辺境冒険者たちの末路

ちびまるフォイ

冒険しない冒険者たち

「うっし、ゴブリンもあらかた倒したな」


「え、先輩。まだダンジョンの入口ですよ。

 ギルドの依頼じゃ掃討ってありましたけど」


「ばっか。そんなことしなくていーーんだよ」


先輩冒険者はルーキーの肩へ手を回し、耳元でささやいた。



「全部倒しちまったら、今度から仕事なくなるだろ?」



「はい?」


「俺ら冒険者ったら、モンスターの討伐が主な仕事だろ?

 せっかくの狩り場を失ったら仕事を失っちまう」


「でも……ゴブリンを倒しきらないと、

 それこそ村に被害が出てくるんじゃないですか」


「ああそうかもな」

「そうかもなって……」


「被害が出ればまた依頼が増える。

 俺たちが食いっぱぐれることもないんだよ」


「罪もない村の人が襲われるかもしれないんですよ!?」


「青いなぁ、ルーキー。考えてみてくれよ。

 もし、ゴブリンを殺し、コボルトを根絶やしにして……。

 そのうち最後はどうなると思う?」


「世界が……平和になる……とか?」


「ちがう。誰も倒せないような強大なモンスターだけが残るんだよ」


「……」


「そうなったら一部の凄腕ギルドの人間しか役に立たない。

 俺たち一般冒険者はせいぜいが道ばたの草をむしるくらいの仕事しかないのさ」


「それは……」


「お前だっていやだろ? お前だけじゃない、みんな嫌なんだ。

 だからこうやって仕事をしたふりをして、

 仕事を絶やさないようにしているんだ」


「……」


「納得いかないのもわかるけどよ。

 みんなそうやって、ぬるま湯で生きているんだ。

 自分だけじゃなくみんなのためにここは折れてくれよ」


「……わかりました」


ルーキーは冒険者に憧れをもって夢を追いかけてこの仕事を選んだ。

けれどその実態は戦っているふりをすることばかりが上達していた。


ギルドにはひっきりなしにモンスターの討伐依頼が入り、

冒険者たちは仕事を失うことなくダンジョンに向かう。


それらしい成果を見せては、モンスターがまだいることを黙殺して過ごしていた。


最初こそ違和感や納得がいかない気分だったものの、

いくつもの依頼を経て冒険者同士での友達ができるうちに、罪悪感などは薄れていった。


自分がしっかりモンスターを倒していたなら、

しだいに依頼の数は減っていき、冒険者の知り合いが増えることもなかった。


ルーキーはしだいに今の状況にすっかり居心地の良さを覚えていた。


「いくぞルーキー。今日もゴブリン退治だ」


「先輩、いつまでもルーキーはやめてください」


「はっはっは。俺より下じゃいつまでもルーキーさ」


いつもの道のりをいつも通りに進む。

冒険というよりも通学路といった感覚。


「なーーんか、今日はゴブリン少ないなぁ? ルーキー」


「そうかもしれませんね」


「……ん? おい、奥になにかーー」


言いかけた瞬間。

洞窟の奥から炎がほとばしり、隣にいた先輩を炭の塊に変えてしまった。


「あっ……」


ルーキーが事態を理解するのに何十秒もかかった。

なにせ何十回も通っているダンジョンで、こんな人死には一度たりともなかった。


パニックになり立ちすくんでいると、奥からはゴブリンの巣に不釣り合いなドラゴンが現れた。



「人間」



「あわ、あわわわ……」


ドラゴンなんて強力なモンスターに、冒険者ひとりで勝てるわけがない。

ルーキーは自分の死を覚悟したが、ドラゴンは何もしてこなかった。


「人間。貴様に仕事がある」


「え、え……?」


「我はこのダンジョンで卵を生むためにこもる必要がある。

 しかし、ダンジョンに人間がくるのは邪魔だ」


「あ……は、はい……」


「そこで、近くの村の人間をすべて焼いてこい。

 そうすれば我はここで静かに過ごすことができる」


「そ、そんな……そんなことできません……」


「では死ね」



「ま、待ってください!」


「なんだ」


「ご、ご自身で村を襲えばいいじゃないですか」



「……人里をモンスターが襲えば話が広がる。

 ひいては別の村や里から人間がやってくる」


「そ、それで人間の僕に……。

 人間の村を焼けというんですか……?」


「そうだ。貴様なら警戒されずに村にも入れるだろう?」



「し、しかし……」



「貴様が断れば、また我はここで人間を待つ。

 承諾してくれる人間が来るまで殺し続けるだろう」


「……」



「さあ、選べ。貴様はここで死ぬか?」



ルーキーはドラゴンの問いに答えた。


「に、人間を……殺してきます……」


「わかった。では貴様は殺さないでおこう」



ルーキーは村に戻るとギルドに報告することもなく、まっすぐ自宅へ向かった。

荷物をまとめたとき、このまま逃げてしまおうかとも考えた。


けれど、ドラゴンに渡された龍鱗を持たされている。

必要以上に離れたり逃げたりした場合は察知されてしまう。


「や、やるしかない……」


自分が村を焼かなければ、自分が殺されてしまう。


仮に自分が犠牲になったとしても、

自分以外の誰かが手を汚すことになるだろう。


だったら自分の命があるだけまだマシ。


「しょうがないことなんだ……。これはしょうがないことなんだ……」


ルーキーはお経のように何度も自分を納得させた。


誰もが寝静まった深夜に家を抜け出し、

村の外にある橋を落として誰も逃げられないようにした。


それから村を囲むように火を放った。


「きゃーー!! 誰か! 誰か助けてーー!!」

「うちの子! うちの子がいないのよ! 誰かーー!」

「うあああ!! 熱い!! 熱いぃぃーー!!」


炎のなかでゆらめく人影がどんどん減っていく。


叫び声には自分の知っている人の声や、

仲良くしてくれた人たち、親切な村の人達の声も聞こえた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


友人や知り合い、優しい村の人達が燃えカスになるのを見ながら、ルーキーは座り込んで謝り続けていた。

やがて火が収まる頃には村に生き残った人はだれもいなかった。


仕事を終えたルーキーはふらふらと不安定な足取りでダンジョンへと戻る。


「これですべて終わる……。やっと解放されるんだ……」


ルーキーがダンジョンの元へ戻ると、大声で叫んだ。


「おおーーい!」


返事はない。


「おおーーい!!」



すると、暗闇から男が現れた。


「うわっ!?」


驚いて尻もちをついたが、すぐに男のきらびやかな防具に目が止まる。


「あ、あなたは……?」


「君、大丈夫かい。俺は勇者。偶然通りかかったんだ。

 ダンジョンで大声を出すなんて、無用心すぎるぞ」


「すみません……。それより、ここから早く出た方がいいですよ!」


「ん? どうしてだい?」


「ここには強力なドラゴンがいるんです。あなたも……」


すると、勇者は"ああ"となにか思い出したようにポケットから取り出した。

それはドラゴンの歯だった。



「すごく強敵だったよ。しかし勇者にかかればドラゴンなんて朝飯前さ」



ルーキーはその言葉を聞いて、その場にヒザから崩れ落ちた。

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