第2話 プロローグ②

 艦橋までの距離が半分にさしかかったところで、俺は曲がり角に引きずり込まれた。


 レーザーガンを構えると、

「よせっ、俺は味方だぞ!」

 見覚えのある顔と再会した。


「グッドマン、生きていたのか!」


 士官学校の寮で同じ部屋だったグッドマンだ。黒人系コロニー移民で、モヒカンの似合う精悍な顔つきの軍人。バリバリの戦闘員で、ここぞというときに頼りになる。


「ラスティ、おまえ、いつから艦隊所属に戻った。惑星調査課に行ったんじゃなかったのかよ」


 指摘されて気づく。慌てて着た制服は艦隊所属のそれだったことに。両サイドのラインの色がちがう、惑星調査員の緑ではなく、戦闘員の赤だ。間違って、戦闘員の着る軍服を着てしまった。


「話すと長くなる。それよりもなんで俺を引きずり込んだんだ」


「艦橋を目指してるんだろう」


「そうだけど」


「艦橋周辺は激戦地だ。近付くと巻き添えを食うぞ」


「えっ、やつらコールドスリープ区画から侵入してきたんじゃないのか?」


「別口がサブジェネレータから来やがった。俺らは合流を阻止するためにここで待ち伏せしている」


「俺も戦えってことか?」


「馬鹿野郎、調査員は別口だ。カーゴへ行って脱出艇を守ってくれ。最悪の場合、必要になる」


「わかった」


 カーゴへ向かおうとする俺の腕を、グッドマンが掴む。


「持っていけ」


 外部野をさしだす。


「グッドマン、もしかして、おまえ……」


「勘違いするな、サブの外部野だ。こんなところで死ぬ気はない」


「えっ、ゴーストを遺族に届けるんじゃないのか?」


「人の話は最後まで聞け。カーゴに入るのにアクセスキーが必要なんだよ。ここに入っている。それにおまえ、操船データ持ってないだろう」


「うっ……持ってない」


 俺は基本的に戦艦に関するデータは持っていない。一応、砲術データは持っているものの惑星仕様だ。要するに俺は、宇宙ではつかえない男なのだ。


「いいか、おれの個人データだけは絶対に覗くなよ」


「覗かないって」


「絶対だぞ。アクセスログが見つかったら訴えてやるからな」


「覗かないって、もし覗いたら帝国法の個人情報ナンタラってやつで豚箱にぶち込まれるって」


「そうだな。ところでラスティ、そんなオモチャ捨てちまえ。ZOCには歯が立たないぞ」


「言われなくてもわかってるさ。手持ちがこれしかないんだ。仕方ないだろう」


「2ブロック進んだところに娯楽室がある。ビリヤード台の下にマルチバレット式ライフルの入った箱が置いてある。くれてやる。いいか、くれぐれも実弾で撃つなよ」


「すまない、恩に着る」


「ZOCを殲滅したら、あとでタバコをご馳走しろよ」


「おまえ、あんなもん吸うのかよ」


「ああ、俺の大好物だ。持ってるのを全部寄越せ」


「俺は吸わないからいいけどさ」


「約束だぞ!」


「わかったよ。……死ぬなよ」


「おまえもな」


 同期の友人と別れて、カーゴを目指す。途中、娯楽室に立ち寄ってマルチバレット式ライフルを手に入れた。忘れないうちにバレットタイプをレーザーに変更する。


 AIの示した順路に従い、無重力空間を泳ぐように進ぐ。

 たまたま手をついたドアが、唐突に開く。なかから迎撃ボットがあらわれた。

 ZOCに乗っ取られている可能性を考慮して、レーザーライフルを構える。


――大丈夫です。有線タイプの迎撃ボットです。ZOCのハッキングは効きません――


 ほっとした安堵感から、ボットを軽く指で弾く

 瞬間、ボットの一部が吹き飛んだ。


「俺じゃないぞ!」


――ラスティ、なにを言っているのですか、ZOCです――


 振り返ると、地球に生息しているゴリラみたいな巨体が通路を塞いでいた。

 素手でも人間を殴り殺せそうな凶悪な風貌だ。機械人間と呼ばれるだけあって、人体をパーツにしている機械の身体は、さながら金属と生身のパッチーク。


 すっぴんで立っているだけでも脅威を感じるのに、ZOCは腰だめに重そうな兵器を構えている。馬鹿でかい兵器だ。手に入れたマルチバレット式ライフルがオモチャに思えてくる。


「人間ハッケン、タダチニ排除スル」

 兵器の先端に光があつまる。


 やばい!


 反射的に真上に跳んだら、ZOCの銃口もついてきた。


「嘘だろおい!」


 タイミングを計ったつもりだったが、俺の予想より発射速度は遅かったようだ。


 死を覚悟した瞬間、ZOCの頭に赤い閃光が突き刺ささる。


「ぼやぼやするな。はやくこっちに来い!」

 声の主の指示に従い、進む。

 声の主は、カーゴの分厚い隙間から銃口を出していた。


「いま開ける」


 頼もしい分厚い扉がゆっくりと開く。

 人が一人通れるほどまで開いたら、一気に身体を滑りこませた。


「なんだ、ラスティか」


 今度の声の主もまた俺の同期だった。

 ヘルムート。サイドを刈り込んだ長髪のニヒルな男だ。射撃の腕はピカイチで、士官学校時代に歴代最高のスコアを叩きだした狙撃のエリートだ。


「助かったよヘルムート」


「礼はいい。それよりもゴーストと個人データを家族に届けてくれ」


「なに言ってるんだよ。おまえピンピンしてるじゃないか」


 ヘルムートは力なく鼻で笑う。


「俺としたことがドジ踏んじまった。ZOCの浸蝕弾だ」


 浸蝕弾。ZOCが開発した対人間用の切り札だ。

 ZOCの機械化に対抗して、人類はナノマシンをとりいれた。そのナノマシンを乗っ取り被弾者を死に至らしめるのが、浸蝕弾の特徴だ

 ヘルムートの肌は被弾したとおもぼしき箇所から赤黒い線が放射線状に広がりつつある。皮膚の下で蠢くそれは、ナノマシンを乗っ取っている証拠だ。


「…………ワクチンは?」


「効かない。俺が食らったのは新種だ。外部野には俺のあつめた地球料理のレシピが詰まってる。家族に、妻に渡してくれ」


「ああ、わかった」


「しみったれた顔するな。エネルギーパック、持ってるか?」


「二本ある」


「くれ。代わりに俺の狙撃銃をやる。いずれ押し寄せてくるだろうからな。レーザー式狙撃銃よりアサルトライフルのほうがいい」


「ああ、形見にもらってくよ。……これも家族に届けるのか?」


「ゴーストとレシピだけでいい」

 そう言うと、ヘルムートはタバコをとりだし、火を点けた。

 美味そうに紫煙をくゆらす。


「わかった。必ず届ける」


「じゃあな、ラスティ」


「またなヘルムート」


「またなはないだろう。俺はこれから死んでいくんだぜ」


「俺もいずれそっちに行くよ」


「急がなくてもいいぞ。ゆっくり来い」


「わかった、ゆっくり行くよ」


 ヘルムートとの別れをすませると、俺は脱出艇の確認に走った。

 脱出艇を押さえても、動かなければ意味はない。それに緊急発進しなければいけない事態に直面するかも知れない。ならば事前にシステムを立ち上げておいたほうがいいだろう。


 そう思って、脱出艇を探したのだが……。格納庫はガランとしている。すでに飛び立ったあとのようだ。


「勘弁してくれよ……」


 広い格納庫を隅から隅まで探してやっと見つけた。

 惑星調査用の予備機体。旧式の惑星降下艇だ。それも一機だけ。

 兵装を積んでいないどころか、ジェネレーターが貧弱すぎてまともに宇宙を飛べない。脱出ポッドに毛が生えたような船だ。


 落胆していると、そのボロ船に光りが灯った。

 降下艇に入ると先客がいた。袖のラインの色からして技術の人間だ。


「つかえそうか」


 声をかけると、先客は飛び上がって大声をあげた。

「助けてぇーーーー」


「安心しろ仲間だ」


「よかったぁ。僕は技術のトリム。あなたは?」


 癖っ毛の小柄な男だ。学生でも充分通用するくらいに童顔だ。弟みたいに人懐っこく話しかけてくる。軍には向いていないなと思った。


「ラスティ・スレイド大尉だ」


「大尉、ってことは見捨てられてないんだね」


 技術だけあって頭の回転は速いらしい。兵士ではなく士官が来たので生き延びることができると思ったのだろう。俺だったら将官についていくけどな。


「トリム、脱出の準備だけはしておいてくれ。もっともこの船じゃあ、宇宙に出ても遭難確実だけどな……」


「安心してください。惑星の重力圏内に出たので、助かります」


 惑星のそばにワープアウトした? 朗報だ。生き残る可能性が出てきた。

 期待に胸を膨らませるさなか、メインシステムからの報告が届く。


――第3カーゴ、300秒後にパージします。繰り返します。第3カーゴ、300秒後にパージすます。カウント3……2……1……開始――


 ZOCが侵入しているんだ。艦の安全のためにパージするんだろう。予想はしていたけど、乗組員ごとパージするなんて大胆だな。まあ、第三カーゴには脱出用の船もあるし、当然の処置か。問題はこのポンコツで惑星に降下できるかどうかなのだが……。宇宙を漂って救助を待つのも手だが、降下艇に余分な酸素はない。ZOCとの交戦が長引くようであれば酸欠で死ぬ可能性も出てくる。味方の早急なZOC殲滅に賭けるか、それとも惑星降下に賭けるか。迷うなぁ。


 などと考えていたら、速報が飛び込んできた。

――ZOCにより第三カーゴは占拠されました。パージ後、60カウントで爆破します――


「嘘だろう!」


 爆破が実行されるということは、乗組員が死んだものと考えているのだろう。前線で戦っている兵士を見捨てるなんて、まったくなんて上官たちだ!


 今後の方針が決まった。いや、決められたと言うべきだろう。俺たちにはもう惑星降下しか、生き残る道はない。早急に宇宙へ飛び出し、惑星に下り立たねば!


「大変だ、はやく脱出用のゲートを開けないと。ラスティ大尉、脱出艇のシステム確認お願いします」


「そんなこと言われても、俺の外部野には……」


「大丈夫です、僕の持っている予備の外部野をお貸します。それで調整は可能なはずです。立ち上げはほぼ終了しているので、計器類に異常がないか最終確認と生体認証をお願いします」


 強引に外部野を握らせると、トリムは離れた場所にある操作台に飛んだ。無重力空間での活動に慣れてないようで頼りなかったが、出ていった者をわざわざ呼び戻すのも悪い気がした。


 艦載カメラでヘルムートを確認する。

 ゆるいペースでレーザー光が明滅している。交戦中だが、敵は多くないらしい。


 慌てずに、システム情報を確認する。特に異常はないようだ。前任者のプロテクトもかかっていない。


「ふう、終わった」


 トリムのほうも終わったようだ。ゲートを開く警告ランプが明滅している。

 いつでも飛び立てるように、センサー類をONにする。次の瞬間、カーゴ内に複数の生命反応が出た。


 慌てて、へルームトにカメラを切り替える。

 レーザー光はまだ断続的に明滅している。しかし、背後から忍び寄るZOCには気づいていない。


「フェムト、迎撃ボットに指示を」


――無理です。ロックがかかっていて、無線ではボットを操れません――


「有線タイプが有るだろう!」


――すべて破壊し尽くされました――


「くそっ!」


 そういえば、ゲートを操作しているトリムは? 警告ランプが明滅しているってことは、ハッチを開くのには成功したはず。せめてトリムだけでも助けないと。


 船外に出ようとしたら、ハッチの操作台に倒れ込んでいるトリムを発見した。その周りには大小無数の赤い球が浮いている。


 遅かったか!


 危険を感じて、ゆっくりと船内に戻る。

 突如、下りている降下艇のハッチの隙間らか腕が生えた。

 赤黒いZOCの腕だ。

 手探りで俺を探す腕をヘルムートと交換した狙撃銃で撃ち飛ばした。


「フェムト、降下艇の入り口を閉じて、このまま出せ!」


――出航用のゲートがまだ開ききっていません――


「いいから出せッ、強行突破だ。じゃないと俺たちも宇宙塵デブリになるぞ」


――それはいけません。ただちに発進します――


 機体損傷そっちのけで、俺は宇宙に出た。

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