第21話 修羅場

「ここに日本人がいると思うのだけど?誰がコーラーを頼んだの?私は麻璃奈よ!私も日本にの!ザイフが「コーラーを注文した人は、もの凄く恰好いい男性でしたよ」って言っていたわ!どこにいるの?」


 2階に上がったと同時に、麻璃奈は俺たちに向かって叫んだ。


 その後、麻璃奈は2階のフロアを見回し、俺と視線が交差した瞬間、「ザウスが言っていたもの凄い恰好いい男性とは、あ、あなたね。確かに絶世の美男子だわ...!」


 彼女は俺を集団の中から見つけ出し、頬を赤く染めながら、うっとりとした表情を浮かべながら近づいてきた。だが...。


 ガタ!ガラガラガッシャーン!


「ご主人様をお守りするんだ!」


「主様!」


「ご主人様に近づいたら...殺す!」


 麻璃奈さんの登場により、場がざわついた。


 そりゃそうだ。麻璃奈さんは牛刀包丁を片手に持ち、スリット付きのロングエプロンとコックコートのいたるところに、血痕を付着させていた。


 俺を守ろうとして、クラリス、メル、コロ、そして俺の仲間たちが慌てて立ち上がった。その動きで、テーブルの上にあった飲み物や食べ物が、床にこぼれてしまった。


 麻璃奈さん...あんな姿で微笑みながら近づいて来たら、誰もが不審者だと思ってしまうって...。


「主様!私たちがあなた様をお守りいたします!主様は我々の後ろに下がってください!」


「くるるるる~!」と、普段は愛くるしいコロまでもが、麻璃奈さんに対して威嚇行動を開始した。


 さらに一番攻撃的になっているのがメルだ。メルは、自分の身体の前で滑らかに腕を動かし、まるで必殺技をくり出すかのような動きをする。


 やばい!戦闘になってしまう。

  

 目の前の麻璃奈さんは、そんな皆の態度を見て、少しだけ怯えるような表情はしたものの、すぐに冷静さを取り戻し、謝って来た。


「こんな格好なら誤解されても当然よね。慌てて厨房から駆け上がって来たから。この血はコカトリスをさばいていたのよ...。唐揚げの注文が急に大量に入ったから。それにいきなりコーラーが頼まれて、本当に慌てちゃったから。ごめんなさい!」


 そう言った後、包丁をテーブルの上にそーと置き、両手を頭の上にあげて、俺達に無抵抗をアピールしてきた。


 見た目は絶世の美女だ。ハーフ?クオーター?の様な顔貌で、22,23歳ぐらい?もっと大人っぽく見える。


 あと大人っぽいのは顔だけじゃない。コックコートを着ていても分かる、男を夢中にしダメにする、たわわに育ったお胸様と、一気にくびれるウエスト。


 完璧だ。


 ただ...どっかで見たことがある様な気がする。どこかで...。いくら小判帽をかぶっているとはいえ、こんな絶世の美女を忘れるなんて、おかしな話だが....はて、どこだっけ?


「うふふ、こんな血だらけの服をマトっていても優しく、私に好意的な視線を向けてくれるのね。もう本当にゾクゾクしちゃう♡こんな熱い視線を向けられるなんて久しぶりだわ。それも、私のことを何となく知っているかのような、そんな表情をしているわね!」


 そう、麻璃奈さんは俺の表情を見つめた後、「でも...まだ私のことは霧に覆われているみたいね...」と、寂しげに呟いた。


「なら...これで思い出してくれるかしら...?」


 そう言って小判帽を脱ぎ捨て、束ねていた髪の毛を振り解き、「私の料理の一つ一つを、あなたの心で味わっていただけたかしら?」そう俺に聞いてきた。


 麻璃奈の言葉を聞いた瞬間、俺の記憶の断片が一つに結びついた。「あぁ!その仕草、その決め台詞!天才料理人、雷門カミナリモンアオイじゃないか!ってことは清水真利奈!...さんじゃないですか?すみません。間違っていたらごめんなさい!」


 衝撃的な事実により、俺は後ずさりしながらも、2階フロア全体に響き渡るぐらいの大きな声をあげてしまった。


 なんといっても、「天才料理人 雷門 葵」が活躍する「料理人X」シリーズは、season 4という絶頂期で打ち切りとなった、伝説のTV番組であったからだ。


「うふふふ。違わないわよ。そうよ!その通りよ、すごく嬉しいわ。知っていてくれたなんて!」と、元若手人気女優の清水麻璃奈は言った。彼女は満足そうな表情を浮かべ、俺を見つめた。


 さらに麻璃奈は、コカトリスの血がついたスリット付きのロングエプロンとコックコートを脱ぎ捨て、俺の目の前でパンツとノースリーブ姿になった。まるで自分の身体を俺に見せつけるように...。反応を確かめるように。


 俺がその素晴らしいプロポーションに見惚れている姿を見て、麻璃奈は満足そうな表情を浮かべた。


「ふふふ、よかった。やはりあなたは地球人。そしてザイフから聞いた通り奴隷に対する扱いも紳士的の様だし。女性達をとして扱っていないみたいね。とても暖かく優しいオーラが出ているもの。パパとママと同じオーラがするわ!」


 そして俺を見つめ、「その表情、その愛くるしい体型、そして瞳の奥底にある優しくて温かなオーラ。あなたみたいな男性に会えていたら、まだ私は地球に住んでいたかもね...」と彼女は、寂しそうに言った。


 どう言う事なんだ...?意味が分からない。


 俺が困った表情をしていると、麻璃奈さんは頬を赤らめ、「お名前を...教えてくれませんか?」と、自ら俺に名前を尋ねてきた。


 しまった。自分から名乗るのを忘れていた。慌てて俺は麻璃奈さんに、「智也です、秋枝智也です」と伝えた。


「そう智也、智也君ね。よろしくね智也君♡」すっと俺の方に近づいてきた。握手かなと思ったら、しっかりとハグをされた。それも、自分のたわわな胸の中に俺の顔を押し付けるぐらい、きつーく包み込むように...。


 麻璃奈さんは、170cmを優に超えている。だから、背の低い俺とハグをすると、俺の顔が麻璃奈さんの胸に吸い込まれて行くのは、自然の摂理だが...。


 しかし...なんで俺の周りの女性たちは、高身長の者たちばかりなんだろう?


 さらに、大きな瞳は深い湖の様な神秘的な面持ちを持ち、華奢キャシャで繊細な鼻筋と、艶やかで花びらの様な優雅で豊かな唇、オーバル形の顔、そして乱れた髪もとても躍動的で、彼女の美貌を引き立てている。


 さすが、若い世代に絶大な人気を、若きカリスマ女優なだけはある。


 若々しく健康的な肉体だけでなく、男を駄目にする柔らかく、はちきれんばかりのお胸もご健在だ。いやー、女神様みたい。女神様を見たことは無いけど...。


 麻璃奈の胸の中で幸せを堪能していると、「ちょ、ちょっと、ご主人様にいきなり何をするんですか!」とメルは、麻璃奈さんから俺を引き離した。


「ご主人様!大丈夫でしたか?」とメルは、心配そうな視線を向けて尋ねてきた。


 大丈夫も何も、幸せを感じていただけだからな...。


 そんな俺の様子を確認しながら「主様、大丈夫でしょうか?主様は私たちが、心の底から身も心もご満足にさせます。得体のしれない女から離れて下さい!」と、麻璃奈さんの前にクラリスも立ちはだかった。


 おいおい、やばい雰囲気だ...。一触即発の状況になりつつあるようだ。


「ごめんなさいね。あなた達と争うつもりはないわ。嬉しくて...興奮しちゃっただけ。本当にごめんなさい」と、麻璃奈さんはメルとクラリスに頭を下げた。


 一般人、特に麻璃奈の場合は貴族だ。貴族が奴隷に対して頭を下げる行為は、この世界ではありえないことだ。


 そんな行為を平然と行ってしまう麻璃奈に、驚きを隠しきれない二人であった。つまり、麻璃奈は智也に会えたことを純粋に喜んでいるという事だ。


 それにしても、人気女優の清水麻璃奈にナイメール星で出会うとは...思ってもみなかった。いや本当に驚いた。だって清水麻璃奈は...。


 麻璃奈は、俺の驚いた表情にすごく満足した様子で、「いいわ。その表情。ナイメール星の男性って私を肥溜めを見るかのような目で見て来るし。本当に感じが悪いのよ」と、怒ったように俺に言ってきた。


 そうだよな...地球では男女関係なく、黄色い声援を浴びる存在だったからな。


「でもね...。それでも地球にはもう帰りたくないかな。地球の食材や調味料はすごく気になるけど、あんなブ男達にちやほやされたくないわ...」

  

 そう麻璃奈さんは意味深な発言をした。やはり料理が好きなんだな。それと、ブ男たちにチヤホヤってどういう意味なんだ?自分のことを言うのもなんだが、でいうブ男なら、すぐ目の前にいるのだが...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「店長ー!降りて来て下さい!オーダーがたまっています!」と、階段下から大きな声が聞こえた。


「もう!せっかく運命の人に出会えたのに!智也君、ごめんなさいね。まだお仕事が残っているのよ。下にお客さんもいるし。あと一時間だけ待ってもらえないかしら?たくさんの料理を腕によりをかけて作ってくるから、ちょっと待っていてね♡」


 そう俺に優しい笑顔でほほ笑んだ。なんだかすごく優しい。あの、一世を風靡した女優から、こんなに優しくしてもらえるなんて信じられない。


 でも...やっぱり気になる。何でナイメール星に麻璃奈さんがいるんだ?聞いていいのなら聞いてみたい。


「そうそう、智也君と仲間の皆なら、ここに泊まっていいわよ。それに智也君、麻璃奈と呼び捨てでいいわよ。あと、智也君だけ私の部屋で泊まる?」


 へっと、間抜けな顔をすると、「ふふふ、本気よ。私の好みにドンピシャですもの。いいのよ~、お姉さんのお部屋に来て」と、麻璃奈がすごくねっとりとした表情で俺を誘ってきた。


「いい加減に主様を困らせないで下さい!」と、クラリスが麻璃奈に対し、ちょっと強めの殺気を放った。


「こら、クラリス!敵じゃないって!」


 メイもクラリスも、俺に対しては非常に甘い。しかし、俺が絡むと、他者に対して恐ろしいほどの敵意を向けることがある。まだ直接攻撃をしないだけありがたいが、相手に向けて殺気を放ち、無力化させることは多い。


「くっ!すごい殺気ね。主人の命令に逆らってまで...。でもね、私も負けないわよ。やっと巡り会えたんだから!二度死んでやっと巡り会えたんだから!それに一度は自ら死を選んだし!」


 体を震わせながら、大きな声で叫んだあと、近くにあった包丁をまた手に持ち、クラリスの殺気を叩き落すかのような動きをした。「ふう~。言っとくけど奴隷ちゃん達、私は争うつもりはないわ。本当に彼を好きになっただけよ。やっと巡り会えた、運命の人にね」


 そして、インリンもサラも何が起こっているのか訳が分からない様な表情をして、麻璃奈をじっとみつめている。


 そんな二人に対して麻璃奈は、「ごめんねインリンにサラ。夕食の場を台無しにしちゃって。まさか、あなた達が智也君を連れて来てくれるとは思わなかったわ。本当に感謝をするわ。あとでちゃんと説明とお礼はするわ」


 そう二人に対して頭を下げた。「マリナ!旦那と知り合いだったのか?」困惑した表情でインリンは麻璃奈に聞いた。


「ううん...初めてよ。本当に。ただ智也君は私を見たことが何度もあるのよ。でも、私たちは初めて出会ったの。嘘は言っていないわ。分からないとは思うけどね。一時間だけ待って頂戴。すぐに来るからね」


 今まで俺に見せていた優しい笑顔がすっと消え、厳しい表情となり従業員たちをみつめた。


「ローファンとあと2名は、この場の掃除を大至急して!新しい料理と飲み物の補充を!ザイフは1階にいるお客様に説明を。1時間でお引き取りを願いたいと告げて。その代わりお代は頂かなくていいわ。それでも揉めるなら金輪際その客たちは出禁よ!」


「はい!分りました。お嬢様!」と従業員一同は、麻璃奈に頭を下げた。


「とりあえず、色々とおつまみを作ってくるから、後でゆっくりと語り合いましょう」


 そう言って階段を駆け下りようとした時、麻璃奈はこちらを振り向き、「智也君は絶対に残ってね。お話をしたいから」そう、懇願する表情で俺に訴えた後、ザイフと一緒にさっそうと一階にかけ降りて行った。


 な、何だか分からない事ばかりだ。


 何で...2年前に事故死した清水麻璃奈がナイメール星にいるんだ?事故死じゃない?自ら命を絶った⁉


 それに俺が好みのタイプ?地球人の麻璃奈が?もうぐちゃぐちゃだ...。

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