#017 『執行騎士』


 【異常事態イレギュラー】。


 迷宮が出来てからしばらく経つと、突如として発生するとされる原因不明の災害。

 冒険者ギルドの選定したランクからかけ離れた魔物が出現したり、異常な程の魔物が出現したりなど、その種類は多岐に渡る。

 それが、レインとカシュアの共通認識であり、確かにその認識で合っている。


 ──だが、彼らの認識で違う点があるとすれば。


 一度の【異常事態イレギュラー】で起きる現象が、という事だろう。





 迂闊だった。

 俺の目の前に姿を現した小さな死神リトルリーパー衝撃インパクトが強すぎて、その可能性について完全に思考から抜け落ちていた。

 出現する選定ランクからかけ離れた魔物は

 迷宮のそこら中に出現するからこそ、【異常事態イレギュラー】発生時の迷宮探索者の死亡率が非常に高いのだ。


 カシュアがこの事態に気付けなかったのも無理は無い。

 元々、魔王が勇者によって打ち倒された事によって、迷宮は誕生したのだ。

 つまり、彼女自身が迷宮に挑んだ事は無い。だからこそ、【異常事態イレギュラー】という現象についての理解が浅かったのだろう。

 それでも、小さな死神リトルリーパーの大群に気付いたカシュアはすぐさま声を張り上げる。


『──ッ、すぐに逃げるんだレイン君!! 意識を一切あっちに向けるな! 今の魔力欠乏症状態の君なら、奴らに感知される事無くこの場から逃げられる! だから──!』


 と、カシュアがそこまで言って再び硬直する。

 視線の先にぬぅっと現れたのは、パラサイト・タイタンボア。小さな死神リトルリーパーの群れからは逃げられても、奴からは確実に逃げる事は出来ない。


『嘘だ、そんな……なんでこんな短期間に集中して……!!』


 カシュアの声が震える。異常事態イレギュラーの影響は、小さな死神だけでは無かった。

 本来あり得ない魔物の出現、そして迷宮において頂点に君臨していた魔物達の

 パラサイト・タイタンボア単体でも、全快の状態で挑んでも死闘になるのは確実だというのに、こんな状態で交戦すれば間違いなく死ぬだろう。


「こんな所で終わってたまるか……!」


 力の入らぬ身体に鞭を打ち、無理矢理身体を起こそうとして地面に倒れ込む。

 それでも、逃げなければ俺はここで終わりだ。何度も立ち上がろうと試みるが、上手く行かない。

 ここで死ねと、運命がそう告げているようだった。


「カシュア、どうすれば良い……!?」


 それでも一縷の望みに縋るように、カシュアに問う。

 だが彼女は、口を真一文字に硬く結び、悔いている表情をしていた。


『……すまない。これはボクの失態だ。……小さな死神リトルリーパーに遭遇した時点で、何が何でも逃走を敢行するべきだった。ボクは迷宮の異常事態イレギュラーという物を甘く見積もり過ぎていた』


 そして、何かを覚悟したかのように彼女は真剣な眼差しでこちらを見る。


『──だから、この代償はボクが支払う。君を何としてもこの場から生かして帰す為に、本当の本当にを使う。その結果、ボクがどうなろうと──君だけは、絶対に生かすつもりだ』


「カシュア……?」


『ヴモォォォォォォォォオオオオ!!!』


 その時、パラサイト・タイタンボアがこちらに気付いた。

 そして、それに伴って小さな死神の大群もまた、こちらに気付く。

 致命的なまでの死の津波が、目前に迫ってくる。


『お師様の守りたかった物は、ボクが守る。だから君は安心して身を委ねてくれ』


「カシュ──」


 カシュアが俺の身体に触れ、何かをしようとしたその瞬間──。





「──え」


 まるで、時が止まったかのようだった。

 紙芝居のページが移り変わるかのように、一瞬にして目の前の光景が一変する。

 小さな死神の大群やパラサイト・タイタンボアは俺の目前で、物言わぬ彫像へと変化していた。

 目の前の異常事態と、に思わず身震いする。


(何が起きた!?)


 それは、一秒にも満たない出来事だった。

 余りにも早すぎて、その瞬間を見逃したのだろうか。

 いや、見逃すとしても、本当に瞬きの一瞬だけだった。そんな速度、普通は有り得ない。

 S、もしくはAランク冒険者でないと、こんな芸当は出来ないだろう。


「カシュアが、やったのか……!?」


 カシュアが言っていた最後の手段とやらの結果だろうか。

 そう思いながらカシュアの方を見るが、彼女も困惑しているようだった。


『いや違う、ボクじゃない!! これは……!!』


「すみません、危険と判断したので


「ッ!」


 背後から聞こえてきたその声を聞いて、勢い良く振り向いた。

 そこに立っていたのは、特殊な形状の剣を持つ、純白の鎧を身に纏った騎士。

 顔を覆う兜は身に着けておらず、顔立ちから見るに俺と同じぐらいの年齢の少女だった。

 まさかこの光景を生み出したのが女の子だとは思わず、衝撃が走る。


「ああ、今片付けますね」


 一拍置いて、チン、と剣を鞘に納める音が響くと、小さな死神達は成すすべも無く粉々に砕け散った。

 俺があれだけ苦労して倒した小さな死神の大群を、あの一瞬で片付けて見せた。

 今の俺では到底及ばない恐ろしい技量の持ち主を前にして、思わず一歩後ずさってしまう。


『あれは、──東国あずまのくにの剣士か……!!』


東国あずまのくに……!?」


 突如として現れた人物の武器を見て、カシュアがそう呟いた。

 東国あずまのくに。迷宮に挑戦する前、カシュアから名前だけは聞いていた遠い東の島国の名だ。

 そんな国の剣士が、どうしてこんな所に。


「『執行騎士エグゼナイツ』第四席【凍刃とうじん】、問題の迷宮に現着しました」


 そんな俺の疑問に答えるかのように、彼女は自分の身分を明かした。

 いや、正確には耳に付けている魔道具に触れながらそう呟いていた。

 その名を聞いて、再度の衝撃が走った。


 『執行騎士エグゼナイツ』。世間に疎い俺でも知っている。

 ライト神教国を代表する【大聖堂】直属の、最強の騎士達に与えられた名だ。

 そして、その頂点──第一席と呼ばれる騎士は、とまで言われている程の豪傑。


 そんな『執行騎士エグゼナイツ』に所属していると明かした少女の、透き通る紫紺の瞳がこちらを捉える。


「現地の冒険者さん。情報共有、お願い致します」


 氷の海原に佇む可憐な少女は、白い息を吐き出しながらそう言った。

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