第13話 国王の病

 一歩部屋に踏み入れると、目の前には巨大なベッドが3台、整然と配置されていた。部屋全体が鏡張りで、明るい光が反射していた。その雰囲気は一昔前のラブホテルを彷彿とさせた。しかし、その華やかさとは裏腹に、そこには恐ろしい光景が広がっていた。


 床には約6人の男性が倒れていた。全員が裸で、痩せこけていた。彼らがなぜそうなったのかはまだ分からない。しかし、食事も水も満足に与えられず、性的な行為を強要されていたことだけは明らかだった。


 部屋中が臭いし、ベッドシーツが濡れている。気持ち悪い。換気しろよ。シーツ交換しろよ。あのドラリル一味の女たちと一戦を交えていたかと思うと、とてもじゃないけど耐えられない。


 そう俺がげんなりしていると、メルとクラリスの様子がおかしい。鼻息が荒い。俺を見る目が恐ろしいし、メルが音も立てることなく俺の背後に回った。


「メル落ちつけ!メルふせ!」


「はっ!ご主人様。すみません。男性の精液の匂いに反応してしまいました。すぐに状況の確認を致します!」


 あまりに驚いて、実家のチョッカク(♀5歳柴犬)の調教を思い出してしまった。


 その隙にクラリス膝を折り、俺の身体を抱きしめている。クラリスさん顔の位置、俺の息子がいるんですけど...。そして強引にズボンを...。こらこらストップ!


「クラリス、分かった。分かったからもう少しだけ我慢してね。いい子だから」と言うと「わ、分かりました♡」と言って未練を残しながら俺から離れた。


 すると、扉越しに聞こえた声の持ち主だろう男性が、うつぶせの状態から顔をあげ、「た、助けてくれ、み、水を~」と、力なく俺たちに頼んできた。


「意識がある男性がいるようだ!水?水ってどこにあるんだ?マジックポーチに入っていたかな?」俺が突然のことに慌てていると、メルが「ご主人様!水です!」と水桶ごとメルが運んできた。


 メルが屋敷内にあった水桶と黒パンを見つけて男性に渡すと、彼はものすごい勢いで水を飲み、黒パンを食べ始めた。


 聞きたいことは山ほどあるけど、まずは、彼のお腹と喉の渇きが満たされるまで少し待とうと思った。


 その間にこの部屋の確認を行った。


「ご主人様、この部屋にはこのお方の他に5人の男性がいます。2人はこの男性同様衰弱していますが、意識を失っているだけの様です。残りの3人は残念ながら亡くなっています」と、メルは俺に悲しそうな表情で報告した。


 亡くなった3人は奴隷の首輪をしていた。主人が死んだ時に首輪が締まり、彼らも一緒に死んでしまった様だ。3人の首元には血が滲んでいて、自分の首を苦しみのあまりかきむしった跡があった。多分、ミルミルが死んだと同時に、彼らも命を落としたのだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 10分ぐらい夢中になって水や黒パンをむさぼり食べると、急に冷静になったのか、自分が裸だったことに気が付き、「す、すまない。みっともない物を丸出しのままで」と恥ずかしそうに頬を赤くした。


 メルは、どうしていいか分からず下を向き、クラリスは「ふふふ...」と妖艶に笑い、なぜか男性の息子を見た後、俺の股間を見つめる。


 クラリス...なんだか怖い...。


 貫頭衣を着た男性は、自身のことをロジンと名乗った。


 ロジンは獣人国の猪族。農村部の生まれで、見た目もよかったことから家族を養う為、人国の男娼として出稼ぎにきたと言った。


 ロジンは「もちろんこんな仕事はしたくなかった。なかったがするしかない。家族を守るためにも...」そう寂しそうにロジンはつぶやいた。それぐらい現在の獣人国は、食糧不足が深刻で、国の中も混乱しているとロジンは語った。


 そしてここでの生活ついても教えてくれた。「ここに来た当初は気前が良かった。黒パンもチーズも好きなだけ食べさせてくれた。水も大量に飲ましてくれた。だが...」


 その対応が、3日目ぐらいから急に変わったと言った。


「一日2人の女性と言うルールだったのが、強引に迫ってきて...。挙句の果ては、何やらいかがわしい薬を使われて、無理矢理...」ため息まじりに話してくれた。


 そんな中、俺は一つ確認をしてみた。「クラリス、ロジンさんは美男子なのか?


 そうですね...。恰好がいい部類に入りますね。ただ隣にご主人様がいると、どんな男性もくすんで見えますね。ときめきません。


 そんなもんなのか。


 俺からすれば、目が一重で鋭い感じがする。体格は、身長がメルと同じくらいで筋肉質だ。


「顔面は一重でごつごつしており、で恰好いい部類ですね。ただあの体がもっと小柄で丸々と太っていたら良かったですね。顔はいいんですがね」そう俺に教えてくれた。


 異世界基準は難しい。


「ここに来ていた性奴隷達は、自分の家族を守るために身売りした借金奴隷でした。彼らは犯罪者ではなく生活の為に借金をし、性奴隷になった者達です。彼らはいい奴らでした。それが...最後は首輪が締まって苦しみながら死んでしまいました。その表情がとても辛くて、私も心が折れそうでした」


 そう言って、ロジンは悲しみに耐えるような表情をして、黒パンを見つめた。


「主様。まだ亡くなってから僅かな彼らを、私の力で蘇らせることができます。主様のご判断にお任せします。ただし、この者たちを蘇らせれば、我々は非常に目立つ存在になります。それでも主様が望むのであれば、私は能力を使いたいと思います」


 クラリスは、その深い瞳に真剣さを宿しながら、言葉を紡いだ。彼女の声は静かでありながら、その中には確固たる決意と信念が感じられた。


 クラリスが俺を見つめている。いや、クラリスもメルも、俺がどうするかはもう分かってるだろう。ただ、その覚悟をもう一度考えて欲しいと思っている。自分たちのことよりも、俺の未来を心配してくれているんだ...。


 困難は承知だ。「クラリス...やっぱり放って置けない。この者たちを生き返らせよう」


 俺がそういうと「やはり私の主様です。いえ私たちの主様です。生涯を通して私とメルは主様を支えます。主様は一人ではございません。私たちが常に傍に寄り添っております。辛い時も...そして快楽をむさぼり合う時も...」そう言いながら俺をしっかりと抱きしめた。


 むさぼり合うって...。


「ロジンさん、これから起きるのことは内緒にしてください。この3人を今から蘇らせます。彼らは何も悪いことをしていない。まだ死ぬべきではない。そして、彼らが性奴隷になってでも守ろうとした家族のためにも...蘇らせます」


「そ、そんな、そんなことが可能なのでしょうか?」


 この3人は自分の目の前で苦しみながら死んだ。その者達を生き返らせるなど、エリクサーなみ、いやそれ以上の奇跡だ。魔法でそのようなことが行える人物など、自分の情報網をもってしても聞いたことが無い。そんなことが可能なのか...。ただ、もし可能ならば...。


「大丈夫。できます。このクラ...」と言いかけたところで、クラリスが俺の言葉を遮った。


「さあ、主様、よろしくお願いします。この者たちを復活させてください」


「ちょ、ちょっとクラリス...」


「主様が行ったことにしましょう。私の能力は主様のものです。新国のトップになられる主様が、ここで彼らを蘇らせるのが最善だと思います。あなた主様は格好良く、優しく、強い。そして、死者すらも蘇らせることができる存在。神に近い、いえ、神と同等の存在になるべきだと思います」


 そうクラリスは、熱いまなざしで俺に語りかけた。


「ただ、彼らを蘇らせる前に、新しい主人として登録することをお勧めします。主人がミルミルのままだと、彼らが蘇った瞬間に再び首輪が締まる可能性があります」


「その奴隷たちの首の横にある赤く光っている石のところに、ご主人様の血をつけてください。そうすれば、新しいご主人様と認識され、ご主人様がいる限り、その者たちの首輪は縛ることはありません」そうメルが教えてくれた。


「クラリスの力をもってしても、首輪を外すことはできないのか...」


 そう俺がクラリスに聞くと、 クラリスは何も言わずに首を左右に振った。


「一度奴隷になった者は、二度と首輪を外すことができません。外せても交換の時の1分程です。それを超えると、自動的に死んでしまう呪いがかけられています。もし外すことが出来る者がいるとすれば、最高クラスの奴隷商人が可能かもしれませんが...そんな者が存在するのかどうか...」


 メルは、言葉を静かに紡ぎながら、自分の奴隷の首輪にゆっくりと手を伸ばした。


「さあ、ご主人様お願いします。この者たちを蘇らせてあげて下さい!」


 俺はクラリスに促され、亡くなった者たちの胸に手を当て、「この者たちを蘇らせろ!」と叫んだ。その瞬間、クラリスがひそかに蘇生魔法をかけた。


 俺の言葉と共に、死んだ者たちの周りに暖かな光が差し込んだ。光が彼らの体に染み込むと、しばらくして彼らは息を吹き返した。


「く、苦しい!し、死んでしまう...あ、あれ?息が吸える!吸えるぞ!」


 本当に蘇った...このお方は神様なのか。信じられない光景を目にしている。震えが止まらない。エリクサーは見つけられなかったが、もっとすごいお方を見つけてしまった。


「どういうことなんだ⁉俺たちは確かに全員、もがき苦しんで死んだ...はずだ。ロジン教えてくれ。俺達の身に何があったんだ!」


 生き返った者達はロジンに向かって、何が起こったのかを、興奮した様子で問い詰めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 復活した3人と意識を取り戻した2人に対して、メルは屋敷内で見つけた水、黒パン、干し肉、そしてチーズを与えた。5人は、とてもおいしそうに黒パンを食べ、水をがぶがぶと飲んだ。それと同時に俺たちに対し深い感謝を述べてきた。


「クラリス、そういえば死者を3人も蘇らせて、魔力枯渇はしないのか?」


 そう心配して声をかけると、クラリスはケロッとした顔で、「魔力枯渇よりも性欲に耐える方が厳しいです」と妖艶な微笑みを浮かべ、俺を見つめた。


 清楚系のエロい女性...たまらない。俺の忍耐力が枯渇しそう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 全員が落ち着きを取り戻し、改めて自己紹介をした。猪族が3人、豚族3人であった。


 猪族はロジンを始め、ワイジンにヨハン。豚族の奴隷はカクにモリジン、そしてヤーロンという者達であった。


 メルに言わせると現状の奴隷契約は仮契約らしい。本契約を奴隷商会で行わないと、死の呪いが3日後に作動するとのことだ。


 うーん。奴隷って本当に悲しい生きものだな。


 とりあえず本契約を明日行うか。明日授業サボってこの者達と、ビッグハムの奴隷商会で行うか。命には代えられないし。それよりもまず俺から自己紹介をしないとな。


「皆さん、こんばんは。秋枝智也と申します。このドラリル一味に用があってここにきました。そこで皆さんと出会い、仮の奴隷契約を結びました。これは皆さんにとって不本意かもしれませんが、私の指示に従って下さい。ただし、これは強制ではありません。お家に帰っていただいても結構です」


 みんなキョトンとしている。何かまずいことを言ったかな?小声でクラリスとメルに聞いてみた。


 するとメルが「ご主人様、そんなご主人様はいません。自由にしていいなどと言う指示はございません。逆に困ります」と俺に言ってきた。


「じゃあ村に帰って畑を耕してください」と豚族の皆に告げた。


 メルが焦って「ご主人様、それも困ります!」と言ってきた。


「まあ、メル。私たちのご主人様です。こういうところがご主人様らしいのですよ。ご主人様は育った文化や環境が違うのです。しょうがありませんよ」そうクラリスが俺をフォローしてくれた。


 そんな感じで、肝心なことは伝わっていないようだが、俺が強制的に無茶苦茶なことをさせるような人物では無いこと。また、奴隷に注意を受ける変わった人物であることが伝わり、場は和んだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 豚族の3人に、明日の正午前に一緒に奴隷商に行くことを伝えた。本契約をするためだ。


 それまでの間、好きなだけ寝て、好きなだけ食糧を食べて、身体を癒して欲しいと告げた。


 こんな劣悪な環境で無理やり働かされて疲れただろう。身も心もゆっくりと休んで癒して欲しい。


 さて、俺たちはフェンリルの捜索を再開しようと腰をあげた時、ロジンが意を決した様な表情をして、俺の前で土下座をし、「と、智也様、お願いがあるんです。話を聞いてもらえませんか?」と言ってきた。


「村人は、あくまでも仮の姿。本来、私は獣人国を支える暗部の一員です。他の2人も同様です。なぜ私たちがこのような男娼まがいのことをしていたかというと、ドラリル一味の隠し持つ財宝の中に、エリクサーがあるという情報を入手したからです!」


 エリクサー!異世界では有名な、どんな病気も直すことが出来る魔法の品だ。この世界にもあるんだ!テンション上がるな。ザ、異世界っていう感じ。


「我が獣人国の国王、ドルガー国王が非常に重篤な状態です。ポーション効果(高)を用いても、その病は治りませんでした」


「ポーション効果(高)でも治らない病気何て...そんな病気があるとしたら、それは病気に精巧に似せた呪いではないのでしょうか...?」


 クラリスが心配そうな表情で俺たちの話に入って来た。

 

「獣人国最高司祭様もそうおっしゃっております。司祭様の力を持っても、ドルガー国王の病気は治すことが出来ませんでした。その為、我々暗部が、かすかな情報を頼りに全国各地を飛び回り、治す手立てを探しておりました」


 最高司祭様を持ってしても、直すことのできない呪いなんてあるのか?


「私たち暗部が、このドラリル一味の屋敷に捜索に入ったのですが、どこを探してもエリクサーはありませんでした。誤報だったのかもしれませんし、騙されたのかもしれません。ただ、今となればどちらでもいいことです!」


 ロジン達3人は、俺たちの前で頭を床にこすり付け、「お願いします。ドルガー国王様を助けてください!治して頂けるのであれば、国とし最大限のお礼をさせて頂くよう、私の方からローレンス王子に進言させて頂きます!」そう必死な形相で迫って来た。


 更にロジンは、「私はあなた様に生涯を捧げます。あなたの奴隷でもなんでもなります。ですから!ですからどうかドルガー国王をお救い下さい!」そう俺を見上げ、心からの叫びを俺に投げかけてきた。


「わかりました。ただし返事をする前に一つ確認を取りたいことがあります。あなたたち獣人も外見にとらわれる種族ですか?」


 場が静まり返った。メルも私と同じことを思ったでしょう。主様は私たちを者がいるのなら、この申し出を拒否しようとしている。


 そんな...獣人国の国王様を治せば、莫大な利益を得ることが出来る。何でも手に入れることができ。名声、権力、お金、女性...。


 私たちのような人国の最下層の者を気にする必要などないのに...。


 自然と涙があふれた。私だけじゃない...。メルも同じだった。顔を蓋って嗚咽をあげている。


「主様!私たちのことは...」と言いかけた時、主様は「大事なことだ!クラリス。国王様が何だ?同じ命だ。俺もクラリスもメルも!何も変わらない。だから人国の様に外見にとらわれる者達ならば、この話はお断りさせて頂く」そう主様は、ロジンに対してはっきりと言い放った。


 信じられない。異なる環境で育ったとはいえ、何かしらの欲望はあるはず。それにメルから聞いた。男性とは思えないほど性欲を持っているお方だと。


 なら余計に、この話を断る必要なんてないはずなのに...。


 私の思考がついていけない。働かない。でも、ただ1つ言えることは、この人は本当に素敵なお方だということ。ただただ、それだけだ...。


「私達獣人は、決してそのような事はございません!見た目はただ骨に肉や皮がついただけです。大切なのは内面です!好みはあります。でも人族のように見た目に大きく左右されることはありません!」そう大きな声でロジンは言い切った。


 本心だろう。鑑定も「本心」と言っている。


「分かりました。出来る限りのことをしに獣人国へ行きましょう。ただし!100%治せるとは限りません。それだけはご了承して下さい」


「あ、あ、ありがどうございまず~」


 ロジンとワイジン、そしてヨハンは、再び深々と俺に頭を下げた。


 そして俺の元に、メルとクラリスが抱き付いてきた。「こんな私たちの為に!」とわんわん泣いている。


 なんだかえらいことになってしまった。こんなはずではなかった。フェンリルを探しに来たはずが、男性の獣人を部下につけ、国王を助ける約束までしてしまった...。


 当初の目的のフェンリルはどこにいるんだ?元気だといいんだけど、早く探してあげないと...。

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