体を杖からほじくり出して、サンプル保存用のケースに入れる。

 身体が本調子ではないので、その日ははやく寝た。

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