第8話 柚子缶、初の討伐失敗
【柚子缶】今日は
「はあっ!」
ガキンッ! カンナの渾身の一振りもその硬い身体に阻まれる。攻撃後の隙に、重い一撃が迫る。冷静に軌道を見極めて腕振りを避けると、その風圧で前髪が逆立つ。その場でもう一発攻撃してみるが、助走も無い、腰も入ってない一撃では傷一つ付かなかった。相手の次の一撃をかわしつつ、再び距離を取る。
「全然ダメだわ」
「思った以上に硬いわね。自己修復が無いから斬り続ければいつかは倒せると思うんだけど……」
「そもそもこれ、ダメージ入ってるかな?」
「30分斬り続けて、表面に少し斬り傷が出来てるぐらいかあ……」
鎌倉ダンジョンの二層。カンナとユズキは予定通り
「どうする? 逃げる?」
「そうしたいんだけど、うまく撒けるかしら?」
もはや自分達の攻撃力ではどうにもならないと判断したため、2人の気持ちは撤退に傾いている。だが、闇雲に逃げるわけには行かない。このまま真っ直ぐ一層に向かうと、シルバーゴーレムは2人を追いかけてくる。その逃走劇に他の探索者が巻き込まれると、迷惑をかけてしまう事になる。
「なんとか大きな隙を作って、その間に全力ダッシュするしかないね」
「そうなんだけどね……」
攻撃がまるで通らない事で、その隙を作れないのだ。改めてシルバーゴーレムと対峙して、攻撃に備える。
「来るよ!」
「はい!」
振り下ろされた腕を避けて、また斬りかかるカンナとユズキ。なんとか脚にヒビでも入れば……という2人の狙いは、その後10分以上斬り続けても成就しなかった。
― あぶねっ
― ゴーレム硬いな
― 素材にはならないんだっけ?
― ゴーレムの身体はびっくりするほど安い
― 金属くせに不純物が多いんだよな
― てかやっぱり柚子缶は斬るんだよな
― 普通は溶かす
― まだやってたw
― 炎魔法持ちの新メンバーまだー?
配信のコメントも応援の声からまだやってるのかよという空気になってきているが、2人にそれを確認する余裕は無い。
「ユズキ、そろそろ逃げないと!」
カンナがタイムリミットを告げる。1時間以上『広域化』を使い続けているため、魔力が枯渇してきたのだ。やむを得ないか……。大きな隙は作れないが、最善を尽くそう。
「一度、向こう側に避けよう! ゴーレムが振り向いたらカンナは上、私は股下を潜り抜けてすれ違って、そのまま一掃までダッシュ!」
「了解!」
ゴーレムの大振りを待って、壁際に回り込んだ二人。ゴーレムはゆっくりと振り向き改めて腕を振りかぶった。
「今っ……」
「ユズキ、待って!」
飛び出そうとしたユズキをカンナが止める。すると通路側から炎が噴き出してきた。炎はシルバーゴーレムに接触すると、そのまま全身を包んだ。
「……すごい」
蒼い炎に包まれたゴーレムはその場で動きを止める。体高5m程のその巨体はものの1分ほどで完全に溶けて、後には魔石のみが残された。
「……『
通路から出てきたのは4人組の冒険者パーティであった。男性が3人と女性が1人。彼らはカンナ達を一瞥すると、魔石を拾ってさらにダンジョンの奥に向かう。
「あ、あの! 助けてくれてありがとうございます!」
カンナが声を掛ける。すると彼らは足を止めた。
「別に助けたわけじゃない。っていうかアンタ達、邪魔だったんだけど。まともに倒せもしないのにゴーレムに挑むとか、舐めてるの?」
パーティの女性が詰め寄ってくる。
「あ……ごめんなさい」
「別にアンタ達が死ぬのは勝手だけど、中途半端な事やって他のパーティに迷惑かけるのは辞めて欲しいのよね」
「エリカ。撮られてるぞ」
重ねて文句を言ってくる女性を、仲間が諌める。カンナが持っているカメラに気付いたらしい。
「ああ、配信してるんだ? なるほどね。撮れ高期待して倒せもしないのに強敵に挑んだってことか。やっぱり舐めてるんじゃない」
強い口調でカンナ達を責めるエリカと呼ばれた女性。ものは試しというつもりで挑んでしまい、倒せなかったのは事実なので何も言い返す事が出来ない。
「まあ、迷惑系配信者の自己満足に巻き込まれただけだと思って気にしない事にするわ。じゃあね」
言うだけ言って彼女は踵を返す。そのままパーティは通路の奥へを消えていった。
「……怒られちゃったわね」
「迷惑系かぁ。そういう感じに受け取られちゃうんだね」
「私達だけじゃ倒せなかったのは事実だし、仕方ないわね」
とりあえず次のゴーレムに襲われる前に撤収する事にした2人。
― 気にするな
― 仕方ない
― でも一理あるよな、トレントは剣で倒せば素材が旨いけどゴーレムを剣で倒すのは舐めプだろ
― それで負けてるからな
― 柚子缶もそろそろ落ち目かな
― 確かにマンネリ化してきてる
― 気を付けて帰ってね
配信のコメント欄にもユズキ達を非難する声がチラホラと見られる。この日、柚子缶の配信としては初めて討伐に失敗するという形になってしまった。
一層に戻った2人。魔力の残りも少なく、これ以上狩りを続けるのは危険と判断して配信も終わらせる事にした。
「はい、今日はゴーレムに挑んでみました。結局今日はブロンズゴーレム2体しか倒せなかったけどね」
「コメントでもみんな心配してくれてるね。ありがとう、怪我とかは無いので安心してください」
「それでは今日の配信はこれで終わります。またねー」
配信を終了、そのままダンジョンを後にした2人は探索者協会の鎌倉支部でブロンズゴーレムの魔石を売却した。
「1つ5000円、2つで1万円だったね。シルバーゴーレムだと10倍になるんだよね?」
「ええ。買取価格表を見たらそんな感じだったわね。ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、ミスリルと階級が上がるにつれて10倍になっていくみたい」
「じゃあ一番上のミスリルゴーレムだと5億円って事!?」
「法則に従うならそうなるわね。滅多に倒されない倒されないらしいから、希少性でさらに値上がりするかも、この間のエルダートレントみたいに。あとミスリルゴーレムの体はミスリル武器の素材になるから、腕の一本でも持ち帰れればそれも一財産になるとかならないとか」
「私達には手の届かない話だね。下から2番目な倒せなかったし」
「相性が最悪すぎたわねー……」
「コメントも「頑張れ」とか「仕方ない」って言ってくれてる人も居れば「そもそも勝てるわけない」とか「舐めてる」って厳しい意見も多かったね」
「舐めてるつもりはなかったんだけど、勝てなかった以上は何言ってもね。次の配信で取り戻しましょう」
「はーい」
流石に今回の成果で贅沢をするつもりも起きず、真っ直ぐに帰る事にした。家に向かう車の中はいつになく重い空気に包まれる。
「はぁ……」
「ユズキ、切り替えよう」
「うん、そうね」
「…………」
「…………」
そうは言いつつ、空気は相変わらず重い。カンナはわりと楽観的に「次頑張ればいいや」と割り切っているのだが、ユズキが思った以上に沈んでしまっている。最近の登録者数の伸び悩みや、たまに視聴者からのコメントで指摘される動画のマンネリ化など、薄々感じていた不安が今日の討伐失敗で一気に膨らんでしまいそれに心が押し潰されているのだ。
「それにしてもさっきのパーティの人の魔法、すごかったね」
「……うん」
「蒼炎って言ってたよね。あれもスキルなのかな?」
「……うん」
「やっぱり魔法ってすごいんだね。私、実は初めて見たかも」
「……うん」
カンナは空気をなんとか明るくしようと話しかけるが、ユズキは上の空だった。
「ユズキ? お茶飲む?」
「……うん」
しかしカンナが差し出したお茶に、ユズキは気付かない。重症だなぁ。いつもしっかりしてるユズキがこうなると、カンナとしてはどうしたらいいか分からなくなってしまう。とりあえず運転自体は集中してくれてるみたいだし、今はそっとしておこう。
カンナは一旦ユズキに構うのを諦めてスマホを取り出す。先程のパーティの情報や、『蒼炎』スキルについて調べてみようかと思ったのだ。
「なんて検索してみようかな。「探索者」「鎌倉」「蒼炎」……うーん、「4人組」「パーティ」、あとあの女の人は「エリカ」さんって呼ばれてたな」
適当なワードを並べて検索してみると、なんと彼らの情報がずばりヒットする。
「あ、出てきた。「
プラチナゴーレムまでは魔石の価格は協会への売値の1.5倍くらいで請け負ってて、ダイヤモンドゴーレムは応相談……へぇ、過去に大企業と連携してミスリルゴーレムを討伐した経験もあるって、すごい!」
探索者と言えば様々なダンジョンに挑むイメージのあったカンナにとって、ホームを定めて魔石の安定供給を生業にするというスタイルは新鮮な驚きであった。
「私たちの場合は渋谷が拠点になるのかな? 三層のシルバーウルフまでは倒せるけど、四層以降はまだ危険なんだよね。そろそろ新しいスキルを覚えて四層以降にも挑んでみたいけどこればっかりは運だしなあ」
新しいスキルを覚えるかどうかは、運次第と言われている。モンスターを討伐すると稀に新しいスキルに覚醒する。一般的に強いモンスターを討伐するほどその確率は高いと言われており、ユズキは北の誓い時代にボスクラスのモンスターを倒して『身体強化』と『障壁』の2つのスキルを覚えている。
柚子缶の2人は数ヶ月前にボスクラスのエルダートレントの討伐したが、残念ながら新しいスキルの覚醒には至らなかった。
人によってはボスでなくその辺りの雑魚モンスターを倒しても覚醒した例はあるらしいが、ボスクラスを倒してもスキルに覚醒する確率は1%程度と言われているため、基本的に新しいスキルは覚えたらラッキー程度の位置付けである。
「ユズキは1%を2回引いた豪運持ちって事だもんね。さすが私のユズキ」
「……うん」
「もう! さっさと元気になってくれないと私がずっと独り言いってるみたいになってるよ!」
「……うん」
相変わらず上の空のユズキに、これは帰ったら慰めてあげないとと使命感を燃やすカンナ。
「ねえユズキ、今日はユズキのお家にお泊まりしていい?」
「……うん」
「やった! じゃあお母さんに「ユズキのお家に泊まるよ」ってメッセージ送っちゃうからね?」
「……うん」
良き良き。一晩かけて元気づけてあげよう。そう決意したカンナ。えーっと、美味しいもの作ってあげて、肩をマッサージしてあげて、お話し聞いてあげて、寝る前におやすみの、ちゅ、チューかなぁ?
相変わらず暗い表情をするユズキの横で妄想に耽ってニヤニヤしたり顔を赤くしたりのカンナだった。
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「カンナ、着いたよ」
車がカンナの家の前に停まる。
「ん? 今日はユズキのお家にお泊まりするって言ったじゃん」
「え!? 何それ!」
案の定ユズキは覚えていなかった。
「さっき車の中で。お母さんの許可も貰ってるよ、ほら」
そう言ってスマホを見せる。カンナから「ユズキが元気ないから、お泊まりして元気づけてあげるね」とメッセージを送っており、カンナママからは「了承」と返事が来ていた。
「というわけで今日はユズキのお家にお世話になります」
ペコリと頭を下げるカンナ。慌てるユズキからは見えない角度で、ニヤリと悪い顔をした。
(初めてのユズキのお家へのお泊まり! たまには討伐失敗もいいものだね。)
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