第9話 初めてのお泊まり

「適当に何か作るからユズキは待っててね」


 ユズキの家に着いたカンナは冷蔵庫を開ける。ご飯は冷凍庫にあるから炊かなくていいな。卵とキャベツ、お豆腐に鶏肉と他にも細々と。……さすがユズキ、色々と食材があるなぁと感心する。


 キャベツを切って鶏肉とモヤシ、シメジと共に鍋に放り込む。醤油とみりんと和風出汁、あとはお砂糖で味を整えて最後に溶き卵でかるく綴じる。並行して豆腐の味噌汁を作ればあっという間に晩御飯の完成だ。


「お待たせ、出来たよー」


「あ、ありがとう。手際がいいわね」


「実は料理は得意なんだよね。じゃあ食べようか」


「うん。頂きます」


「はい、召し上がれ」


「……おいしい!」


「ほんと!? お口にあって良かったよ」


 仕事で遅くなりがちな母に代わってちょくちょく晩御飯を作るカンナ。「とりあえず醤油とめんつゆ、和風出汁さえあれば大外しはしない」という経験則のもと、ありものを炒めたり煮たりして作る「和風適当炒め、または適当煮」が得意料理であった。もちろん時間と材料があれば凝ったものも作れるが、今日は冷蔵庫の中身で家庭料理が作れちゃうぞ、という家庭的な女をアピールする事にしたのだ。そしてユズキはその策略にしっかりとハマっていた。


(え、この子、すごいんだけど!? お嫁に欲しい!)


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「そもそもユズキは責任感が強すぎると思うんだよね」


 食後、お茶を飲みながら話をする2人。カンナが辛抱強く聞き出す事で言語化された、ユズキが凹んでいる原因は主に2つであった。


「まずチャンネル登録者数だけど、私はそこまで気にしてないよ。確かに最近は横這いだけど、春から夏までコツコツ増やしてきて2万人ちょっとだったのが夏にバズって10万人でしょ? あれが無ければ今も5万人もいたかどうかだって怪しいところだし、増えないからって悩む事じゃないよ」


「だけど、こんなところで躓いてたら100万人に届かないかなって」


「だーかーらー、100万人って最終目標であって、すぐに届かなくったっていいんだって」


「それは分かってるけど、ここ1ヶ月以上はほとんど増えてないどころか最近はちょっと減ってきたりで、それってやっぱり私のプランがまずいのかなって思うじゃない」


、ね? 確かに最初にプランを考えてくれたのはユズキだけど、それで行こうって納得してる以上は私も一緒に立てた計画だよ。それで視聴者が減っても2人の責任なんだから」


「そうは言ってくれるのは助かるけど……」


「それでもう一点、配信のマンネリ化だよね?」


「そう。普通は魔法スキルに頼るようなモンスターを広域化身体強化で倒していくっていうスタイルを軸にこれまで配信してきたけど、正直ワンパターンだなって。コメントでもそういう意見は多いでしょ?」


「まあ、チラホラ見るけどね」


「だから何かテコ入れしないといけないとは思うのよね。今度、妖精譚フェアリーテイルの人達とコラボするのが何かきっかけにならないかしら……」


 ユズキの発言、後半は自分に言い聞かせるような語り口だったが、カンナは敢えて指摘する。


「いや、ならないでしょ」


「え?」


「例えば妖精譚の人達とコラボして、2人では倒せないモンスターを倒す事になるとするよね? 確かにその討伐ではこれまでと違ったスタイルになるかもしれないけど、その後ずっと一緒にやっていく訳じゃないんだから、そこでさよならしたらまた私達2人のスタイルに戻ることになるよね」


「あ……そうよ、ね」


「ユズキ、何を焦ってるの?」


「焦ってるように見える……?」


「うん」


 ズイッとユズキに詰め寄るカンナ。ここでユズキの不安と、そこから来る焦りをきちんと解決しないと今後の探索活動でしなくていい無理をする可能性があると感じている。


「そもそも私はテコ入れの必要性を感じて無いんだけど。別に視聴者の人からいつも同じって思われたっていいじゃない、それが柚子缶のスタイルなんだからさ。一応毎回場所を変えたりモンスターが偏らないように気を付けたりはしてるし、それ以上は私達の能力を超えちゃう注文だよ」


「だけどそれじゃあ視聴者が増えないし、飽きられたら今以上に減っちゃうかも知れない」


「別にいいじゃん、ちょっとくらい減っても。元々視聴者ゼロで始まったチャンネルだよ? 10万人の今だって信じられないくらい多いんだもん。仮にこれが1万人まで減ったって、「仕方ないね」って私は思えるよ」


 と言いつつさすがに1万人まで減ったら私も焦るかな、とカンナは思った。だけどユズキを安心させるためにちょっと大袈裟に話をする。


「でもそんなに人が減ったら動画の収益が無くなっちゃうわ」


「今だってそんなに多く無いんだけど……」


 配信はその再生数によって広告収入を得られるが、柚子缶は探索の配信を週1回やるだけなのでそこで得られる広告収益はさほど多く無い。これまでの累計でも、カメラなどの機材代に届かないくらいの額なので配信だけで見れば収支はまだ赤字なのだ。


「だけど魔石や素材で、なんだかんだ利益は上がってるからいいじゃん。今日は初めて失敗しちゃったけど、たまにはそんな日もあるよ」


「だけど、このままのペースじゃ間に合わない……」


 ユズキは小さく呟いて「しまった」という顔をする。もちろんカンナはそこを追求する。


「間に合わない? 何に?」


「…………」


「ユズキ」


「…………」


 俯いたまま、固まってしまうユズキ。


「ユズキ。教えて。私に話してない事あるの?」


「…………」


「怒るよ?」


「…………3月」


「え?」


「……来年の3月までに、100万人……」


「はぁ!? 何それ?」


 いきなり設けられた期限に対して、訳が分からずカンナは叫んでしまうと、ユズキはまた小さくなった。


「あ……、大きい声出してごめんね。それで、どうして3月までに100万人なんて話になってるの? 誰かと約束とかしてるの?」


 ユズキは首を振ると、小さな声で答える。


「約束とかは無くて、個人的な目標というか、いけたらいいなって思ってるぐらいなんだけど……」


「個人的な? 2人のじゃなくて、ユズキだけのって意味だよね」


「……うん」


「私、聞いてないけど。100万人は「いつか届いたらいいね」って目標であって絶対に達成しないといけないわけじゃないよね。それが何で来年3月までってユズキの目標になってるの?」


 カンナの声に怒気がこもる。ユズキは申し訳なさそうにポツポツと語り始めた。


「私は、昔から具体的な目標を立てないと行動できないタイプだったの。勉強はテストで100点を取ること。運動はかけっこで一等賞を取ること。

 ……探索者としてはトップ探索者、トップ配信者になること」


 それはカンナもなんとなく分かっていた。ユズキは最初に最終的なゴールを作って、そこに至るまでの小目標をひとつずつ達成していくタイプだ。


「だけど、前のパーティでは志半ばで追い出されちゃって。今度こそ上手くやりたいと思っているんだけど、最近中々伸びなくて……。

 そこに今日の討伐失敗が重なって、ちょっと凹んじゃってるのかもね」


「いやいや、答えになってないから。ユズキの、目標を定めてそこに至る筋道をきちんと立てて動く姿勢は立派だし、私は素直に尊敬しているよ。だけどなんでユズキの中では3月までに100万人が目標になっちゃってるのかを答えてもらってないんだけど?」


 ここまで来たらはぐらかされないぞ、と強い決意でユズキに詰め寄るカンナ。そんなカンナを見てユズキはついに口を割った。


「……だって、カンナは来年受験生だから……」


「え、私?」


「春からは受験勉強に専念するなら来年の3月までしか探索者が出来ないかなって……。だから、できればそれまでに目標達成したいなって、思ってたの」


「待って、そんな話は聞いてないよ!」


「うん。これは柚子缶としてっていうよりも私が勝手に考えてただけだし……。100万人の目標を達成したら、カンナも心置きなく探索者を辞めて受験勉強に集中できるでしょ?」


「辞めないし! え? ユズキは辞めたいの?」


「辞めたく無いよ! ずっとカンナと探索していけたら良いなって思ってる。だけど来年は大事な一年じゃない」


「えっと実は私、まだ進学するって決めてないし、むしろ最近は探索者業に心が傾いてるんだけど……」


「え!?」

 

「もともと進学は選択肢のひとつではあったけど別に大学に行ってまでやりたい事があるわけじゃ無いしお金もかかるしって考えると、無理に行かなくてもいいかなって思ってるよ」


「嘘、そうなの!? だってずっと前に「進学するならどの大学」って話をしたじゃん!?」


「それは、仮に進学するならって話だよ。まだお母さんにも相談して無いから確定じゃないけど、私のやりたい事って大学に行って勉強する事じゃなくて、これからもユズキと探索者を続ける事だし。だから気持ち的にはほぼ進学しないで固まってきてるよ」


「そうなの……?」


「うん。これまで何となく言い出せなくて、ごめん」


「私、春になってもカンナと居ていいの……?」


「なんで居たらいけない事になってるの。私はユズキと一緒に居たいよ」


 言い終わる前にユズキはカンナに抱きついた。


「カンナ、私も一緒に居たい!」


「うん。ずっと一緒だよ」


「ごめんなさい! 私、ずっとカンナが大学に行くものだとばっかり思ってて……。それで、大学に行ったら私から離れて行っちゃうんじゃないかって不安だったの!」


 何でだよ。仮に進学してもユズキとは別れないよ。そう思ったカンナだけど、ユズキはユズキなりに色々と考えて不安を抱えてしまったんだろう。


 いつもと違って甘えてくるユズキがかわいくて、カンナはその頭を優しく撫で続けた。


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 隣で眠るカンナの寝顔を見て、ユズキは幸せな気持ちになる。


 この子が受験をするのなら、それを応援しないといけないって思っていた。やり残した事があったら受験に集中できないかもしれないし、もちろん学費の心配もさせたく無い。だから無理をしてでも高校2年生のうちにチャンネル登録者数も、カンナの貯金も、目標に届かせてあげたいと思っていたのだ。


 しかしお金はともかく、チャンネル登録者数は思っていた以上に伸びなくて。このままだと間に合わない……そんな焦りがユズキから余裕を奪っていた。


 だけど、カンナはこれからもユズキと一緒に探索者を続けたいと言ってくれた。言われてみれば3月までなんて目標はユズキが勝手に定めて空回りしていただけなんだけど、カンナの想いが聞けてユズキの心はずいぶん軽くなった。


「でも、いいのかな……」


 それでも少しだけ不安になる。土壇場で「やっぱり私、進学する事にする」って言われたらどうしよう。かつて他の仲間達と共に、高校卒業したら一緒に探索者をやろうと約束していたのに、土壇場でそのセリフと共に袂を分かった親友を思い出す。


 ユズキは頭を振って、悪い想像を打ち払う。カンナはカンナ、あの子はあの子だ。


「カンナ、ずっと一緒だからね……」


 眠るカンナにもう一度キスをして、ユズキは目を閉じた。

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