第24話 パートナーシップ契約の締結

 慌ただしくお菓子を買って帰って来たカンナとイヨ。マフユの読み通りデパ地下にある有名店の紙袋だった。お留守番していたユズキとマフユは無事に掃除が終わった事に一安心。先ほどのきっかり1時間、ユズキのスマホが着信を告げる。


― いまエントランス前に着きました。インターフォンを鳴らしますね。


 ピンポーンと軽快な音が部屋に響く。モニターには1人の女性が映っていた。エントランスのオートロックを解除すると、カメラに向かって丁寧に頭を下げてからマンションに入ってくる。


「緊張するね」


 言葉とは裏腹に目を輝かせているカンナ。程なく玄関チャイムが鳴った。


「こんにちは。柚子缶の皆様、初めまして。沼矛ぬほこリコと申します。


 中に入って来て頭を下げた女性を見て感じたユズキ、イヨ、マフユの第一印象は「この人、強いな」で一致した。

 

 沼矛は広報部に配属される前は協会本部所属の探索者であった。協会所属の探索者は引退後、そのまま探索者協会の職員になる制度もある。残念ながら希望の部署への配属は中々叶わない、年を重ねてから新人として扱われる、さらに探索で得ていた報酬が無くなるため年収が激減するといった理由で、意外と人気の無いキャリアプランであるが、沼矛は珍しいセカンドキャリア組であるというわけだ。


 ダンジョンを探索してもゲームの様にレベルが上がるわけではないし、スキルもダンジョンの外では発動出来ないため実生活において超人になれるわけでは無い。それでも探索を続けるためには身体を鍛え続けなければならないため、探索者は基本的に同年代の一般人より身体能力は高く、いっそアスリートに近い。そして元探索者は引退後も身体を鍛え続けるタイプが多く――というよりそもそも身体を鍛える事が楽しいと思えるタイプでないと探索者として成功しないのだが――結果的に引退後も引き締まった体型を維持している者が大半だ。

 また彼らがアスリートと決定的に違う点として、いつ死ぬとも分からない場所で生き抜くために周囲を察知する感覚が研ぎ澄まされる。これも長く探索者を続けると日常生活においてもその感覚を保ち続けてしまうし所作にそれが表れる。


 沼矛のそう言ったところを瞬時に察知して「強い」と判断したユズキ、イヨ、マフユも既に探索者として一流の領域に達していた。


 一方でカンナの沼矛に対する第一印象は「理想的な大人の女性」であった。グレーのパンツスーツ姿はピシッとしており、ロングヘアを後ろで縛りつつ少しキツめのメイクは凛々しさを醸し出している。カンナが注目したのは身長の低さで、153センチしかないカンナと同じか少しだけ高い程度だ。だと言うのに「出来るキャリアウーマン」な雰囲気を纏っており、カンナがよく「低身長」「オトナの女性のファッション」などのワード検索して出て来るオトナファッション&メイクの理想がそこにあった。


(背が高くなくてもこんな風にキリッとできるんだなぁ……私ももっと勉強しよう!)


 こっそり決意するカンナであった。


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「広報部企画課、ですか……?」


 沼矛に貰った名刺の肩書きをみて首を傾げる柚子缶の面々。


「はい。今回協会と柚子缶でパートナーシップ契約を結ぶに当たっては、広報部が毎年開催している「夏の探索者応援キャンペーン」で柚子缶とコラボ……その時にどさくさで今後の協力体制についても条件に盛り込んで契約するという作戦になりました」


「作戦、ですか。えっとリコさ、ヌホコさんはどこまで私達の事情を知っているんですか?」


「リコで良いですよ。じゃあ私もカンナさんって呼びますね」


 カンナにニコリと笑いかけるリコ。理想のオトナ女子にそんな風に笑顔を向けられて、カンナは赤面した。幸い、みんなうっかり名前呼びしてしまった事を恥ずかしがっているのだと誤解してくれたが。


「『広域化』の件も含めて、一応札幌支部長から引き継ぎは受けてます。いま私が知ってる事を一通り話しますので、間違っている部分や大切な情報が抜けていたら補足して貰えますか?」


 そう言ってリコは昨年夏のエルダートレント討伐から鎌倉ダンジョンのコア破壊とその賠償、そして春休みの札幌支部でのスキル習得訓練とパートナーシップ契約についての密約まで、順番に説明してみせた。必要な情報がきちんと整理されており分かりやすく、仕事が出来る人なんだなとユズキ達は感心する。


「間違いないです」


「良かった。ではこれからの話をしますね」


 リコはカバンから資料を取り出すとユズキ達に渡す。


「まず春以降の協会の動きですが……」



 柚子缶とパートナーシップ契約を結ぶとなったところでこれは札幌支部が独断で実施するわけにはいかない。これは協会の規約の話で、パートナーシップ契約を結ぶには本社のいずれかの本部――技能本部や営業本部、広報本部など――のトップの承認が必要なためだ。


 しかし迂闊な人間に『広域化』の話をすれば「パートナーシップ? なに悠長な事を言っているんだ! さっさと協会に取り込め!」となることは目に見えているし、そうでなくてもなるべく多くの探索者にスキルを習得させるためにカンナの都合や体調を無視したスケジュールを組まれる可能性が高い。


 そこで札幌支部長は長瀬という技能部 統括課長に相談。二人は出来るだけ柚子缶の要望を叶える形でのパートナーシップ契約を結べないかと画策した。


 当初は鎌倉ダンジョンのボスを初見で撃破した功績をもとに技能部で戦術指南役としての方向で考えていた。しかしここで札幌支部の探索者10名が、急に4つもスキルが増えた事が協会内で話題になってしまった。たまたま仕事をサボって「そういえば同期のアイツ、元気にしてるかな」ってデータベースを検索した一般職員がおり、その同期のアイツというのが春にスキル習得訓練に参加したうちの一人であった。そこから件の10人芋蔓式に見つかり「こいつらのスキル、おかしくないか!?」と騒いだ発見者の職員によって情報が拡散してしまったというわけだ。流石の札幌支部長と技能部統括課長にも予想出来ない不運であった。

 

 今のところ全職員というわけではなく、発見した総務部と協会会長副会長その他の役員の一部、そして技能部の一部職員に情報は留まっているが、札幌支部長は霞ヶ関にある協会本部に召集されて事情を説明する事になった。


 とりあえず「鎌倉ダンジョンのコアを利用した装置をある民間企業と開発した。スキル自体は習得出来たがまだその後副作用が無いか、半年様子を見る事になっている。それ以上の事は守秘義務でまだ協会内にも公に出来ないが、半年後にはレポートと合わせて社内に報告する」と言って誤魔化してるところだが、はいそうですかと納得して貰えるわけでもなく現状かなり厳しい探りが入っている。


 そんな流れの中で技能部が「柚子缶」を「鎌倉ダンジョンでの功績」を理由にパートナーシップ契約を結びたいなどと言い出すたら、キーワードが二つ揃って明らかに札幌支部との関係が明るみになり、スキル習得と紐づけられてしまうリスクが高いと判断した。


 そこで別のアプローチでパートナーシップ契約を結べないか、たとえば柚子缶は若くて見た目もかわいい女の子達だしイメージ広告を打つとかで理由づけ出来ないか……そう半ば苦し紛れに考えた技能統括課長はかつての部下であるリコが広報部にいる事を思い出し、託して来たというわけだ。



「私も最初は「夏の探索者応援キャンペーンで柚子缶とコラボしたいから企画を進めてくれ」って言われて、まあ他に急ぎの仕事もなかったから企画書を作ったらあれよあれよと承認されちゃったんですけどね。スキル習得の話を聞いたのは企画書を通した後です」


「えっと……札幌支部長さんと、その技能部統括課長さんって大丈夫なんですか?」


「統括課長は表向き札幌支部長を糾弾しつつ、技能部全体の動きを柚子缶に向かないように動いてくれてますし、札幌支部長も「守秘義務が」の一点張りで話さないポーズを崩していません。だけど協会上層部もかなり本気で追求してるので、あと1ヶ月もしたら全部バレちゃうんじゃないですかね」


「あと1ヶ月!?」


 7月半ば……カンナの高校が夏休みに入る前には協会に『広域化』とスキル習得の秘密がバレてしまうということか。ユズキ達に緊張が走る。


 だがリコはにこりと笑って別の用紙を取り出した。


「はい。だから今日この場でパートナーシップ契約、結んじゃいましょう」


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「知らないと思いますが、探索者協会は「夏の探索者応援キャンペーン」というものを毎年やっています」


「物知りユズキちゃんでも知らない?」


 マフユが聞くとユズキは首を振った。


「私が勉強したのは探索者法とかそっちだから、細かいキャンペーンまでは把握してないわ」


「まあ夏はみんな冷房を使うせいで魔石の消費が増えますから、頑張って探索して魔石を沢山納めてねってPRビデオを撮ってホームページに公開してるだけのやる気のないキャンペーンですし、そもそもこんな動画が公開されていることさえ殆どの人が知らない地味なイベントです。ちなみに期間中買取金額アップとかも無い、本当に名前だけのイベントです」


「それはなんというか……」


「冬はみんな暖房使うからって理由で冬の応援キャンペーンとかもできそうだね」


「カンナさん、鋭いですね。冬もやってます。冬のキャンペーンに至ってはもっとやる気がなくて適当な写真を使ってポスターを作って各支部に配布するだけですけど」


「それ、やる意味あります?」


 思わず辛辣な言葉を吐くイヨ。リコは笑って誤魔化す。


「そんなわけで割り当てられている予算も殆どないキャンペーンなんですけどね。だからこそ今年は柚子缶とコラボして気合いの入ったプロモーションビデオを作成してはどうでしょうというのがこの企画書です」


「リコさん、これ私達の出演料:ゼロ円になってますけど」


「さっき言った通り、もともと予算なんてほぼゼロの企画ですから。柚子缶さんに払えるお金なんて一円も有りません。その代わり、協会私たちは柚子缶さんが出演しているプロモーションビデオを協会のホームページに無料で公開してあげます。宣伝効果は抜群ですよ!」


 さっき「やる気が無い」だの「誰も見ない」だのボロクソに言っていた動画になんとタダで出演させてくれるというリコ。さらに! と言葉を続ける。


「お金のやり取りは発生しないんですが、何かしら契約は結んでおかないと後々トラブルになりかねないですよね……。そうだ、協会には「パートナーシップ契約」なんてこれまた埃を被ったシステムがあるじゃないですか! これで柚子缶さんと契約を結びましょう。動画の公開と共にパートナーシップ契約を結んだことも対外的に公表すれば、協会はいま勢いのある若手パーティとの繋がりをアピールもできる! 柚子缶さんも知名度が上がって配信チャンネルの登録者が増えるかもしれないし、ウィンウィンですね!」


 パンッと笑顔で手を叩くリコ。


「それって動画が公開されたあと、私たちも自分たちの配信の中で協会とパートナーシップを結んだって言って良いんですか?」


 イヨが訊ねる。


「もちろん! むしろ是非宣伝して下さい! そうすればキャンペーンサイトのアクセス数も増えるでしょうし、ありがたいです!」


 なるほど、と頷くユズキ。イヨは既に悪い顔をして笑っている。


「パートナーシップ契約ですが、協会の名前を使って勝手な事をしないように、協会と柚子缶の間で探索者応援キャンペーン以外でコラボをやっちゃいけない事にしてもいいですか?」


「期間は?」


「そうですね……とりあえず3年ぐらいで如何でしょう」


 イヨとマフユは満足気に頷く。


 悪い大人達の話がよく分かっていないカンナに、ユズキが説明してくれる。


「つまり、私たちはリコさんが言ったPR動画に出させて頂く立場なの。お金は貰えないけど宣伝になるからね。お金のやり取りは無いから毎回変則的な売買契約を結ぶより、3年間のパートナーシップ契約を結んでその間私たちは「探索者応援キャンペーン」の度に動画にタダで出させてもらって自分達の名前を広げる機会が貰える。ここまではいい?」


「うん」


「でも私達が協会とパートナーシップ契約を結んでるからって何でもかんでも「これは協会のお墨付きです!」って勝手に色んな活動をすると、協会としては困るわよね? 彼らは私達にPR動画に出る以外の事は期待していないんだから」


「それはそうだね」


「だったらそれは契約で縛りましょうってコト。お互いに探索者応援キャンペーン以外ではコラボしませんよってね。……例えば『広域化』によるスキル習得のアウトソーシング事業を思いついても、それを新規事業としては立ち上げられないってわけ。勿論協会の名前を使わなければ私達が勝手にやる分には構わないし、協会側も柚子缶と関係ない所でその事業を立ち上げる事はできるけどね」


「……なるほど! でもそうすると札幌支部長さんとの夏休みの約束はどうなるの?」


 カンナが訊ねるとユズキもうーんと唸ってリコの方を見る。リコは苦笑しつつ答えた。


「まあ、事業として立ち上げるのはNGですけど、柚子缶さんから「スキルの可能性の検証」を持ちかけられたら協会としてできる限り応じるのは吝かでは無いですね」


「なるほど! でもこれって自分達に都合よく解釈してるだけのズルっこだね」


「それでお互いウィンウィンなら良いんじゃ無いの?」


「そうですね、私も柚子缶さんがPR動画に出る事でサイトのアクセスが増えるとそれだけ宣伝効果があったと評価されてボーナスが増えるので! 誰も損しない裏技ならガンガン使いましょう!」


「この人、裏技って言っちゃった……」


 はははと笑いが起きる。


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 リコが用意した契約書、その文言をひとつひとつ精査するユズキとイヨ。


 カンナとマフユは2人がしっかりと契約書に目を通すのを、リコとお茶を飲みながら待っていた。


「それじゃあリコさんも探索者だったんですね」


「はい。とはいえ柚子缶さんみたいに色んなダンジョンを回るんじゃなくて、不人気ダンジョンをルーティーンで回って間引く良くある協会所属でしたけどね」


「あー、なんかスミマセン」


「ふふ、別に良いんですよ。所属探索者の中にはキラキラしてる個人探索者に恨み言をいう人も居ますけどね、私は逆に個人でやる実力も度胸も無くて協会に入ったので、個人探索者で頑張ってる人は尊敬するし、応援してますよ」


「今は探索はやってないんですか?」


「そうですね。7年ほど探索者やってましたけど、5年前に引退して今は事務方として協会でお勤めしてます」


 18歳で探索者になって7年探索者をやって25で引退、そこに5歳足してということは30歳か、と勝手に心の中でリコの年齢を算出したカンナ。自分も12年後、30になった時にはこんな風に大人な雰囲気を出せるのだろうか。


「ということはリコさん、25くらいで探索者引退したんですか?」


 カンナが心の中で計算していた反面、マフユは平気で直接聞く。


「私、大学でて数年間は民間で働いてから探索者になったから、今年で37歳なんです。


「えっ!?」

「見えない!」


 30歳でもやや若めだなと思ったのに。特段若作りしているわけでも無さそうなのに、凄いと感心するマフユとカンナ。


「よく言われます。若く見られるのは嬉しいけど、身長も合わさって軽く見られる事が多いから舐められないようにってそれはそれで大変なんですよ」


 そう言ってリコは苦笑した。


「そんなわけで探索者を引退したのは32の時。その時の上司とソリが合わなかったのと、そろそろ体力的に辛くなってきたのと、今の夫と結婚の話が出てきたのと、そんな感じでタイミング的に丁度潮時だった感じですね」


「ご結婚もされてたんですね」


「はい、一児の母です。まだ子供が小さいので熱を出したりでどうしても連絡が遅れたりする事があるかも知れませんが、なるべく柚子缶さんに迷惑がかからないようにしますので」


「お子さんまで! すごい!」


 びっくりしたカンナに、別に凄くは無いですよと笑うリコであった。


 そんな風に話をしていると、契約書の確認を終わらせたユズキとイヨがやって来る。


「こちらの文言で問題ないです。これでパートナーシップ契約を結ばせて頂きます」


「ありがとうございます。じゃあここにサインをお願い出来ますか? リーダーのユズキさんのものだけで大丈夫です」


 ユズキが契約書にサインをすると、リコは原本をファイルに入れ、控えをユズキに渡した。


「はい、ではこれで柚子缶と探索者協会のパートナーシップ契約は無事に締結です!」

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