#015 『VS小さな死神②』
魔法の授業。こんな危機的状況だと言うのに、その単語を聞いて思わず高揚する。
『腰抜けカシュア』なんて言われてはいる物の、彼女は元勇者であり、世界最高峰の魔法使いだったのだ。
そんな彼女から直接魔法の指導してもらえるという事実に、興奮するなと言う方が無理があるだろう。
『良いかいレイン君。何をするにしても、まずはこの状況を切り抜けなければならない。今からボクの言う事を疑わずに行動してほしい』
カシュアの言葉に一つ頷くと、彼女は掌に収束させた赤い魔力光を握りつぶして拡散させる。
『昨日、君はパラサイト・タイタンボアとの戦闘の最中に内部に溜まっていた魔力を放出した。
何故、と問う暇は無い。ギリギリと足の筋肉が軋む音が響き、再び
……今の内だ!
(確か、収める時は導火線が縮まっていくイメージをしろって言っていた。なら、それとは全く逆のイメージで……!!)
カシュアが指示したその謎の行動の結果は、劇的な物だった。
「ッ!?」
魔力の放出を始めてすぐ、
『今だ、一度撤退するぞ!』
カシュアの声に意識を取り戻し、すぐにその指示に従う。
結局、その姿が見えなくなるまで、
◇
「ど、どういう理屈で
木陰に身を隠し、息を整えながらカシュアに聞いてみる。
すると、カシュアは自分の目を指差しながら、俺の問いに答えた。
『
「視力が無い……!? それなのに、なんで奴は俺が敵意を抱いたって分かったんだ!?」
『
「……なるほど。だからさっき、
口元に手を当てながら、思考を巡らせる。
先ほどの行動は、魔力でしか世界を見れない奴にとって急に煙幕が張られたに等しい行動だ。そりゃあ闇雲に攻撃を繰り返してもおかしくは無い。
だが、それが分かった上で再び疑問が湧いてくる。
「それが出来るならなんで最初からその案を言わなかったんだ? 逃げるにしろ、戦うにしろ、最初からそう教えてくれればもう少し戦いやすかったような気が……」
『おいおい。魔力を放出し続けながら逃走しろ、なんて本当は自殺行為に等しいんだぞ。自分の限界もまだ良く分かっていないだろう君に、そんな器用な戦い方は提案できないさ。──言わば、最終手段だったんだよ、これは』
確かに、今の魔力の放出だけでも大分身体に力が入らなくなってしまっている。
適切な出力量が分からず、むやみやたらに放出してしまったせいだ。
カシュアの苦言を噛み締め、深く反省する。
「ごめん、そうだよな」
『いや、謝る必要は無いさ。君が戦う意思を示した以上、ボクも全力で支援するつもりだ。……さて、本題に入ろう』
自分の未熟さに落ち込みかけていたが、カシュアは気にする必要は無いとばかりに笑い、指を立てる。
『君に習得してもらう魔法は【フレイム・エンチャント】。火魔法の初歩中の初歩、
「初歩中の初歩……? そんな魔法で、Dランクの魔物が倒せるのか……?」
『初歩を侮るべからず。どんな魔法にも使い道はあって、刺さる魔物にはとことん刺さるものさ。少しばかり、特殊な使い方にはなるけどね』
カシュアはにやりと笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
『先ほど実際に体験した通り、奴は魔力を通して世界を見ている。裏を返せば、
「……魔力を通してしか……」
目を閉じて先ほどの行動を振り返ってみて、一つの答えが浮かび上がる。
「
『正解だ』
「でも、それがどう火を纏う魔法に繋がるんだ……?」
首を傾げてカシュアに問いかけるが、彼女は微笑みを携えたまま何も答えようとしない。
全てをカシュアに任せるのではなく、あくまで自分で考えてみろという事か。確かに、今は
顎に手を添えてよく考えてみる。
「……あ」
『分かったかい?』
「火を纏うってのはあくまで
『大正解。まあ、それは厳密に言えば【フレイム・エンチャント】の応用技術なんだけどね。手順としては、一度自身の身体を覆ってみて、それで形状を覚えるんだ。そして、その人型の形の魔力を放出する事で、
カシュアは応用技術と断言した。魔法の初歩すら知らない俺がいきなり応用なんて出来る気がしない。
けれど、やらなければ死ぬ。そういう覚悟で臨まなければならない。
だが、出来る出来ないの前に、確認しなければならない事をカシュアに聞かないとな。
「でも、人をまるまる覆うぐらいの魔力を放出って下手したら……魔力切れを起こすんじゃないか?」
『それも作戦の一環さ。魔力でしか奴が君を特定出来ない以上、魔力を空にする事は有効な手段だ。魔力が空になれば、奴は完全に君を感知出来なくなり、無防備な所を確実に仕留める事が出来る』
カシュアの提案に、思わず顔が引き攣る。魔力を限界まで使った時の虚脱感。
身動き一つ取れなくなり、逃げる事すらままならなくなるあの感覚を、故意的に引き起こせと。
確かにそれは、最後の手段と言ってもおかしくは無い。
「……分かった。それで奴に勝てるのなら、命を賭けるに値するかもな……ぐっ」
と、そこまで頭を回していた事で意識から遠退いていた腹部の痛みがぶり返してくる。
魔法には繊細な技術が求められる。こんな状態では、魔法の構築に失敗してしまうかもしれない。
そんな俺の思惑を察してか、カシュアが先回りして答える。
『早速さっき教えた知識が活かされる時だ。君は今痛みで苦しんでいるが、
カシュアは指を立てると、その先端に赤い光を灯す。
『フレイム・エンチャントの詠唱は【火の理よ・我が身を纏いて・外敵を焼き払え】の三節から成り立つ魔法だ。ボクの言う通りに唱えてみると良い』
「火の理よ・我が身を纏いて・外敵を焼き払え……」
火を纏うというイメージと共に、カシュアの言われた通りに詠唱してみると、身体の内側から魔力が抜けていく。
すると、自分の腕に炎が溢れ出した。
自分の体表に炎が現れているというのに、少し熱いぐらいなのが不思議だ。もしかしたら、俺には炎系統の適性があるから、そういう耐性があるのかもしれない。
『その炎を全身に広げていくんだ。そうする事で、君の身体の輪郭を記憶するんだ。常人ならばかなり難しい事かもしれないけれど、君ならば視覚で魔力の形を認識出来る。すぐに出来るようになるだろう』
「分かった。やってみる……」
今は腕にだけ伸びてある魔力の導線を、全身に広げていく。
カシュアの言う通り、本来ならば感覚を頼りにしなければならない所をすっ飛ばし、すぐに全身に炎を纏わせる事に成功する。
『呑み込みが早いね。先生であるボクも教え甲斐があるよ。後は記憶した形状のまま放出し、それを維持し続けるんだ。今は少しでも魔力を温存したいから、放出はしなくて良いけどね』
「で、でも魔力の塊を放出するだけで良いのか? 動かさないとすぐに偽物だってばれる気が……」
『奴は魔力でしか世界を見れない上に
そうか。確かに奴は極めて憶病だからこそ、俺に襲い掛かってきた。
囮を動かす事が出来ないのは、俺とカシュアしか知らない事であり、奴が知る由も無い。
その情報の差が、俺と奴にある極めて大きい溝を埋める役割を果たすのだ。
遠くから聞こえてきた音が、少しずつ近付いてくる事を察知したカシュアが、こちらに問う。
『さて、そろそろ奴が現れる頃だろう。準備は良いかい?』
「ああ、いつでも行ける」
深く息を吐き出し、再度覚悟を決めたその瞬間。
大木をなぎ倒しながら暴れ回っていた
僅かに安堵を滲ませた表情を浮かべ、先ほどと同様に、憶病が故に殺しに掛かってくる。
生死を賭けた闘争が再開される。
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