はじめての惑星調査任務ですが、どうやら失敗したようです。
赤燕
§1 惑星調査、総員一名! main routine ラスティ(2023/2まで 毎日更新予定)
第1話 プロローグ①● 改訂2024/02/28、05/12 06/15
――連合宇宙軍規約――
軍事条約に基づき、すべての軍事行動において帝国法・連邦法が適用される。
ただし、緊急時においては帝国法・連邦法よりも人命を尊重するものとする。
人命は以下に掲げる者が該当する。
一、帝国人であること
二、連邦人であること
三、遺伝子情報が99.8%以上人類と同じとする者
連合宇宙軍に入隊して最初に覚えさせられる、軍人あるあるだ。
この条約を口頭で求められる場は多い。
いまの俺なんかが、その実例だ。
「ラスティ・スレイド大尉 連合宇宙軍規約を暗唱してください」
眠りから覚めたばかりの俺に話しかけてきた。若い女性の声だ。
意識はクリアなのだが、神経伝達のレスポンスが遅い。まだ光に慣れていないせいもあって、瞼は閉じたままだ。
ゆっくりと指を握っては開きを繰り返す。
だいぶと神経伝達のレスポンスが速くなった。
顎の筋肉を意識して発語する。
「連合宇宙軍、軍事規約――――」
一字一句間違えることなく暗唱すると、今度は口頭でのやり取り。記憶に乱れがないかのチェックだ。
「次は記憶野の検査をします。所属の艦隊と担当部署をお願いします」
記憶野というのは脳のことだ。軍属は医学用語を避けて、あえて記憶野と呼んでいる。外付けの補助記憶装置――
「一〇三星系、第七二調査師団 惑星調査課 降下班 ラスティ・スレイド大尉」
「
口頭で確認してから、端末を指で叩いていく。
それが終わると、お次はテスターによるメディカルチェックだ。
コールドスリープカプセルの蓋が開いたのだろう。瞼越しの光を強く感じた。
入隊して間もない頃を思い出す。
俺も似たようなことをやらされたっけ。あのときは失敗したんだよな。視覚検査用のテスターを。
「あっ、すみません。視覚検査用のテスターを忘れました。しばらくお待ちください」
若い女性は、コールドスリープカプセルの蓋をとじた。ロックはされていない。
本来ならば、カプセルを離れる場合、ロックをかけなくてはいけいない。なんらかの拍子に疑似重力装置が停止するかもしれないからだ。それを怠るとは、この女性は昔の俺よりもおっちょこちょいらしい。おそらく新米の士官だろう。
新米であろう女性士官がテスターを探しに部屋を出たので、これから降下する惑星について思いを馳せる。
なんせリゾート惑星ランキング1位の座を奪われたことがないくらいだ。
そんな誰もが憧れる惑星だけあって、ツアーの値段は馬鹿高い。俺の
しかし、俺にも運が向いてきた。この惑星調査で功績をあげれば、地球旅行の報償がもらえる。
だから惑星調査に志願した。士官学校で誰も見むきもしない惑星調査の単位を取った甲斐があるってもんだ。
幸運の風は俺に向かって吹いている。
そんなことを考えながら、うっすらと瞼を開く。
徐々にではあるが、視界が鮮明になってくる。見飽きた無機質な艦内のお出ましだ。
視覚機能も問題無さそうだ。
カプセルを出てもいいが、それだと女性士官が任務未達成で困るだろう。
レディーファーストを重んじる俺は、じっと待つことにした。
とはいえ待つのは暇だ。カプセルのガラス越しに部屋を眺める。
閑散とした部屋だ。医療セクションではないので、医療機器の類はない。標準設備の壁に備え付けられた非常事態用の武器と医療キット以外は、覚醒待ちのカプセルとそれを移動させるアームだけ。
可動式のハンガーラックにかかった制服だけが、これから繰り返される味気ない作業を思い出させてくれた。
「惑星情報は脳に直接アップロードさせられるのか? それとも外部野支給か?」
現代の宇宙社会において、知識の蓄積はデータのダウンロードが主流である。
ちなみに義務教育制度は宇宙歴以前から存在している。社会に出るまでは普通に学校に通い、普通に知識を詰め込むのは現在も残る古典的な学習方法だ。
一時期、義務教育もデータダウンロードだった時期があるが、政府は個人としての自我が薄れるという理由で廃止した。実際、義務教育ダウンロードを受けた者たちは、没個性の機械的な人が多い。いわゆるハーフドローン世代だ。
機械的に物事を処理して常に合理的な答えを取捨選択する、面白味のない世代だ。
その社会現象を政府は重く受け取ったようだ。敵対勢力の
そんな事情は俺みたいな下っ端士官にとってはどうでもいいことなのだが、俺としては非常に真実を知りたい。物事を探求する
室内に視線を彷徨わせていると、目的のものを見つけた。
俺専用の外部野だ。
外部野は軍人として必要な知識とそれをサポートするAIが詰め込まれている。訓練方法、格闘術、サバイバル術、戦闘術、戦艦の操作全般。ほかにも様々なデータが収録されているのだが、情報量が膨大すぎて持て余している。そんなわけで、中身を知らないデータファイルが多い。
必要な時に、必要な情報をAIにピックアップさせて、そのつどアクセスすれば事足りる。
それら便利ツールに加えて、外部野にはゴーストが記録される。
ゴーストは兵士が死の間際から、遡って三日間の記憶を記録した
それら以外にも、兵士たちの個人データが収録されているのだが、それがもっとも容量を多く占めているのは暗黙の了解とされている。これは宇宙歴初期に発明されたスマホを利用した娯楽の名残らしい。
「うん、外部野も問題なし。それでは久々にアクセスしてみますか」
頭のなかで、外部野を強く意識する。
俺にだけ知覚できる言葉が返ってきた。
――おはようございます、ラスティ。気分はどうですか――
第7世代型サポートAI、プロジェクトネーム〈フェムト〉は問題なく起動した。脳に直接干渉してくる
喋るのが面倒なので、
【おはようフェムト。俺は何年くらい寝てたんだ】
――30年と2月26日18時間7分32秒です。当初の予定から5年と7月21時間34分19秒遅れています――
妙だな。調査する惑星の位置は事前に割り出していたはずだ。それでこの遅れは大きすぎるような……。
【原因は?】
――ZOCの艦隊を迂回したためです――
【またあの機械人間どもが仕掛けてきたのか?】
――交戦することなくやり過ごせました――
【ならよかった】
ZOCの思考パターンは単調だ。敵を発見すると必ず、交戦を仕掛けてくる。その際に、二、三隻だけ原隊に戻す習性がある。交戦した艦隊が全滅したら、全滅した以上の数を引き連れて攻めてくる。そうやって敵対勢力を虱潰しにして宇宙域を占領下に置いていくのだ。
原隊にはマザーと呼ばれる司令ユニットが存在していて、そのマザーと並列化することがZOCにとって至高の喜びらしい。
そんなイカレタ行動原理なので、あの機械人間どもは生に執着していない。テロリストまっ青な自爆攻撃を、毎朝歯を磨くようにナチュラルに仕掛けてくる。
【ZOCとの交戦確率は?】
――発見されていないようなので、現在のところは限りなく0%です――
やっかいな連中と関わることがなかったようなのでほっとした。
ちょうど、女性士官が戻ってきたので、フェムトとの交信を切断した。
「すみません。テスターを探すのに手間取っちゃっ…………キャーッ!」
突如、艦が揺れた。
俺が乗っている『ブラッドノア』はSD《スーパードレッドノート》級の戦艦だ。惑星調査にはオーバースペックな艦で、五重の防御シールドをぶち破るにはBB2級以上の火力が必要なはず。威力偵察なんてチンケなもんじゃないぞ! ZOCの主力艦隊と遭遇したのか?!
――ラスティ、敵襲です! ZOCの艦隊に捉まりました――
「さっき交戦確率は0%って言ったじゃないか!」
――訂正します。交戦確率100%です――
悪い予感があたった。こうなると、次に起きるのは……。いや、やめておこう、考えると現実になりそうだ。
揺れは断続的に続き、そして一際大きな揺れがやってきた。
その衝撃で女性士官が倒れる。
それと同時に、恐ろしい情報が頭に飛び込んできた。
――疑似重力装置大破! 重力停止します――
慌てて手足を伸ばし、カプセル内に身を固定する。
衝撃が消え去らぬうちに重力が消失した。慣性は残り、その結果……。
外にいた女性士官が壁に叩きつけられる。
慌ててカプセルを飛びだして、彼女を抱きかかえる。
「大丈夫か!」
「…………」
曲がってはいけない角度に首が曲がっていた。
ナノマシンに修復を急がせようとしたが、神経だけでなく脳の損傷も激しい。
連合宇宙軍規約に基づき、彼女の腰にある外部野を回収する。
データを覗いて、初めて彼女の名前を知った。
「アマニ、いい名前じゃないか。好みのタイプだったのにな」
即死だったのがせめてもの救いだろう。俺が入っていたカプセルに彼女の遺体を安置して、現状を確認することにした。
「戦況は?」
――不利です。ウィラー提督が
「逃げ切れるのか?」
――可能性は不明です――
不明? AIにしてはおかしな返答だ。
「なぜ不明なんだ?」
――ワームホール近辺で力場が乱れています――
「おい、それって禁則事項だろう!」
――はい。到達宇宙域が不明なランダムワープになるでしょう――
「過去の成功例は?」
――概算で0.0007%だと推定されます――
「嘘だろッ! 調査惑星を目の前にして、そんなバクチに出たのかよ!」
――現状、これ以外に手立てはありません。ほかに手があるとすれば降伏ですが、ZOCは捕虜を生体部品にするでしょう。過去の事例から、かなりの高確率で予想されます――
やり取りをしている間にも次元跳躍は始まり、そして次元を跳んだ。
身体の内外をひっくり返されたような不快が突き刺さる。
そのさなか、緊急を知らせる情報が脳に届いた。同時に部屋にある赤い回転ランプが大げさに作動する。
――全乗組員に告ぐ。ZOCの侵入が確認された。総員戦闘準備をととのえろ。繰り返す。ZOCの侵入が確認された。総員戦闘準備をととのえろ――
最悪の知らせだ。
それで問題のZOCはどこに侵入したんだ。いや、なぜ侵入を許したんだ?
無意識で強く念じたのだろう。思念を拾ったフェムトが答える。
――最後の衝撃の時です――
「でかいのがあったな。それと侵入がどう関係してるんだ」
――ZOCの戦闘員が次元潜行魚雷で乗り込んできた模様です――
「カミカゼかよ。……で、着弾箇所は?」
――コールドスリープ区画です――
「すぐ隣りじゃないか!」
慌てて非常事態用の設備を漁る。出てきたのは暴動鎮圧用のSP9型レーザーガン。実弾タイプの散弾銃もあったが、無重力空間でこれをつかうのは自殺行為だ。反動で壁に叩きつけられる。
仕方ないがレーザーガンを取った。無いよりマシだ。
アマニの持っていた液晶パッドを拝借して通路をモニターする。
ZOCはまだコールドスリープ区画を出ていない。チャンスだ!
手近にある服に袖を通して、外部野を腰にセットした。
とりあえず安全そうな艦橋を目指そう。
フェムトにナビを任せ、俺は部屋を飛びだした。
壁にある無重力時移動用のコンベヤーにベルトから伸ばしたフックをかけるも、引っぱられる気配はない。
ハッキングはZOCの得意技だ。この区画のシステムにハッキングされたのかも知れない。
「ZOCにコントロールを乗っ取られたのか」
――メインシステムから切り離されています。おそらくコンベヤーが作動するまえに切り離されたのでしょう――
「説明、ありがとよ」
フックを外し壁を蹴って無重力の艦内を進む。
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