第15話 第一回 ネーミング選手権

 フェンリルを救出できてよかった。よほど喉が渇き、お腹が減っていたのであろう。メルがもってきた水をがぶがぶと飲み、干し肉や黒パンを美味しそうに食べた。


 干し肉は俺が知っている物よりもさらに塩辛く、水分がよく飛んでいる。あまり美味しくないと思うのだが...。それに何の肉なんだろう...。


 少しお腹が膨れたところで、この館にあるお風呂で体を洗ってあげた。


 ロジンは苦笑いをしながら、「この館にはお風呂もありますよ。そこでああいう行為も求められましたから」と教えてくれた。


「皆さんが宝物庫にいる間に、寝室とお風呂は掃除をしておきましたよ。お湯も入れてあります」と言って、タオルを用意してくれた。


 気が利く男たちだ。「ありがとう」と獣人たちにお礼を言うと、「俺たち3人は奴隷ですから当たり前ですよ。お礼ならロジンたちに言って下さい」とモリジンが笑って言った。


「ご主人様には感謝しても感謝しきれないですよ。腹いっぱいにご飯も食べさせて頂きましたし、何と言っても生き返らせてもらいました。本当に感謝しております」


 そう言って、頭を下げてきた。「まあ、無理しないで。生き返ったばっかりなんだから」と告げた。ちなみに、お風呂は魔石で沸かしたそうだ。異世界定番アイテムが、また一つ現れたな。今度詳しく教えてもらおう。


 クラリスに「お風呂先に入る?」と聞くと、「主様のお家のお風呂がよろしいです♡」と言ってきた。「でも狭いよ」と伝えたが、「その狭さがいいのです!」と力強く言いかえされてしまった。


 メルも同感らしい。


 結局、フェンリル君の汚れを落としてあげることにした。「あとで皆もお風呂に入ってね」と、獣人さん達に告げた。


 マジックポーチに入れてあるお風呂セットのシャンプーやトリートメントをたっぷり使って、しっかりとフェンリル君の全身を洗った。


 フェンリル君は体を洗われるのを嫌がるかと心配したが、逆に喜んでいる様だ。「く~ん、く~ん♪」とすごく嬉しそうに目を細めている。今まで気が付かなかったが、尻尾が体に比べて少し長い。そんな尻尾をぶんぶんと右旋回させながら喜んでいる。


 このフェンリル君は綺麗好きなようだ。良かった。向こうの世界に連れて行くなら、綺麗好きの方がありがたい。ペット同伴OKのマンションなど探さないとな。


 あと、このフェンリル君、女の子のようだ。男の子かと思っていた。洗うと分かるよね。だから俺に甘えてきたのかな...?


 お風呂から上がり、しっかりとタオルで拭いてあげると、身体中がもこもこでふわふわの物体が現れた。もうぬいぐるみみたい。マショマロに狐の尻尾がくっついた様だ。


 よく狩りができたな。う~ん、ちっとも俺が知っているフェンリルにはみえない。ラガマフィンと言った方が絶対にしっくりくる。ラガマフィン君だな。仮の名前決定!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ドラリル一味の宝物庫の中にある物についてクラリスに、「この中の物って役人に引き渡さないといけないのか?」聞いてみた。


 ラガマフィン君がビクッとした。言葉が分かるのだろうか?「言葉が分かるのかな?大丈夫だよ。君は渡さないからね。よかったら僕らと一緒に暮らせばいい。君次第だよ」と言って頭をなでた。


「くん!」


 嬉しそうに左右に尻尾を振りながら、再び干し肉を食べ始めた。


「主様。宝物庫にある財宝の件ですが、役人に差し出す必要はありません。全部見つけた者に権利があります。ただし、盗賊団などから取り返して欲しいなど、思い入れのある品に関してはギルドに依頼を出す場合があります。そのような時は報酬次第で依頼主に引き渡したりします」


 物品を取り返して欲しいという依頼をギルドに出す場合はよほどの時で、その品物の価値の5~10倍の手数料を支払うのが普通らしい。それが嫌ならしっかりと自分の物は自分で守れという感じらしい。


 せっちがらいね~。でも返さないでいいのならしっかりと頂いておこう。特に宝箱の中身を見て驚いた。本当に大量の金貨と白銀貨が入っていた。


 もう日本円にしたら10万円、100万円相当の貨幣が大量大量、ぱっと見だけでも宝箱の中に億単位の貨幣が入っていることは間違いないだろう。


 こっちの世界の方が俺にあっているのかな?こっちの世界じゃ美男子らしいし。俺好みの子からやたらとモテるし...。


 まあそんなことを考えながら、マジックポーチにこの部屋にあるお宝を全部しまい込んだ。マジックポーチも5個出てきた。全部で7個になった。ありがたみが薄れるな。


 でも日本で売ったらどれくらいの価値になるんだろう?何百億レベルだろうか?絵画でも最高落札額が513億円だし、マジックポーチなら兆レベルかな?


 まあ、すっごく面倒なことになるのは目に見えているから売らないけどね。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ラガマフィン君の方を見ると、たらふく食べてお腹が膨れたようだ。「く~♪」と、すごくご機嫌な顔をしている。俺の視線に気が付くと「く~!」と元気よく飛びついてきた。可愛い。


「可愛いな」と言って頭を撫でまわすと喜んで俺の頬に自分の頭をこすり付けて来る。本当にチョカクみたい。


 このラガマフィン君どうしたいのかな?自由に暮らしたいのなら、傷も治りお腹も膨れただろうから、ここでお別れだし。一緒に暮らしたいのなら傍にいれればいい。


 出来れば可愛いし、一緒に暮らせると嬉しいのだが...。まあ聞いてみるか。


「ラガマフィン君。これからどうしたい?もしこのまま自由に暮らしたいのなら、好きな所に行けばいい。僕らと一緒に行動をしたいのなら一緒に行動を共にしよう。君はどうしたい?」


 そうラガマフィン君に聞くと、「くー!くー!くー!」と言って、俺の身体をするすると登り、腕にしがみ付いてきた。


 つぶらな瞳で俺を見つめ「一緒に連れてって、連れてって!」と、一生懸命訴えているという事が、フェンリル語を理解できなくても分かる。


 一部始終を見ていたヤーロンが、「離れたくないのでしょう。必死な顔をしておりますよ。フェンリル様がこれほどまでに人族に懐くなんて...ありえない事です」そう驚いた表情をした。


「決定だな。じゃあ一緒に暮らそう。ただ今住んでいる場所はペット禁止なんだよ。すぐに引っ越すからもうちょっとだけヤーロン達と一緒にいてね。向うでも一緒に暮らせるようにするからね」


「くん!」ひと鳴きした後、ありえないほど尻尾を左右、上下に振って、「分かった!」というアピールをしてきた。


 やっぱり可愛い。そして賢い。だだをこねて俺を困らせることはしない。大したものだ


 その後、ここにいる皆の匂いを嗅いで「くん!」と挨拶をしている。


 ロジンやモリジン達、獣人においてフェンリルはとても恐れ多い存在の様で、しきりに恐縮している。


「まあ、そんなに気を使わなくてもいいんじゃない?もう仲間なんだから」と言うと「よ、よろしくお願いします」と手を前に差し出し、ロジンたちが屈んで、ラガマフィン君とグータッチをしていた。


 その姿も可愛い。「くん♪」とご機嫌だ。


 でも、いつまでもラガマフィン君と呼ぶのもな。もう仲間だし。名前を付けてもいいかな?


「なあメル。ラガマフィン君も俺たちの仲間だ。名前を付けたいと思うが、どんな名前がいいと思う?クラリスも。そしてモリジン達も考えて」そう投げかけた。


「く~~~!」


 目の前のラガマフィン君は、目をキラキラさせて俺たちの方を見ている。


 やばい、凄く期待している。ラガマフィン君はそわそわしている。じっとしていられないのか、壁をカリカリしたりして興奮を必死に抑えようとしている。


 元々の名前があれば教えてもらいたいが、俺達がフェンリル語を理解できない以上、教えてくれても分からないもんな。


 皆、最初に言うのを嫌がっている。まあ「イメージでもいいから出してみてよ」と言って、ハードルを下げた。


「フェンリル様は「空のドラゴン、地上のフェンリル」と言われるほどの強者であり賢明なお方です。「地上の支配者的」的なネームはいかがでしょう?」と、ヤーロンが言ってきた。


「「お~!賛成!」」


 パチパチパチ!と「第一回 ネーミング選手権」会場から拍手が起こった。その拍手を聞いて、ヤーロンはちょっと照れいながらも、ホッとしたような表情をした。


「わ、私は、私たちの言葉をフェンリル様は理解しています。聡明な方で白い毛並みをイメージさせる、お花から名前を考えたらどうかと思います」


「おー!女性的で素晴らしい!」


「非常にいいですな。お花から名を考えるとは」


 これまた好評だ。ヤーロンの意見と同じくらいの拍手がおこった。メルも両頬を赤くして、照れくさそうな仕草をしている。


「そうですね。我々と同じで、主様の魅力にコロっと落ちたと思います。もう、主様に惚れて惚れて、抑えられない欲情を、その白い毛並みを真赤な炎で燃やすほどの熱い思いを、内面ではくすぶらせていると思われます。ですので主様にコロっと恋に落ちたフェンリル様。略して「コロ様」でどうでしょうか?」


「う~む。確かにご主人様のお人柄と、外見を気に入られておられるのは間違いないでしょうな...」


 ヨハンは俺の腕にしっかりとしがみ付き、俺にすりすりしているラガマフィン君をみて、呟いた。


 どれも決めがたいな。こちらの世界の花の名前は知らないしな。地球なら白くて可憐な花と言ったら「ゆり」だろうな。「ゆり」を延ばして「ユリ―」かな?あと知恵などを表わす言葉と言ったら、ギリシャ語の「ソフィー」も考えられるな。


「ユリー、ソフィー、コロ...どれか気に入る物があれば..」そう俺が呟くと「くぅ!」と反応を示した。どうやらその中の1つを気に入った様だ。


「ユリ―か?」と聞くと、「...」反応は帰ってこなかった。


「じゃあ、ソフィーか?」そうフェルリン君に聞くと、「...」と無反応。


 残りは一つしかない。「もしかしてコロなのか?」そう聞くと、「く~う!く~う!」と喜んでいる足にしがみ付き、俺を見上げている。


「じゃあ、君はコロで決定だな。よろしくねコロ」と俺が言うと、コロは俺の前でお座りの姿勢をして、俺に前足を出し、しゃがんだ俺とグータッチをした。


 うーん。まさかコロを選ぶとは思わなかったな。クラリスが話した由来を聞いていたのかな?「主様にコロっと恋に落ちたフェンリル様。略してコロ様です」って言っていたけど。


 悪いホストに騙された少女のような名前の付け方でいいのかな...。


 そんな俺の心配をよそに、甘えと喜びが混ざった「く~ん」という鳴き声で、その感情を伝えてきた。今回も、狐の様な大きな尻尾をブンブン右旋回、左旋回を繰り返し、喜びを表わしている。


 まあ喜んでくれているし、いいか...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さて一回家に帰らないとな。クラリスも風呂を入れてあげたいし。明日は奴隷商会に行かないといけないし。


 もう腕時計を見ると1時を回っている。明日のお昼過ぎには戻って来たいし。それに10時頃にまた、シロクマに行ってクラリスの服を買ってあげたいしな。


 戻ったら...エッチなこと多分2人とするだろうし。いや絶対するな。クラリスとメルの身体からピンクのオーラがどんどんと湧き上がってきているのが分かる。早く帰らないとな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 この部屋にあるお宝をマジックポーチにとりあえず全部しまい込んだ。そして、宝物庫から出ようとした時、コロが俺のズボンを前足でちょんちょんと叩いた。


「どうしたんだい?コロ?」と聞くと、コロは「く~ん」と言って、宝物庫にある低い棚をカリカリと引っかいた。


「何か訴えているようですね」そうメルが言って、棚を色々な角度から調べはじめた。すると、その棚も横にスライドすることが分かった!


 スライドさせると、床に隠し扉が現れた。その隠し扉を開けると、そこには30㎝四方の空間があり、その中にはマジックポーチが1つ隠されていた。


「宝物庫にも隠し扉があっただなんて...」


 俺が呆気に取られていると、メルが手を伸ばしてマジックポーチを取り出した。


 こんなに手の込んだ場所に隠すんだ。よっぽど大切な物を隠してあるのだろう。


「コロ凄いぞ!」


「コロ様流石です!」


「いやいや、流石コロ様!」


 皆がコロを褒めまくると、コロはとても嬉しそうに「くん!」鳴いた。


 さてさて、こんなに手間をかけて隠されていたマジックポーチの中には、一体どんなお宝が入っているのだろうか?

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