ギターを手にした僕を待っていたのは、出会いと夢と未来だった

八幡ヒビキ

中学2年生――冬

第1話 予想外の出会い

 例年より暖かい冬だった。


 それでも吐く息は白くなるし、河川敷は枯れ葉色に支配されていて、寂しい光景だ。


 ギターを入れたギグバッグを背に担ぎ、堤防上の道を歩いて、細野蒼ほその あおはいつもの場所に向かう。ここ3ヶ月ほど、彼は河川敷グラウンドのベンチで30分ほどギターの練習をするのが日課になっていた。以前の蒼だったら考えられないくらい朝早く、まだ薄暗く、犬の散歩の人くらいしか歩いていない時間帯だが、家の中で練習すると家人に迷惑がかかるからと自分で決めたことだった。続けられているのは早起きが苦にならないくらい練習が楽しかったからだ。ギターを手に入れ、面倒だと思っていたときからは考えられない。自分でも不思議な気がした。


 今朝はいつもよりさらに暗かった。厚い雲が空を覆っていたからだ。


「そういやじき、冬至だ」蒼は一人ごち、空を見上げた。「あ……」


 白いものが風に乗り、舞い降りていた。気温が高いから積もらないだろうが、雪でギターが汚れたり、痛んだりするのは避けたかった。


 蒼は仕方なく鉄道橋の下に移動を始めた。橋の下であれば、濡れるのは避けられるし、防犯灯もあって明るい。


 鉄道橋が近くなり、河川敷へと降りる階段を下っていると、よく訓練されたソプラノの歌声が彼の耳に入ってきた。おそらく少女の声だ。


 河川敷で音楽の練習をしているのは彼だけではない。実際、金管楽器やパーカッションの練習をしている人を見かけたことはあったが、歌声は初めてだった。


 鉄道橋の下に至り、歌声の主と思われる人影を目にし、彼の脚は止まった。


 彼が知っている女子だったからだ。


 制服でもジャージでもない彼女を見たのは初めてだったが、ダウンジャケットで着ぶくれしていても、すらりとした立ち姿は見間違えようがない。


 ちょうど電車が鉄道橋を渡り、彼女の歌声はかき消えた。


 電車が橋を渡り切ると、彼女は口を閉じ、彼に目を向けた。


 蒼は少し悩んだが、降り始めた雪から逃れるために橋の下までいき、ギグバッグを背から下ろした。


「おはよう」


 彼女が口を開いた。


 蒼はギグバッグからギターを取り出しつつ、目を向けずに応じた。


「挨拶は学校で言うべきだと思うんだけど」


「こんなところでもクラスメイトに会ったら朝の挨拶くらいするでしょ?」


「ボイストレーニングをやってるなんて噂、聞いたことないから、内緒なんだろうと思った。なら、見ていないことにした方がいいかなって」


「それギター? 学校で内緒なの?」


 彼女は蒼の話を聞いていないようだった。


「僕は別に。学校で話すようなことじゃないだけだ。あ、その、坂本さんのことは話題にしないよ。安心して。まあ、見ていないってことで」


「じゃあ、私もそういうことで、いい?」


 彼女はわざとらしくニパーッと笑った。わざとらしくても、もともとがかなり整った愛らしい顔だ。あざといというべきかと蒼は呆れた。


 護岸タイルの上に座り、ギターを膝の上に乗せ、蒼はルーティーンを開始する。


 彼女も会話にひと段落ついたと判断したのか、発声練習を再開した。


 舞い降りる雪を見るそぶりで、蒼は彼女の様子を伺う。


 彼女の目は向こう岸に向いていた。彼女は蒼を気にしないよう努めているようだったし、彼もまた気にしないよう努めたかった。

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